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二章 学院生活・前半
53.帰る場所
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学院の空気が、少しずつ変わっていったのを感じていた。
私の留学が始まってから、三カ月。あの暴走事件から、二週間。
そして、リーネが私に謝罪の手紙を送ってから、十日あまり。
学院の生徒たちは、最初こそヒソヒソと私のことを噂していたけれど、それも長くは続かなかった。
“炎の大魔女”セリエナ・ベルナードの娘。
暴走した魔力は、上級の魔物一匹どころか森ごと焼き払うほど。
でも、普段は静かで優しい子だって、みんな知ってる。
そんな話が広がって、誰もが私に対して奇妙な敬意を持つようになった。
少しだけ、扱いづらそうに。
それでも、敬遠はしなかった。
「・・・つまりさ、アリアは怒らせなければ安全な爆弾ってこと?」
「爆弾て・・・あははっ」
ユエが苦笑しながら言って、ティーカップを差し出してきた。
私はため息混じりに受け取って、くすっと笑った。
放課後の中庭、いつものテーブル。
日差しは柔らかく、相変わらず冷たい風が吹きつけている。
リーネも、そこにいた。
以前のようなぎこちなさはもうない。でも、心のどこかではまだ、何かを背負っているのが分かる。
彼女はカップを両手で包み込みながら、ぽつりと呟いた。
「・・・私ね、王城専属の魔法騎士になりたいの」
私とユエは、同時に顔を上げた。
「魔法騎士?」
「うん。すごく厳しい道なのは、分かってる。だけど・・・誰かを守る力を、ちゃんと使えるようになりたいの」
静かだけど、確かな声だった。
その瞳には、過去に怯えるばかりじゃない強さが宿っていた。
ユエがにこりと笑う。
「私も夢があるの。将来は、魔法学院の教師になりたい。自分が受けてきたことを、次の世代には繰り返させたくない。・・・だから、ちゃんと学びたいの」
「・・・教師、かあ」
私は思わず口にして、二人の視線を感じた。
目を伏せて、でも胸の内にある想いを、ちゃんと形にして伝える。
「私は・・・母さんの後を継いで、炎の大魔女になりたい。この力を、もっと制御して・・・もっと誰かのために使えるようになって・・・ちゃんと、この世界に生まれてきてよかったって思いたいの」
リーネが、小さく拍手した。
「それ、素敵な夢だと思うよ。応援する」
「うん。絶対なれるって思う。・・・だって、アリアだもん」
二人の言葉が、胸に沁みた。
あんな過去があっても、今こうして一緒に笑える。
未来を語り合える。
それがどれほど尊いことか、私は知っている。
──そして、それから三カ月はあっという間に過ぎた。
私は、留学期間の終了とともに、ゼスメリア魔法学院へ戻ることになった。
学院の門出の式、私の帰還を名残惜しそうに見送る声。
でも、私の胸は不思議と穏やかだった。
別れ際、ユエが、笑顔で言った。
「いつか、また会おうね。・・・次は、“同僚”として、かな」
リーネは、それに続けるように言った。
「そのときは、私が王城から休暇とって、街案内してあげる」
私は笑った。
「うん。その日を楽しみにしてる。・・・絶対に、また会おうね」
朝の陽が、旅立ちを祝福するように降り注いでいた。
私は振り返らなかった。
けれど、背後から感じる二人の存在は、私の未来への背中を、そっと押してくれていた。
帰郷の馬車は、午前中のうちに国境を越え、昼過ぎにはレフェの街道へと入った。
寒さのきつい雪景色もよかったが、こちらの変わらない景色もなかなかいいものだ。
懐かしさと、少しの照れくささが胸をよぎる。
──ただいま。
まだ声には出さない。けれど、心の中では、何度もそう呟いていた。
そして、丘を越えた先に、私の家が見えた。
レンガ造りの家。赤い瓦屋根と、蔦の絡まる白い外壁。風に揺れる小さな風車と、変わらず咲いている庭の紅花。
