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第二部 妖精姫の政略結婚
辺境伯の使者2
しおりを挟む「ほぉう。末姫さまは、妖精の身体を柔らかなバターのように引き裂く鉄剣を持ち込んだ山猫どもに、王家の宝物のミスリル剣を三振りをお渡しになったか」
晩餐会の席で白髪交じりの長い顎髭を引っ張りながら面白そうに、ハッハッと笑うのは犬妖精の宰相。フランシスの大叔父にあたる。
「まあどうせ先の賢者会で決定した末姫の第一夫の結納品には、ミスリル剣が含まれてましたから」
隣に座っていた片眼鏡の財務長官、宰相の娘婿が葡萄酒をすすりながら苦笑した。
末席に座っている辺境伯の女騎士たちは、謁見の間でユーリアに挨拶したあと湯浴みをして旅の汚れを落とし、今は小ざっぱりとしている。
旅装から宮廷から渡された瀟洒な絹の衣装に着替え、姫から授けられたミスリル剣を腰に吊るしていた。
彼らはユーリア姫との婚姻にあたって、契約の詰めと準備のために辺境伯に命じられてこの王宮にやって来た。
辺境騎士として誇りをもつエルサたちであったが、煌びやかな大広間の豪華絢爛な晩餐会に招かれてみると、ただただ圧倒されてしまった。
この世のものとは思えない美貌の妖精の王族たち、その宮廷の重鎮たち。
天上から吊り下げられた巨大なシャンデリアが、贅を凝らした料理と金銀、白磁器の高価な食器の数々を照らし、音楽隊の奏でる妙なる調べが流れている。
三人は慣れないカラトリーに四苦八苦しながら、美しく盛り付けられた料理と格闘、もとい食している。
上座には晩餐会に招かれた自分たちの種族の猫妖精の王の姿もあって、余計に緊張して味など分からなくなった。
「ばか、音を立てて飲むな」
エルサがポッポ鳥のシチューを啜る白と黒の部下を注意すると、あわてた二人は銀のスプーンを床に落としてしまった。
カツンと落ちた音がいやに大きく響く。
蒼白になった彼らの前に猫妖精の給仕女がさっと新しいスプーンを置き、落ちたカラトリーを洗練された動作で拾った。
給仕女たちは、白と薄緑の揃いの給仕服にフリルの着いたエプロンを掛け、一糸乱れぬ所作で次々と料理や飲み物を運び、空になった皿を下げていく。
エルサたちは自分たちが場違いで武骨な田舎者だと思い知らされた気がして、ますます居心地の悪さに苦しめられた。
国の中央にある宮廷に対して、不満や批判を抱えていたエルサ。
主の辺境伯の命を遂行しようと勇んでいたが王宮入りするとすぐに、家宝の鉄剣を取り上げられてしまった。
「これだから、辺境の田舎者は」
その時の犬妖精の衛兵の馬鹿にした目つきを思い出し、エルサは再び怒りが込み上げて来る。
謁見の間では、眩いばかりに美しいユーリア姫に一瞬見とれてしまったことも悔しく、鉄剣について抗議するも、すかされたようにミスリルの剣を渡され……。
(このままじゃ、中央の奴らに飲まれてしまう! 少しでもこの婚姻が主に有利に、利益になるよう持っていかなければならないのに。気を引き締めるんだ、エルサ。明日からの交渉に、失敗は許されない)
エルサは森雌鹿のステーキをナイフで突くと、王族席に座っているユーリアを睨みつけ、心の中で絶対に負けるものかと誓った。
「――どうかされましたか?」
ユーリアが誰かの視線を感じて食事の手を止め視線を泳がせると、隣で姫の世話を焼いていたフランシスはすぐに気がついて声を掛けた。
「なんでもないわ」
フランシスは、姫のために白身魚のバターソテーの小骨を取り除いていた手を止め、空になった姫の杯に林檎酒を注ぐ。
「……この後の、夜のことを考えておられたのであれば、嬉しいのですが」
意味深な目つきで艶っぽくささやくいけない従者に、こんな席で、と怒らなきゃいけないと思うのに。
フランシスの直情的な言葉の発露を、つい嬉しく思ってしまうユーリア。
閨のことを思うと身体の奥がずくんと疼き、花弁からじゅんと蜜が零れ出してしまう。
うっすらと頬を染める姫に「楽しみですね」とフランシスは微笑んだ。
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