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三章 学院生活・後半
87.オレンジの影
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朝の教室は、いつもよりざわついていた。
「そういえば、今日って編入生が来るんでしょ?」
「この時期に?ちょっと変だよね」
「地属性らしいよ。どこから来たんだろうねー」
クラスメイトたちのざわめきが、耳の奥で反響する。
私は静かに席につきながら、昨夜の夢の残像を心から追い払おうとしていた。
──赤い瞳の少女、崩れゆく学院、紅に染まった空。
現実のように鮮明だった、あの夢はなんだったのだろう。
思わず手元を見る。汗ばんだ指先が、夢の余韻をはっきりと物語っていた。
「おはようございます、アリアさん」
控えめな声に顔を上げると、サラがそっと隣に腰を下ろす。
四年生になってから、彼女はいつも私の隣に座るようになった。
「・・・あ、おはよう。サラ」
サラは少しだけ首をかしげ、私の顔を覗き込む。けれど何も言わずに、いつもの微笑みを浮かべただけだった。
その時、教室前方のドアが開く。担任のレシウス先生が姿を見せた。
「おはよう、みんな。今日は新しい仲間を紹介するよ」
そう言って、先生はドアの外へと手招きをした。
ゆっくりと、一人の少女が教室に入ってくる。
──その瞬間、私は息を呑んだ。
柔らかく光を受ける橙色の髪、澄んだ琥珀のような瞳。
髪も目も、地属性の証を宿している。
(・・・赤く、ない)
心の中でそうつぶやいて、安堵する。けれどその奥には、わずかな物足りなさが残った。
「ノエル・ルシリスです。今日からお世話になります。よろしくお願いします」
少女は一礼し、しっかりとした声で名乗った。
その話しぶりはどこか大人びていて、教室が一瞬静まり返るのがわかった。
彼女──ノエルは一瞬だけ、私の方を見た。
だがその視線には、何の色もなかった。
探るような気配も、驚きも、関心も。まるでただの“他人”を見ているかのようだった。
(特に、何も・・・)
心の中で繰り返し、小さく息をついた。
「彼女の席は・・・アリアの隣にしよう。アリア、いろいろ教えてあげてくれ」
「・・・わかりました」
私は無意識に背筋を伸ばして返事をした。
ノエルは静かに私の隣──サラの反対側に座り、鞄をそっと机の下に置いた。
その所作に、一切の無駄がない。
「よろしくね。時間割、見せた方がいい?」
「・・・うん。ありがとう」
口調は素っ気なくない。むしろ丁寧ですらあった。
けれど、そこには温度がなかった。言葉の壁に触れているような、そんな感覚。
「地属性って、珍しいよね。どこから来たの?」
「北西の村。学院は、ここが初めて」
「へえ・・・ 緊張とか、してない?」
「・・・少しは、してる」
その“少し”が、どこまで本当なのか、私には分からなかった。
彼女はまるで、最初からここにいたかのように落ち着いている。
(堂々としてる・・・すごいな)
けれど、それこそが違和感だった。
「・・・」
ふと横を見ると、サラがノエルを見つめていた。言葉もなく、じっと何かを見抜こうとするように。
「サラ?」
声をかけると、サラはすぐに目を逸らし、小さく首を振った。
「なんでもありません」
それだけの言葉が、胸に小さな棘のように残った。
(ノエルは、夢に出てきた“あの子”じゃない。・・・でも、何かがおかしい)
新しい朝。新しい出会い。
それなのに、私の胸の奥に沈む影は、少しも晴れなかった。
チャイムの音とともに、教室の空気が一気にほぐれた。
昼食の時間。生徒たちは思い思いに立ち上がり、校舎中央の食堂へと向かい始める。
「よっし!今日は絶対デザート付きのセットにするっ!」
元気に立ち上がったのは、シルフィン。
炎のように短く整えられた赤髪が揺れ、目もきらきらと輝いている。
「昨日、それでポタージュこぼしてなかった?」
「うっ・・・アリア、それは秘密にしてって言ったじゃん!」
「ふふっ・・・」
思わず笑ってしまう私の隣で、もう一人の女友達ことサラがふんわりと微笑んでいた。
「今日のメニュー、オムレツとポタージュに、林檎のコンポートがついてるみたいです。・・・たぶん、シルフィンさんの好物ですね」
「わかってるじゃん、サラ!ありがとう!」
三人並んで教室を出るとき──その後ろ姿が、目に入った。
ノエル。今日転入してきたばかりの、オレンジ髪の少女。
彼女は誰にも話しかけず、何も言わず、ただ一人、静かに歩いていた。
(・・・綺麗な歩き方。でも)
その背中には、妙な違和感があった。
端正すぎて、不自然なほどに整っていて──でも“生きた”感じがない。
「・・・なんかあの子、氷みたいだよね」
シルフィンがぽつりとつぶやいた。
普段は明るい彼女の声が、どこか慎重だった。
「触ったら溶けちゃいそうな・・・でも、こっちが凍るかもしれない感じ」
私はそれに返す言葉を探して、見つからなかった。
食堂は今日もにぎやかだった。
木造の大広間に昼の光が差しこみ、生徒たちの楽しげな声と食器の音が交錯する。
三人で列に並んでいると、ノエルが前方に見えた。
オレンジの髪が窓の光を受けて、まるで水面のようにきらきらと輝いている。
けれど彼女は、ずっと俯きがちで、誰とも目を合わせない。
「初めて・・・なのかな、ここで食べるの」
シルフィンがぽつりと言った。
「そうかも。でも、なんか・・・変な感じがするの」
「・・・変な感じ?」
「夢の中で、見たことがある気がするんです。あの髪の色、あの立ち方・・・それに、赤い空で」
私とシルフィンは、同時に彼女を見た。
「サラ、夢・・・って?」
サラは、林檎のコンポートがのったトレイを受け取りながら、遠い目をしていた。
「前にも言ったと思うんですけど・・・また最近、夢を見るようになって。校舎が崩れて、誰かが泣いてて、赤い空に、影が立ってて──」
彼女の手が、少し震えていた。
それを見て、シルフィンも顔を曇らせる。
「それって・・・前にアリアが言ってたやつと、似てない?」
私の喉が、かすかに鳴った。
忘れようとしていた“あの夢”──炎に包まれた学院、崩れ落ちる塔、焼け焦げるような叫び声──。
「・・・うん、似てる」
三人でテーブルに着くと、ノエルは少し離れた席で、黙々と食事をしていた。
姿勢は整っていて、手元の動きも優雅。けれど、まるで心が感じられなかった。
「・・・あの子、本当に魔女?」
シルフィンの声は、冗談のようでいて、どこか本気だった。
サラはそっと祈るように手を合わせて、呟いた。
「次は、“もっと近くに来る”気がします。夢の中で。あの人が・・・こっちを見てるんです。真っ直ぐに」
その言葉に、私はノエルの背中を見た。
彼女は静かにスプーンを動かしながら──まるで、全部聞こえているような気さえした。
「そういえば、今日って編入生が来るんでしょ?」
「この時期に?ちょっと変だよね」
「地属性らしいよ。どこから来たんだろうねー」
クラスメイトたちのざわめきが、耳の奥で反響する。
私は静かに席につきながら、昨夜の夢の残像を心から追い払おうとしていた。
──赤い瞳の少女、崩れゆく学院、紅に染まった空。
現実のように鮮明だった、あの夢はなんだったのだろう。
思わず手元を見る。汗ばんだ指先が、夢の余韻をはっきりと物語っていた。
「おはようございます、アリアさん」
控えめな声に顔を上げると、サラがそっと隣に腰を下ろす。
四年生になってから、彼女はいつも私の隣に座るようになった。
「・・・あ、おはよう。サラ」
サラは少しだけ首をかしげ、私の顔を覗き込む。けれど何も言わずに、いつもの微笑みを浮かべただけだった。
その時、教室前方のドアが開く。担任のレシウス先生が姿を見せた。
「おはよう、みんな。今日は新しい仲間を紹介するよ」
そう言って、先生はドアの外へと手招きをした。
ゆっくりと、一人の少女が教室に入ってくる。
──その瞬間、私は息を呑んだ。
柔らかく光を受ける橙色の髪、澄んだ琥珀のような瞳。
髪も目も、地属性の証を宿している。
(・・・赤く、ない)
心の中でそうつぶやいて、安堵する。けれどその奥には、わずかな物足りなさが残った。
「ノエル・ルシリスです。今日からお世話になります。よろしくお願いします」
少女は一礼し、しっかりとした声で名乗った。
その話しぶりはどこか大人びていて、教室が一瞬静まり返るのがわかった。
彼女──ノエルは一瞬だけ、私の方を見た。
だがその視線には、何の色もなかった。
探るような気配も、驚きも、関心も。まるでただの“他人”を見ているかのようだった。
(特に、何も・・・)
心の中で繰り返し、小さく息をついた。
「彼女の席は・・・アリアの隣にしよう。アリア、いろいろ教えてあげてくれ」
「・・・わかりました」
私は無意識に背筋を伸ばして返事をした。
ノエルは静かに私の隣──サラの反対側に座り、鞄をそっと机の下に置いた。
その所作に、一切の無駄がない。
「よろしくね。時間割、見せた方がいい?」
「・・・うん。ありがとう」
口調は素っ気なくない。むしろ丁寧ですらあった。
けれど、そこには温度がなかった。言葉の壁に触れているような、そんな感覚。
「地属性って、珍しいよね。どこから来たの?」
「北西の村。学院は、ここが初めて」
「へえ・・・ 緊張とか、してない?」
「・・・少しは、してる」
その“少し”が、どこまで本当なのか、私には分からなかった。
彼女はまるで、最初からここにいたかのように落ち着いている。
(堂々としてる・・・すごいな)
けれど、それこそが違和感だった。
「・・・」
ふと横を見ると、サラがノエルを見つめていた。言葉もなく、じっと何かを見抜こうとするように。
「サラ?」
声をかけると、サラはすぐに目を逸らし、小さく首を振った。
「なんでもありません」
それだけの言葉が、胸に小さな棘のように残った。
(ノエルは、夢に出てきた“あの子”じゃない。・・・でも、何かがおかしい)
新しい朝。新しい出会い。
それなのに、私の胸の奥に沈む影は、少しも晴れなかった。
チャイムの音とともに、教室の空気が一気にほぐれた。
昼食の時間。生徒たちは思い思いに立ち上がり、校舎中央の食堂へと向かい始める。
「よっし!今日は絶対デザート付きのセットにするっ!」
元気に立ち上がったのは、シルフィン。
炎のように短く整えられた赤髪が揺れ、目もきらきらと輝いている。
「昨日、それでポタージュこぼしてなかった?」
「うっ・・・アリア、それは秘密にしてって言ったじゃん!」
「ふふっ・・・」
思わず笑ってしまう私の隣で、もう一人の女友達ことサラがふんわりと微笑んでいた。
「今日のメニュー、オムレツとポタージュに、林檎のコンポートがついてるみたいです。・・・たぶん、シルフィンさんの好物ですね」
「わかってるじゃん、サラ!ありがとう!」
三人並んで教室を出るとき──その後ろ姿が、目に入った。
ノエル。今日転入してきたばかりの、オレンジ髪の少女。
彼女は誰にも話しかけず、何も言わず、ただ一人、静かに歩いていた。
(・・・綺麗な歩き方。でも)
その背中には、妙な違和感があった。
端正すぎて、不自然なほどに整っていて──でも“生きた”感じがない。
「・・・なんかあの子、氷みたいだよね」
シルフィンがぽつりとつぶやいた。
普段は明るい彼女の声が、どこか慎重だった。
「触ったら溶けちゃいそうな・・・でも、こっちが凍るかもしれない感じ」
私はそれに返す言葉を探して、見つからなかった。
食堂は今日もにぎやかだった。
木造の大広間に昼の光が差しこみ、生徒たちの楽しげな声と食器の音が交錯する。
三人で列に並んでいると、ノエルが前方に見えた。
オレンジの髪が窓の光を受けて、まるで水面のようにきらきらと輝いている。
けれど彼女は、ずっと俯きがちで、誰とも目を合わせない。
「初めて・・・なのかな、ここで食べるの」
シルフィンがぽつりと言った。
「そうかも。でも、なんか・・・変な感じがするの」
「・・・変な感じ?」
「夢の中で、見たことがある気がするんです。あの髪の色、あの立ち方・・・それに、赤い空で」
私とシルフィンは、同時に彼女を見た。
「サラ、夢・・・って?」
サラは、林檎のコンポートがのったトレイを受け取りながら、遠い目をしていた。
「前にも言ったと思うんですけど・・・また最近、夢を見るようになって。校舎が崩れて、誰かが泣いてて、赤い空に、影が立ってて──」
彼女の手が、少し震えていた。
それを見て、シルフィンも顔を曇らせる。
「それって・・・前にアリアが言ってたやつと、似てない?」
私の喉が、かすかに鳴った。
忘れようとしていた“あの夢”──炎に包まれた学院、崩れ落ちる塔、焼け焦げるような叫び声──。
「・・・うん、似てる」
三人でテーブルに着くと、ノエルは少し離れた席で、黙々と食事をしていた。
姿勢は整っていて、手元の動きも優雅。けれど、まるで心が感じられなかった。
「・・・あの子、本当に魔女?」
シルフィンの声は、冗談のようでいて、どこか本気だった。
サラはそっと祈るように手を合わせて、呟いた。
「次は、“もっと近くに来る”気がします。夢の中で。あの人が・・・こっちを見てるんです。真っ直ぐに」
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