【R15】失意の女騎士と囚われの君

雪月華

文字の大きさ
38 / 38
番外編

癒しの調べ

しおりを挟む
 

「子供たちが、まだ帰って来ない。何かあったのだろうか」

 ゆったりとしたドレスを身に纏った身重のエステルが、二人の子供を案じて宮殿のテラスから庭先に出て、外の様子を伺う。

 真っ赤な太陽が、もうすぐミズガルズの大海に沈もうとしていた。
 ポツンと海に浮かぶこの島の、豊かな自然と白亜の宮殿すべてが紅に染められていく。

「あの子たちのことなら、心配することはないよ。でも様子を知りたいのなら……」

 白いトーガを着て、長い黒髪を背中に流したレオは、エステルの手を取った。
 中庭に置かれた水蓮の大鉢まで連れてゆき、水面を水鏡に変えると子供たちの姿を映して見せた。

 覗き込むエステルのスカイブルーの瞳に映ったのは――。

「また、フェリシア王妃の神殿の供え物を……!」

 西の国に嫁いだフェリシアによって建てられた神殿の庭の、神獣像前に置かれた祭壇の御馳走を、二体の蒼銀の大狼フェンリルが一心不乱に食べている。

 香草アニスとシナモン、ピスタチオで香ばしく味付けしたラムの焼肉や、薔薇水のシロップをかけたミルクプリン、菱形の蜂蜜で甘くしたアーモンドとケシの実をまぶした焼き菓子などが、供物として捧げられているのが見えた。

 最近は、フェリシアも子供たちが来るのを見越して、彼らの好きそうな食べ物を用意しているらしい。
 それを目当てに子供たちは、大陸の中原に出かけるとフェリシアの所に寄っては、つまみ食いをしているようなのだ。

「何だか食いしん坊みたいで、恥ずかしい。それに、フェリシア王妃にご迷惑では……」

「すっかり、餌付けされてしまったみたいだね」 

 居たたまれないような様子のエステルに対して、レオは面白そうな顔で見ている。

 水面の映像にフェリシアの姿が映り込み、蒼銀の大狼フェンリルに何か話しかけた。
 子供たちは頷くと、神殿の壁を超え、東の方角に駆け出す。

「何か頼みごとをされたようだね。相互協力といったところだな」

 水面が風に揺れ、元の水蓮の鉢に戻った。

「まだ子供たちが帰ってくるまで時間があるから……」

 テラスのクッションが置かれた寝椅子にエステルを楽な姿勢で座らせると、レオは召使に言ってリュートを取って来らせた。

 この島は年間を通して暖かく、日が落ちても寒くはならない。

 茜の空がすみれ色へと色を変えると、中庭のあちこちに設置されている魔道灯が幻想的な光を発し始める。
 夕闇の中、小さな滝や花咲く木々や香りのよい草花が、明かりに照らされて浮かび上がった。

 エステルが無意識にお腹をさすっていると、その手にレオの手が重ねられた。

「身体が辛いのだろう。今、楽にしてあげるから」

「魔力ならいらない。疲れて身体がだるくなってしまうし――」

「違うよ。まあ、そのままで楽にしていて」

 召使が、洋梨を半分に切ったような形状の楽器をレオに手渡すと、ボロンと弦をかき鳴らす。
 音を調律してから、レオはリュートを奏で始めた。

 星々の輝く夜空の下、この世のものならぬ美しい音色が中庭に流れる。
 どこかメランコリックで、甘い旋律が幾度も繰り返され、やがて複雑な和音が絡み合っていく。

 いつしか――エステルは瞼を閉じ、夢の世界へと誘われていた。


 ……レオは、最後の和音をかき鳴らすと、リュートを脇に置き、エステルにそっと口づけた。

「これは百年戦争の英雄の心の病――気鬱を癒した音楽の調べだよ」

「――ならあの時、私もリュートの調べで良かったのでは……?」

 瞼を開いて見つめれば、レオは美しく微笑する。 

「起きていたの? だってそれは――君を、僕のものにしたかったから……」

 エステルの大きなお腹を、レオは愛おしそうに撫でた。

人形ドールだから、なんて言って……」

「うん。あの時は本当にそうだった。元に戻れるなんて、思わなかったし」

 頬を赤らめたエステルが恥ずかしそうに顔を背けると、レオは耳元で様々な睦言をささやく。

 そうして幾度となく口づけを交わして、二人は甘い時間を過ごした。



 ――帰宅した子供たちの、にぎやかな声と共に夫婦の時間が終わりを告げるまで……。





しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご
恋愛
「キサマとはやっていけない。婚約破棄だ。俺が愛してるのは、このマリアルナだ!」 婚約者である王子が開いたパーティ会場で。妹、マリアルナを伴って現れた王子。てっきり結婚の日取りなどを発表するのかと思っていたリューリアは、突然の婚約破棄、妹への婚約変更に驚き戸惑う。 「姉から妹への婚約変更。外聞も悪い。お前も噂に晒されて辛かろう。修道院で余生を過ごせ」 リューリアを慰めたり、憤慨することもない父。マリアルナが王子妃になることを手放しで喜んだ母。 二人は、これまでのリューリアの人生を振り回しただけでなく、これからの未来も勝手に決めて命じる。 四つ違いの妹。母によく似たかわいらしい妹が生まれ、母は姉であ、リューリアの育児を放棄した。 そんなリューリアを不憫に思ったのか、ただの厄介払いだったのか。田舎で暮らしていた祖母の元に預けられて育った。 両親から離れたことは寂しかったけれど、祖母は大切にしてくれたし、祖母の家のお隣、幼なじみのシオンと仲良く遊んで、それなりに楽しい幼少期だったのだけど。 「第二王子と結婚せよ」 十年前、またも家族の都合に振り回され、故郷となった町を離れ、祖母ともシオンとも別れ、未来の王子妃として厳しい教育を受けることになった。 好きになれそうにない相手だったけれど、未来の夫となる王子のために、王子に代わって政務をこなしていた。王子が遊び呆けていても、「男の人はそういうものだ」と文句すら言わせてもらえなかった。 そして、20歳のこの日。またも周囲の都合によって振り回され、周囲の都合によって未来まで決定されてしまった。 冗談じゃないわ。どれだけ人を振り回したら気が済むのよ、この人たち。 腹が立つけれど、どうしたらいいのかわからずに、従う道しか選べなかったリューリア。 せめて。せめて修道女として生きるなら、故郷で生きたい。 自分を大事にしてくれた祖母もいない、思い出だけが残る町。けど、そこで幼なじみのシオンに再会する。 シオンは、結婚していたけれど、奥さんが「真実の愛を見つけた」とかで、行方をくらましていて、最近ようやく離婚が成立したのだという。 真実の愛って、そんなゴロゴロ転がってるものなのかしら。そして、誰かを不幸に、悲しませないと得られないものなのかしら。 というか。真実もニセモノも、愛に真贋なんてあるのかしら。 捨てられた者同士。傷ついたもの同士。 いっしょにいて、いっしょに楽しんで。昔を思い出して。 傷を舐めあってるんじゃない。今を楽しみ、愛を、想いを育んでいるの。だって、わたしも彼も、幼い頃から相手が好きだったってこと、思い出したんだもの。 だから。 わたしたちの見つけた「真実の愛(笑)」、邪魔をしないでくださいな♡

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...