どれも、あのときのまま。
馬車が止まり、扉が開く。
一歩、また一歩と石畳を踏みしめ、玄関へと向かった。
ノックの音が響く前に、扉は静かに開いた。
「──おかえりなさい」
立っていたのは、母・セリエナ。
隣国では、「炎の大魔女」として恐れられた母だが、今日はただの“お母さん”の顔で、そこにいた。
赤い瞳が、私をまっすぐに見つめている。
でも、それは厳しさや期待じゃない。ただ、私という存在を丸ごと包むような眼差しだった。
「・・・ただいま」
気づいたら、抱きしめられていた。
強くて、温かくて、香りもあの頃のままだ。
「ずっと・・・よく頑張ったわね」
その言葉に、胸の奥にあったものが崩れて、ぽろりと涙がこぼれた。
この半年、ひとりで背負ってきたこと。怒りも、悲しみも、迷いも。
何も言わなくても、母は全部、受け止めてくれる気がした。
「・・・まだ、ちゃんとは制御できてないよ」
「それでもいいのよ。あなたが“それでも前に進もう”って決めたこと、それが何よりの証」
母の手が、私の髪をそっと撫でる。
幼い頃によくしてくれた仕草が、今ではただただ嬉しかった。
もっとも、まだまだ私は幼いが。
玄関をくぐると、家の中の空気まで懐かしかった。
夕陽が差し込む廊下。乾いた木の匂い。誰もいないはずなのに、どこか賑やかさを感じる。
──帰ってきたんだ、と思う。
「今日はゆっくり休んで。明日から、また“訓練”ね」
にやりと笑う母に、私は思わず顔をしかめた。
「・・・もうちょっと余韻に浸らせてよ」
「ダーメ。残念ながら、鍛え直すのは山ほどあるのよ・・・うちの“未熟な魔女”さん」
「はいはい・・・わかってます、“先生”」
二人して、ふっと笑い合う。
静かだけど、確かな絆がそこにあった。
──きっと、私はもう迷わない。
この力を、誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを守るために使いたい。
それが、“炎の大魔女”の娘としての私の道ならば──。
私は、ここでまた歩き出す。
私の留学が始まってから、三カ月。あの暴走事件から、二週間。
そして、リーネが私に謝罪の手紙を送ってから、十日あまり。
学院の生徒たちは、最初こそヒソヒソと私のことを噂していたけれど、それも長くは続かなかった。
“炎の大魔女”セリエナ・ベルナードの娘。
暴走した魔力は、上級の魔物一匹どころか森ごと焼き払うほど。
でも、普段は静かで優しい子だって、みんな知ってる。
そんな話が広がって、誰もが私に対して奇妙な敬意を持つようになった。
少しだけ、扱いづらそうに。
それでも、敬遠はしなかった。
「・・・つまりさ、アリアは怒らせなければ安全な爆弾ってこと?」
「爆弾て・・・あははっ」
ユエが苦笑しながら言って、ティーカップを差し出してきた。
私はため息混じりに受け取って、くすっと笑った。
放課後の中庭、いつものテーブル。
日差しは柔らかく、相変わらず冷たい風が吹きつけている。
リーネも、そこにいた。
以前のようなぎこちなさはもうない。でも、心のどこかではまだ、何かを背負っているのが分かる。
彼女はカップを両手で包み込みながら、ぽつりと呟いた。
「・・・私ね、王城専属の魔法騎士になりたいの」
私とユエは、同時に顔を上げた。
「魔法騎士?」
「うん。すごく厳しい道なのは、分かってる。だけど・・・誰かを守る力を、ちゃんと使えるようになりたいの」
静かだけど、確かな声だった。
その瞳には、過去に怯えるばかりじゃない強さが宿っていた。
ユエがにこりと笑う。
「私も夢があるの。将来は、魔法学院の教師になりたい。自分が受けてきたことを、次の世代には繰り返させたくない。・・・だから、ちゃんと学びたいの」
「・・・教師、かあ」
私は思わず口にして、二人の視線を感じた。
目を伏せて、でも胸の内にある想いを、ちゃんと形にして伝える。
「私は・・・母さんの後を継いで、炎の大魔女になりたい。この力を、もっと制御して・・・もっと誰かのために使えるようになって・・・ちゃんと、この世界に生まれてきてよかったって思いたいの」
リーネが、小さく拍手した。
「それ、素敵な夢だと思うよ。応援する」
「うん。絶対なれるって思う。・・・だって、アリアだもん」
二人の言葉が、胸に沁みた。
あんな過去があっても、今こうして一緒に笑える。
未来を語り合える。
それがどれほど尊いことか、私は知っている。
──そして、それから三カ月はあっという間に過ぎた。
私は、留学期間の終了とともに、ゼスメリア魔法学院へ戻ることになった。
学院の門出の式、私の帰還を名残惜しそうに見送る声。
でも、私の胸は不思議と穏やかだった。
別れ際、ユエが、笑顔で言った。
「いつか、また会おうね。・・・次は、“同僚”として、かな」
リーネは、それに続けるように言った。
「そのときは、私が王城から休暇とって、街案内してあげる」
私は笑った。
「うん。その日を楽しみにしてる。・・・絶対に、また会おうね」
朝の陽が、旅立ちを祝福するように降り注いでいた。
私は振り返らなかった。
けれど、背後から感じる二人の存在は、私の未来への背中を、そっと押してくれていた。
帰郷の馬車は、午前中のうちに国境を越え、昼過ぎにはレフェの街道へと入った。
寒さのきつい雪景色もよかったが、こちらの変わらない景色もなかなかいいものだ。
懐かしさと、少しの照れくささが胸をよぎる。
──ただいま。
まだ声には出さない。けれど、心の中では、何度もそう呟いていた。
そして、丘を越えた先に、私の家が見えた。
レンガ造りの家。赤い瓦屋根と、蔦の絡まる白い外壁。風に揺れる小さな風車と、変わらず咲いている庭の紅花。
どれも、あのときのまま。
馬車が止まり、扉が開く。
一歩、また一歩と石畳を踏みしめ、玄関へと向かった。
ノックの音が響く前に、扉は静かに開いた。
「──おかえりなさい」
立っていたのは、母・セリエナ。
隣国では、「炎の大魔女」として恐れられた母だが、今日はただの“お母さん”の顔で、そこにいた。
赤い瞳が、私をまっすぐに見つめている。
でも、それは厳しさや期待じゃない。ただ、私という存在を丸ごと包むような眼差しだった。
「・・・ただいま」
気づいたら、抱きしめられていた。
強くて、温かくて、香りもあの頃のままだ。
「ずっと・・・よく頑張ったわね」
その言葉に、胸の奥にあったものが崩れて、ぽろりと涙がこぼれた。
この半年、ひとりで背負ってきたこと。怒りも、悲しみも、迷いも。
何も言わなくても、母は全部、受け止めてくれる気がした。
「・・・まだ、ちゃんとは制御できてないよ」
「それでもいいのよ。あなたが“それでも前に進もう”って決めたこと、それが何よりの証」
母の手が、私の髪をそっと撫でる。
幼い頃によくしてくれた仕草が、今ではただただ嬉しかった。
もっとも、まだまだ私は幼いが。
玄関をくぐると、家の中の空気まで懐かしかった。
夕陽が差し込む廊下。乾いた木の匂い。誰もいないはずなのに、どこか賑やかさを感じる。
──帰ってきたんだ、と思う。
「今日はゆっくり休んで。明日から、また“訓練”ね」
にやりと笑う母に、私は思わず顔をしかめた。
「・・・もうちょっと余韻に浸らせてよ」
「ダーメ。残念ながら、鍛え直すのは山ほどあるのよ・・・うちの“未熟な魔女”さん」
「はいはい・・・わかってます、“先生”」
二人して、ふっと笑い合う。
静かだけど、確かな絆がそこにあった。
──きっと、私はもう迷わない。
この力を、誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを守るために使いたい。
それが、“炎の大魔女”の娘としての私の道ならば──。
私は、ここでまた歩き出す。
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