灼炎の転生魔女〜いじめられて自殺した私、異世界で炎の魔女の娘に転生しましたが、今度こそ強く生き抜きます!〜

銀鏡。

文字の大きさ
87 / 891
三章 学院生活・後半

87.オレンジの影

しおりを挟む
 朝の教室は、いつもよりざわついていた。

「そういえば、今日って編入生が来るんでしょ?」

「この時期に?ちょっと変だよね」

「地属性らしいよ。どこから来たんだろうねー」

クラスメイトたちのざわめきが、耳の奥で反響する。
私は静かに席につきながら、昨夜の夢の残像を心から追い払おうとしていた。

 ──赤い瞳の少女、崩れゆく学院、紅に染まった空。
現実のように鮮明だった、あの夢はなんだったのだろう。

 思わず手元を見る。汗ばんだ指先が、夢の余韻をはっきりと物語っていた。

「おはようございます、アリアさん」

控えめな声に顔を上げると、サラがそっと隣に腰を下ろす。
四年生になってから、彼女はいつも私の隣に座るようになった。

「・・・あ、おはよう。サラ」

 サラは少しだけ首をかしげ、私の顔を覗き込む。けれど何も言わずに、いつもの微笑みを浮かべただけだった。

 その時、教室前方のドアが開く。担任のレシウス先生が姿を見せた。

「おはよう、みんな。今日は新しい仲間を紹介するよ」

 そう言って、先生はドアの外へと手招きをした。
ゆっくりと、一人の少女が教室に入ってくる。

──その瞬間、私は息を呑んだ。

柔らかく光を受ける橙色の髪、澄んだ琥珀のような瞳。
髪も目も、地属性の証を宿している。

(・・・赤く、ない)

心の中でそうつぶやいて、安堵する。けれどその奥には、わずかな物足りなさが残った。

「ノエル・ルシリスです。今日からお世話になります。よろしくお願いします」

 少女は一礼し、しっかりとした声で名乗った。
その話しぶりはどこか大人びていて、教室が一瞬静まり返るのがわかった。

彼女──ノエルは一瞬だけ、私の方を見た。
だがその視線には、何の色もなかった。
探るような気配も、驚きも、関心も。まるでただの“他人”を見ているかのようだった。

(特に、何も・・・)

 心の中で繰り返し、小さく息をついた。

「彼女の席は・・・アリアの隣にしよう。アリア、いろいろ教えてあげてくれ」

「・・・わかりました」

私は無意識に背筋を伸ばして返事をした。

 ノエルは静かに私の隣──サラの反対側に座り、鞄をそっと机の下に置いた。
その所作に、一切の無駄がない。

「よろしくね。時間割、見せた方がいい?」

「・・・うん。ありがとう」

口調は素っ気なくない。むしろ丁寧ですらあった。
けれど、そこには温度がなかった。言葉の壁に触れているような、そんな感覚。

「地属性って、珍しいよね。どこから来たの?」

「北西の村。学院は、ここが初めて」

「へえ・・・ 緊張とか、してない?」

「・・・少しは、してる」

 その“少し”が、どこまで本当なのか、私には分からなかった。
彼女はまるで、最初からここにいたかのように落ち着いている。

(堂々としてる・・・すごいな)

けれど、それこそが違和感だった。

「・・・」

 ふと横を見ると、サラがノエルを見つめていた。言葉もなく、じっと何かを見抜こうとするように。

「サラ?」

声をかけると、サラはすぐに目を逸らし、小さく首を振った。

「なんでもありません」

それだけの言葉が、胸に小さな棘のように残った。

(ノエルは、夢に出てきた“あの子”じゃない。・・・でも、何かがおかしい)

 新しい朝。新しい出会い。
それなのに、私の胸の奥に沈む影は、少しも晴れなかった。



 チャイムの音とともに、教室の空気が一気にほぐれた。
昼食の時間。生徒たちは思い思いに立ち上がり、校舎中央の食堂へと向かい始める。

「よっし!今日は絶対デザート付きのセットにするっ!」

元気に立ち上がったのは、シルフィン。
炎のように短く整えられた赤髪が揺れ、目もきらきらと輝いている。

「昨日、それでポタージュこぼしてなかった?」

「うっ・・・アリア、それは秘密にしてって言ったじゃん!」

「ふふっ・・・」

 思わず笑ってしまう私の隣で、もう一人の女友達ことサラがふんわりと微笑んでいた。

「今日のメニュー、オムレツとポタージュに、林檎のコンポートがついてるみたいです。・・・たぶん、シルフィンさんの好物ですね」

「わかってるじゃん、サラ!ありがとう!」

三人並んで教室を出るとき──その後ろ姿が、目に入った。

 ノエル。今日転入してきたばかりの、オレンジ髪の少女。
彼女は誰にも話しかけず、何も言わず、ただ一人、静かに歩いていた。

(・・・綺麗な歩き方。でも)

その背中には、妙な違和感があった。
端正すぎて、不自然なほどに整っていて──でも“生きた”感じがない。

「・・・なんかあの子、氷みたいだよね」

 シルフィンがぽつりとつぶやいた。
普段は明るい彼女の声が、どこか慎重だった。

「触ったら溶けちゃいそうな・・・でも、こっちが凍るかもしれない感じ」

私はそれに返す言葉を探して、見つからなかった。



 食堂は今日もにぎやかだった。
木造の大広間に昼の光が差しこみ、生徒たちの楽しげな声と食器の音が交錯する。

三人で列に並んでいると、ノエルが前方に見えた。
オレンジの髪が窓の光を受けて、まるで水面のようにきらきらと輝いている。

けれど彼女は、ずっと俯きがちで、誰とも目を合わせない。

「初めて・・・なのかな、ここで食べるの」

 シルフィンがぽつりと言った。

「そうかも。でも、なんか・・・変な感じがするの」

「・・・変な感じ?」

「夢の中で、見たことがある気がするんです。あの髪の色、あの立ち方・・・それに、赤い空で」

私とシルフィンは、同時に彼女を見た。

「サラ、夢・・・って?」

 サラは、林檎のコンポートがのったトレイを受け取りながら、遠い目をしていた。

「前にも言ったと思うんですけど・・・また最近、夢を見るようになって。校舎が崩れて、誰かが泣いてて、赤い空に、影が立ってて──」

彼女の手が、少し震えていた。
それを見て、シルフィンも顔を曇らせる。

「それって・・・前にアリアが言ってたやつと、似てない?」

 私の喉が、かすかに鳴った。
忘れようとしていた“あの夢”──炎に包まれた学院、崩れ落ちる塔、焼け焦げるような叫び声──。

「・・・うん、似てる」

三人でテーブルに着くと、ノエルは少し離れた席で、黙々と食事をしていた。
姿勢は整っていて、手元の動きも優雅。けれど、まるで心が感じられなかった。

「・・・あの子、本当に魔女?」

シルフィンの声は、冗談のようでいて、どこか本気だった。

 サラはそっと祈るように手を合わせて、呟いた。

「次は、“もっと近くに来る”気がします。夢の中で。あの人が・・・こっちを見てるんです。真っ直ぐに」

 その言葉に、私はノエルの背中を見た。

彼女は静かにスプーンを動かしながら──まるで、全部聞こえているような気さえした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました

竹桜
ファンタジー
 誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。  その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。  男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。   自らの憧れを叶える為に。

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

処理中です...