34 / 37
第二部 妖精姫の政略結婚
辺境伯との結婚9
しおりを挟む寝室の前でフランシスの兄たちは、なかなか出て来ない二人を気をもみながら待っていた。
「なぁどうする? ユーリア姫はああ言っていたけど」
「そうだな。日が傾く前に、姫さまを王宮にお返ししなければ……」
するとその時、寝室の扉が開いてユーリアが獣化したフランシスの背に乗って現れた。
知性を持った金色の瞳の獣が兄たちを見渡すと、獣化した弟を初めて目の当たりにした兄たちに緊張が走った。
「――わたくしとフランシスは、駆け落ちすることに致しました」
「ユーリア姫? いったい何をおっしゃっているのですか」
呆気に取られている兄弟たちから、一歩前に出て話しかけたのはシーグルドだった。
「フランシスと、この国を出奔します。王宮に帰って、妖精王陛下に伝えなさい」
「姫さま、どうかお立場を考えて下さい」
「軽率な行動をされると大変なことになります」
「妖精の丘から出たことのない姫さまが、外の世界でどうやって暮らしていくと言うのですか」
兄弟たちの訴えに、ユーリアは余計心を頑なにしていく。
「フランシスをわたくしの元からさらって公爵邸に閉じこめ、嫌がる彼を結婚させようとしたあなた方には、何も言われたくありません」
これ以上シーグルドたちと話すつもりのないふたりは、外の廊下に繋がる扉に向かった。
「待て、フランシス!」
「誰か! ふたりを止めろ!」
兄たちがふたりの行く手を阻もうとすると、見えない 壁に弾き飛ばされた。
廊下には、騒ぎを聞きつけた使用人たちがわらわらと現れる。
フランシスは姫を乗せて疾走し、玄関ホールに続く吹抜けの階段を駆け下りた。
そのまま玄関から庭に出ると、スミレ宮から姫の供をして来た者たちと公爵邸の人々の追っ手を振り切って、門を抜け郊外へ向かって走り去った。
フランシスは追っ手を撒くと、他貴族の地所の植え込みの陰で獣化を解き姫に託してあった服を着た。
「顔色が悪いの。大丈夫?」
「ええ、少し休めば。獣化は一日に何度もできないようです……」
二人は日が暮れるのを待って、フランシスの母親の屋敷に行くことにした。
フランシスの母親はヴィーセルグレーン公爵の妻の一人で、王都の貴族区の郊外に屋敷を与えられて住んでいる。
外から変わった様子がないのを確認してから、フランシスは屋敷の裏口の戸を叩いた。
「まあ、ぼっちゃん。ユーリア姫さま! なんてこった」
「はやく奥様にお知らせしろ」
「さあさあ、中へ」
驚いた使用人たちに迎入れられると、すぐにフランシスの母がやって来た。
優しげな雰囲気の、どこか少女のようなあどけなさの残る犬妖精の母は、二人を見て驚いたが、あれこれ質問したりもせず居間に通して椅子に座らせると、夕食を配膳するよう召使に言いつけた。
「たくさん食べてね。食べないと元気が出ませんもの」
テーブルに並べられたのは、仔鹿のロースト、香草と茸ソースがかけられた湖魚のグリル、胡桃入りのシナモンロール、白カブと人参のスープだった。
ふたりは身体に優しい食材と味付けの料理を、ひとしきり味わって食べた。
何度目かのお代わりを勧められたのを「もうお腹いっぱいです」と断ると、フランシスはカラトリーを置き、改まった様子で母に向き直った。
「母上。僕は今日、お別れを言いに来ました」
フランシスがユーリア姫と駆け落ちして妖精の森の国を出ると話すと、母親は彼の話を中断したりもせずに、頷きながら最後まで聞いた。そして――。
「この国を出るのは得策ではないわね。私たちは森なしには生きていかれないのですもの」
「ですが――」
「最近新しく、スカディ山の麓に開拓村が出来たそうよ。明朝、王都の若い人たちが志願して商隊と共に開拓村に向かうと聞いているの。私の懇意にしている商人も一緒だから、あなた方もそこに入れてもらったらどうかしら」
姫とフランシスは顔を見合わせた。
「でも、どうして? 母上は僕たちに味方してくれるというのですか」
「危険な人族や魔族の国に行かれるより、いいもの。貧しい開拓村の暮らしがあなた方に出来るかどうかわからないけど」
「フランシスと一緒なら、どんな暮らしだって」
夢見るように話す姫の緑柱石の瞳は、希望に輝いていた。
「僕もです、姫さま」
「覚悟は決まっているようね。では明日の朝は早いから、あなた方はもうおやすみなさい。旅支度はこちらでして置きますから」
「母上、ありがとうございます」
フランシスの母は、客間に案内する召使の後ろをついて行く二人の若者たちを見送る。
彼らが手を繋いで居間を出て行くと、ため息をついて椅子に座った。
「……これでよかったのかしら?」
小さな声でひとり言のように呟くと、続き部屋からシーグルドが静かに姿を現した。
「もちろんです、母上」
1
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる