466 / 891
六章 トーア、冷たき国
471.凍てつく森の入り口
しおりを挟む
村長の言葉に、集会所の空気が重く揺れた。
囲炉裏の炎がぱちぱちと音を立て、老人の顔に陰影を刻む。
「北の森の魔物・・・」
ノエルが小声で繰り返し、拳をぎゅっと握る。
リナは一歩進み出て、頭を下げた。
「どうかお願いします。私たちの畑も、家畜も・・・みんな奪われてしまう前に・・・」
彼女の声は震えていた。村人たちもまた、集会所の隅でその姿を見守っている。
老人ばかりでなく、やせ細った母親や、怯えた子供の影もあった。
私は一度深く息を吸い、村長をまっすぐに見つめる。
「・・・その魔物を退けることができれば、私たちが敵でないと信じていただけますか」
老人は黙していたが、やがて頷いた。
「・・・それでよい。だが、過信はするな。あれはただの獣ではない」
その言葉には、長年の恐怖が滲んでいた。
集会所を出ると、吐く息が白く広がる。冷気が一層鋭く感じられた。
サラが私の横に並び、そっと袖を握る。
「・・・アリアさん、ノエルさん。私たち・・・できますよね」
彼女の瞳は揺れていた。
でも、そこには諦めではなく、不安と同じくらい強い意志も宿っていた。
私はサラの手を取り、握り返す。
「大丈夫。みんなでやるんだ。きっと、できる」
背後でノエルが笑みを作り、肩を軽く叩く。
「そうそう。私たち、これまでだって何度も戦ってきたじゃない・・・魔物とも、それよりもっと恐ろしい存在とも」
母は微笑みながらも、鋭い眼差しで北の森の方角を見ていた。
「油断はできないわ。けれど、あの老人の言葉通りなら・・・放ってはおけない」
村人の一人が、古びた毛皮の外套を差し出してくれた。
「・・・寒さに気をつけてください。北の森は、この村よりもずっと凍える場所です」
受け取った毛皮は、想像以上に重く、そして温かかった。
私は深く礼をして、仲間たちに目を向ける。
次の舞台は、北の森。
ここで私たちが試される。
私たちは村をあとにし、雪を踏みしめながら北へ向かった。
リナも最初は同行したいと言ってきたが、村長に呼び止められて結局村に残ることになった。
背中を振り返ると、彼女は柵の内側からこちらを見つめ、小さく手を振っている。
「・・・絶対に戻ってきてください」
その声は風にかき消されそうに弱かったが、確かに届いた。
道中は静かだった。
吹き荒ぶ風の音と、足音だけが広がる雪原に響く。
だが、ただの静けさではない。
何かが潜んでいるような、ひどく落ち着かない沈黙だった。
ノエルが口を開いた。
「・・・あの村の人たち、本当に追い詰められてるんだね」
「うん」私は頷く。
「子供の顔、見た?恐怖だけじゃなかった。きっと、お腹も空いてたんだと思う」
サラはうつむいたまま、小さな声でつぶやいた。
「・・・魔物を退けられたら、畑は守れる。お肉も・・・」
彼女の声は震えていたけれど、その瞳には必死の思いが浮かんでいた。
母は黙って先頭を歩いていたが、やがて立ち止まる。
「ここから先が、北の森ってところね」
そこは木々が雪に覆われ、昼間だというのに陽がほとんど差し込まない。
森の入口に立った瞬間、空気が一変する。
冷気が鋭さを増し、吐く息すら重く感じるほどだ。
私は無意識に魔力を練った。
胸の奥で、熱が小さく灯る。
ノエルも杖を握りしめ、サラは必死に私たちの背に合わせて深呼吸している。
母が振り返り、静かに告げた。
「みんな、気を引き締めて。この先に、どんな存在がいるのかわからないけど・・・用心して」
ごう、と風が吹き抜けた。
その音に重なるように、森の奥から低い唸り声が響いてきた。
囲炉裏の炎がぱちぱちと音を立て、老人の顔に陰影を刻む。
「北の森の魔物・・・」
ノエルが小声で繰り返し、拳をぎゅっと握る。
リナは一歩進み出て、頭を下げた。
「どうかお願いします。私たちの畑も、家畜も・・・みんな奪われてしまう前に・・・」
彼女の声は震えていた。村人たちもまた、集会所の隅でその姿を見守っている。
老人ばかりでなく、やせ細った母親や、怯えた子供の影もあった。
私は一度深く息を吸い、村長をまっすぐに見つめる。
「・・・その魔物を退けることができれば、私たちが敵でないと信じていただけますか」
老人は黙していたが、やがて頷いた。
「・・・それでよい。だが、過信はするな。あれはただの獣ではない」
その言葉には、長年の恐怖が滲んでいた。
集会所を出ると、吐く息が白く広がる。冷気が一層鋭く感じられた。
サラが私の横に並び、そっと袖を握る。
「・・・アリアさん、ノエルさん。私たち・・・できますよね」
彼女の瞳は揺れていた。
でも、そこには諦めではなく、不安と同じくらい強い意志も宿っていた。
私はサラの手を取り、握り返す。
「大丈夫。みんなでやるんだ。きっと、できる」
背後でノエルが笑みを作り、肩を軽く叩く。
「そうそう。私たち、これまでだって何度も戦ってきたじゃない・・・魔物とも、それよりもっと恐ろしい存在とも」
母は微笑みながらも、鋭い眼差しで北の森の方角を見ていた。
「油断はできないわ。けれど、あの老人の言葉通りなら・・・放ってはおけない」
村人の一人が、古びた毛皮の外套を差し出してくれた。
「・・・寒さに気をつけてください。北の森は、この村よりもずっと凍える場所です」
受け取った毛皮は、想像以上に重く、そして温かかった。
私は深く礼をして、仲間たちに目を向ける。
次の舞台は、北の森。
ここで私たちが試される。
私たちは村をあとにし、雪を踏みしめながら北へ向かった。
リナも最初は同行したいと言ってきたが、村長に呼び止められて結局村に残ることになった。
背中を振り返ると、彼女は柵の内側からこちらを見つめ、小さく手を振っている。
「・・・絶対に戻ってきてください」
その声は風にかき消されそうに弱かったが、確かに届いた。
道中は静かだった。
吹き荒ぶ風の音と、足音だけが広がる雪原に響く。
だが、ただの静けさではない。
何かが潜んでいるような、ひどく落ち着かない沈黙だった。
ノエルが口を開いた。
「・・・あの村の人たち、本当に追い詰められてるんだね」
「うん」私は頷く。
「子供の顔、見た?恐怖だけじゃなかった。きっと、お腹も空いてたんだと思う」
サラはうつむいたまま、小さな声でつぶやいた。
「・・・魔物を退けられたら、畑は守れる。お肉も・・・」
彼女の声は震えていたけれど、その瞳には必死の思いが浮かんでいた。
母は黙って先頭を歩いていたが、やがて立ち止まる。
「ここから先が、北の森ってところね」
そこは木々が雪に覆われ、昼間だというのに陽がほとんど差し込まない。
森の入口に立った瞬間、空気が一変する。
冷気が鋭さを増し、吐く息すら重く感じるほどだ。
私は無意識に魔力を練った。
胸の奥で、熱が小さく灯る。
ノエルも杖を握りしめ、サラは必死に私たちの背に合わせて深呼吸している。
母が振り返り、静かに告げた。
「みんな、気を引き締めて。この先に、どんな存在がいるのかわからないけど・・・用心して」
ごう、と風が吹き抜けた。
その音に重なるように、森の奥から低い唸り声が響いてきた。
0
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる