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二章 学院生活・前半
69.焔、深淵を照らして
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メジェラ先生の指導のもと、精神を沈め、夢へと意識を滑らせる。 現実の感覚が薄れ、まぶたの裏に濃い闇が広がっていく。
──その先にあるのは、誰の心でもない、私だけの深層。
けれど今日は、そこに誰かがいる。
気づけば私は、濃い靄に包まれた風景の中に立っていた。 空は不自然なほど赤黒く染まり、地面には影が這い、揺れている。
・・・何かが狂っている。それでも、ここが"夢"であり、精神界なのだとわかっていた。
「・・・ここが、サラの心の奥?」
足元を見れば、割れたガラスのような断片が無数に散っていた。
そのひとつひとつに、サラの記憶らしきものが映っていた── 幼い笑顔、泣きながら姉に抱きつく姿、暗い部屋の中で膝を抱える姿。
そして──
彼女は、いた。
崩れかけた階段の上、影の中心に、サラがぽつんと立っていた。 その周囲には、黒い靄のようなものがまとわりつき、時おり何かが囁いている。
「・・・サラ!」
私は駆け寄ろうとする。だが、一歩踏み出しただけで足が沈み、周囲の空間が歪んだ。
──これは、拒絶。
彼女は私を拒んでいるのだ。夢の中でも、私を遠ざけようとしている。
けれど、それでも私は足を止めなかった。
「サラ!お願い、聞いて!私よ、アリアよ!」
少女が、ゆっくりとこちらを向いた。
・・・サラだった。間違いなく。けれど、その目は焦点が合っておらず、まるでどこか遠くを見ているようだった。
「アリアさん・・・来ないで・・・」
その声は風のようにか細く、哀しく震えていた。
「私、また・・・見ちゃった。嫌な夢。何度も、何度も。未来のこと。死ぬ夢。誰にも助けられない夢・・・ 」
彼女の背後にあった靄が、うねるように形を変える。 それは人の姿をしていた。だが、顔がない。声だけがこだまする。
──「お前のせいだ」
──「誰もお前を助けない」
──「一人で死ね」
サラはその言葉を受け止めるたびに、少しずつ身体を縮こませていた。 今にも、影に完全に取り込まれてしまいそうだった。
「・・・違う」
私は、強く言った。
「それは、違う!言ったでしょ、サラ・・・!私とあなたは、生き抜くって!」
返事はない。でも、私は続ける。
「私も・・・前の世界で、死んだの。飛び降りて、自分で命を捨てたの。でも、今ここにいる。もう逃げないって、決めたの」
サラの目が、わずかに揺れた。
「だから・・・お願い。私を拒まないで。私は、どうしてもあなたを──!」
私は手を伸ばした。
影が私の腕を裂こうとする。闇が、私の声を飲み込もうとする。 それでも、私は構わず叫んだ。
「あなたは一人じゃない!私が、ここにいる!」
その瞬間──私の手が、サラの手に触れた。
途端に、まるで燃え上がるように、闇が砕け散った。
赤い光が走る。私の魔力が、炎が、サラの心の奥に届いたのだ。
「アリアさん・・・!」
泣きながら、サラが私の名を呼んだ。
ようやく届いた──そう確信できた。
光が満ちていく。燃えるような赤。私の魔力が、サラの深層に染み込んでいくような感覚。
闇は後退し、影たちは一つずつ輪郭を失い、溶けるように消えていった。
残されたのは、膝をつき、震えているサラ──だけど、もう彼女は独りではなかった。
「アリアさん・・・私・・・怖かった・・・!」
サラの小さな身体を、私は抱きしめた。心の中で、何度も何度も「大丈夫」と呟いた。
やがて、夢の世界に柔らかな風が吹く。
精神界の風──帰還の兆し。
私たちのまわりに、静かな光の粒が舞い始める。サラの魔力が、正常に戻り始めている証だ。
彼女の心が、闇の底から、ようやく地上へと戻る準備をしていた。
「一緒に、帰ろう」
私の言葉に、サラはこくんとうなずいた。
そして──意識が、ゆっくりと現実へと引き戻されていく。
「・・・ッ!」
私は跳ね起きた。冷たい汗が額を伝っていた。
視界がまだぼやけている。けれど、すぐに隣の気配に気づいた。
「・・・サラ?」
小さく息を呑む音。見ると、サラも同時に目を覚ましたところだった。
頬に涙の跡を残し、ゆっくりと、まばたきを繰り返している。
「アリアさん・・・」
今にも泣きそうな声で、私の名前を呼んだ。
私はそっと手を伸ばし、彼女の指先に触れた。彼女はその手をきゅっと握り返してくる。
「夢じゃ、なかった・・・アリアさん、本当に・・・来てくれた・・・」
「うん。あんなところに、一人で行かせないよ」
サラは涙をこぼした。今度は、静かに、安心したように。
そのとき──カツ、カツ、と杖の音が近づいてきた。
「帰ってきたようだな」
メジェラ先生が、私たちを見下ろしていた。
その目に、普段とは違う柔らかな光が宿っている。
「深層精神界での干渉は、さぞや危険なものだっただろう。だが、お前は成功した。・・・サラの心は、光の方へと歩き出しているだろう」
私はそっとサラの肩を抱いたまま、うなずいた。
「ありがとう、先生。あの子を救いたいって思ったのは、先生が導いてくれたから」
「私は何もしてはいない。最終的に決断し、飛び込んだのはお前自身だ、ベルナード。お前の強さと炎が、彼女の闇を照らしたのだ」
先生はサラの額にそっと指を置き、祈るように目を閉じる。
「彼女の夢は、まだ安定してはいない。だが、支えとなる者がいる限り、もう迷うまい」
私は頷いた。サラの手が、震えながらも、私の服の裾をしっかりと掴んでいる。
私たちは、ようやく繋がった。
夢の中でも、現実でも──サラの心は、確かに今ここにある。
それから、数分の沈黙があった。
誰も何も言わなかった。
ただ、目覚めたばかりのサラが、ようやく小さな声で囁いた。
「・・・私、ちょっとだけ・・・生きててよかったって思いました」
私は目を見開いた。彼女は、少し照れくさそうに笑っていた。
それは、夢の中では見られなかった、本当の──心からの笑顔だった。
──その先にあるのは、誰の心でもない、私だけの深層。
けれど今日は、そこに誰かがいる。
気づけば私は、濃い靄に包まれた風景の中に立っていた。 空は不自然なほど赤黒く染まり、地面には影が這い、揺れている。
・・・何かが狂っている。それでも、ここが"夢"であり、精神界なのだとわかっていた。
「・・・ここが、サラの心の奥?」
足元を見れば、割れたガラスのような断片が無数に散っていた。
そのひとつひとつに、サラの記憶らしきものが映っていた── 幼い笑顔、泣きながら姉に抱きつく姿、暗い部屋の中で膝を抱える姿。
そして──
彼女は、いた。
崩れかけた階段の上、影の中心に、サラがぽつんと立っていた。 その周囲には、黒い靄のようなものがまとわりつき、時おり何かが囁いている。
「・・・サラ!」
私は駆け寄ろうとする。だが、一歩踏み出しただけで足が沈み、周囲の空間が歪んだ。
──これは、拒絶。
彼女は私を拒んでいるのだ。夢の中でも、私を遠ざけようとしている。
けれど、それでも私は足を止めなかった。
「サラ!お願い、聞いて!私よ、アリアよ!」
少女が、ゆっくりとこちらを向いた。
・・・サラだった。間違いなく。けれど、その目は焦点が合っておらず、まるでどこか遠くを見ているようだった。
「アリアさん・・・来ないで・・・」
その声は風のようにか細く、哀しく震えていた。
「私、また・・・見ちゃった。嫌な夢。何度も、何度も。未来のこと。死ぬ夢。誰にも助けられない夢・・・ 」
彼女の背後にあった靄が、うねるように形を変える。 それは人の姿をしていた。だが、顔がない。声だけがこだまする。
──「お前のせいだ」
──「誰もお前を助けない」
──「一人で死ね」
サラはその言葉を受け止めるたびに、少しずつ身体を縮こませていた。 今にも、影に完全に取り込まれてしまいそうだった。
「・・・違う」
私は、強く言った。
「それは、違う!言ったでしょ、サラ・・・!私とあなたは、生き抜くって!」
返事はない。でも、私は続ける。
「私も・・・前の世界で、死んだの。飛び降りて、自分で命を捨てたの。でも、今ここにいる。もう逃げないって、決めたの」
サラの目が、わずかに揺れた。
「だから・・・お願い。私を拒まないで。私は、どうしてもあなたを──!」
私は手を伸ばした。
影が私の腕を裂こうとする。闇が、私の声を飲み込もうとする。 それでも、私は構わず叫んだ。
「あなたは一人じゃない!私が、ここにいる!」
その瞬間──私の手が、サラの手に触れた。
途端に、まるで燃え上がるように、闇が砕け散った。
赤い光が走る。私の魔力が、炎が、サラの心の奥に届いたのだ。
「アリアさん・・・!」
泣きながら、サラが私の名を呼んだ。
ようやく届いた──そう確信できた。
光が満ちていく。燃えるような赤。私の魔力が、サラの深層に染み込んでいくような感覚。
闇は後退し、影たちは一つずつ輪郭を失い、溶けるように消えていった。
残されたのは、膝をつき、震えているサラ──だけど、もう彼女は独りではなかった。
「アリアさん・・・私・・・怖かった・・・!」
サラの小さな身体を、私は抱きしめた。心の中で、何度も何度も「大丈夫」と呟いた。
やがて、夢の世界に柔らかな風が吹く。
精神界の風──帰還の兆し。
私たちのまわりに、静かな光の粒が舞い始める。サラの魔力が、正常に戻り始めている証だ。
彼女の心が、闇の底から、ようやく地上へと戻る準備をしていた。
「一緒に、帰ろう」
私の言葉に、サラはこくんとうなずいた。
そして──意識が、ゆっくりと現実へと引き戻されていく。
「・・・ッ!」
私は跳ね起きた。冷たい汗が額を伝っていた。
視界がまだぼやけている。けれど、すぐに隣の気配に気づいた。
「・・・サラ?」
小さく息を呑む音。見ると、サラも同時に目を覚ましたところだった。
頬に涙の跡を残し、ゆっくりと、まばたきを繰り返している。
「アリアさん・・・」
今にも泣きそうな声で、私の名前を呼んだ。
私はそっと手を伸ばし、彼女の指先に触れた。彼女はその手をきゅっと握り返してくる。
「夢じゃ、なかった・・・アリアさん、本当に・・・来てくれた・・・」
「うん。あんなところに、一人で行かせないよ」
サラは涙をこぼした。今度は、静かに、安心したように。
そのとき──カツ、カツ、と杖の音が近づいてきた。
「帰ってきたようだな」
メジェラ先生が、私たちを見下ろしていた。
その目に、普段とは違う柔らかな光が宿っている。
「深層精神界での干渉は、さぞや危険なものだっただろう。だが、お前は成功した。・・・サラの心は、光の方へと歩き出しているだろう」
私はそっとサラの肩を抱いたまま、うなずいた。
「ありがとう、先生。あの子を救いたいって思ったのは、先生が導いてくれたから」
「私は何もしてはいない。最終的に決断し、飛び込んだのはお前自身だ、ベルナード。お前の強さと炎が、彼女の闇を照らしたのだ」
先生はサラの額にそっと指を置き、祈るように目を閉じる。
「彼女の夢は、まだ安定してはいない。だが、支えとなる者がいる限り、もう迷うまい」
私は頷いた。サラの手が、震えながらも、私の服の裾をしっかりと掴んでいる。
私たちは、ようやく繋がった。
夢の中でも、現実でも──サラの心は、確かに今ここにある。
それから、数分の沈黙があった。
誰も何も言わなかった。
ただ、目覚めたばかりのサラが、ようやく小さな声で囁いた。
「・・・私、ちょっとだけ・・・生きててよかったって思いました」
私は目を見開いた。彼女は、少し照れくさそうに笑っていた。
それは、夢の中では見られなかった、本当の──心からの笑顔だった。
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