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三章 学院生活・後半
88.揺らぐ地、封じられた記憶
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夜の静けさの中、私はまどろみの中に沈んでいた。
──夢。
足元がぐらりと揺れる。
石畳に亀裂が走り、大地が呻くような音を立てる。
赤黒く染まった空が、裂けるように燃えていた。
その中心に、彼女がいた。
橙色の髪が風に舞い、瞳もまたオレンジ色に冷たく光っていた。
地面が彼女の足元から盛り上がり、ひび割れが走る。
大地が、まるで彼女に呼応するかのように呻いている──否、“服従”している。
「アリア・・・」
遠くから、誰かの声が聞こえた。サラ?
振り返ろうとしたその瞬間、地面が崩れ、私は真っ逆さまに落ちていく。
──ガバッ。
「・・・っ!」
息を呑んで目を覚ました。
冷や汗が額を流れ、胸が苦しい。
窓の外はまだ夜の闇に包まれていた。母の寝室の向こうも静まり返っている。
(また、夢・・・)
だが、今回は違う。いつもの“紅”の夢ではなく、もっと鈍く重い“地の呻き”。
そしてそこに立っていたのは──ノエル・ルシリス。
彼女の橙の瞳が、夢の中で私を真っすぐ見ていた。
同じ夜、サラもまた浅い夢の中で目を覚ました。
「あの人・・・」
彼女の夢にも、ノエルが現れていた。
土が盛り上がり、黒い棘のようなものが地面から生えてくる。
ノエルはその中心に立ち、サラをただじっと見つめていた。言葉も、動きもなく。
だが、その無表情の奥に、確かに“意思”のようなものを感じた。
「見てた。はっきりと、こっちを・・・」
胸に手を当て、サラは震える息を吐く。
(これは夢じゃない。あれは──視られてた)
ノエルは、なにかを知っている。
そしてきっと、アリアのことも。
翌朝。教室の窓辺、光の差す静かな時間。
「・・・見た?」
私が小声でサラに問いかけると、彼女は静かにうなずいた。
「はい・・・ノエルさんが、地面の上に立っていて・・・私のことをずっと見てました」
「私も。崩れた地面に引きずり込まれるような感覚。普通の夢じゃなかったと思う」
そのとき、シルフィンがやってきて、机に肘をつきながら言った。
「私は夢は見てないな。・・・けど、朝、ノエルとすれ違ったときに変な感じがしたの」
私とサラが、同時にシルフィンを見る。
「変な感じ・・・?」
「うん、“空気”っていうのかな。姿勢も話し方も丁寧なのに、ぜんぜん周りと噛み合ってない。見えない壁があるっていうか・・・この世界の“地”じゃない何かが混ざってるような気がした」
私は無意識にノエルの席を見やった。
彼女は静かに座り、本を読んでいる。
今日は栗色に近い茶のリボンを髪に結んでいた。
誰とも話さず、背筋を正したその姿は、まるで手本のように整っている──けれど。
(違う)
もう、私は彼女を「ただの転入生」として見ることはできない。
夢が告げている。
サラも、私も、そしてシルフィンも、それを感じている。
──ノエル・ルシリス。
地を揺らし、無言で世界に干渉する者。
彼女はこの世界の一部でありながら、別の“因果”を背負ってここにいる。
私は拳をぎゅっと握る。
なぜ、あの夢にノエルが出てくるのか。
なぜ、私の“地”が揺らぐのか。
(・・・もうすぐ、なにかが動き出す)
そう、感じていた。
それから数日間、私たちは慎重にノエルの様子を見ていた。
彼女は変わらなかった。
授業では誰よりもまじめで、先生の問いには的確に答え、ノートの字も美しく整っていた。
昼食の時間には、サラと私、シルフィンの三人で座るのに対し、ノエルはいつも一人。
周辺のテーブルに座った子たちには礼儀正しく接するものの、それ以上の関係にはならない。
──完璧すぎる。
そう思ったのは、シルフィンだった。
「ちょっと、怖いくらい整ってると思わない?」
ある日の放課後、私たちは学院の中庭にいた。
炎の属性を持つ生徒用に設けられた、耐火性のある訓練場の横のベンチに腰かけて、日が傾く空を見上げる。
「息をするみたいに『正解』だけを選んでる感じ。普通、間違えたり、迷ったりするでしょ?」
シルフィンの言葉に、サラはおずおずと頷いた。
「あの夢で見たノエルさんも、なんていうか、すごく“できあがってた”感じでした。無表情だったけど・・・完成された何か、みたいな」
私は答えず、視線を宙に泳がせる。
(完成された“何か”。・・・それって、人間でも魔法使いでもないもの?)
そのとき、学院の鐘が夕刻を告げ、風が冷たく肌を撫でた。
そして、事件は起こった。
風の強いある日、地属性の生徒が集まっていた訓練場で、突発的な魔力暴走が発生した。
訓練中に地面が突然隆起し、周囲の生徒を巻き込んで巨大な石柱が乱立したのだ。
「下がってください!結界班、展開急いで!」
教師たちの声が飛び交う中、私とサラ、シルフィンも現場に駆けつけた。
そして、そこに──
「・・・ノエル」
石柱の中心に立っていたのは、彼女だった。
表情は無い。瞳は虚ろに空を見つめ、まるで別の何かに意識を預けているかのようだった。
足元の大地が彼女を中心に脈動している。まるで心臓の鼓動のように。
サラが小さく声を漏らす。
「・・・夢の、通り・・・」
その瞬間、ノエルの瞳がゆっくりと私たちの方を向いた。
無表情。だが確かに、視線が私たちに届いていた。その目には、怯えも怒りもない。ただ、深い深い“静けさ”があった。
地の底のような静けさ──何も語らず、すべてを飲み込み、沈黙する土の感情。
「アリア」
ノエルが、名前を呼んだ。
初めてだ。彼女が私を呼び捨てにしたのは。
私は無意識に、一歩前へ出ていた。
「あなた、いったい──」
言葉の続きを、言えなかった。
その瞬間、ノエルの身体がふっと揺れた。
何かの均衡が崩れたように、彼女は膝をつき、そのまま意識を失って倒れた。
「ノエルさん!」
私たちは駆け寄った。冷たい土の匂いが立ち込める中、彼女の手を取る。
その指先は、震えていた。
まるで、何かに怯えるように──過去の、自分の記憶の奥にある“なにか”に。
その夜、私は夢を見なかった。だが、眠れなかった。
窓の外を眺めながら、私は思い続けていた。
(あれは、偶然じゃない。彼女の中にあるものが、少しずつ滲み出してきてる)
前世の因果。失われたはずの記憶。
そして──私がずっと抱えてきた、あの“痛み”。
彼女は、まだ気づいていない。
でも、私はもう確信している。
(ノエル・ルシリス。あなたは、あのときの・・・)
言葉にはしない。
けれど、私の中に燃えるものがある。
──許すかどうかは、私が決める。
その前に、やるべきことがある。
静かに、私は目を閉じた。
(・・・もうすぐ、始まる)
──夢。
足元がぐらりと揺れる。
石畳に亀裂が走り、大地が呻くような音を立てる。
赤黒く染まった空が、裂けるように燃えていた。
その中心に、彼女がいた。
橙色の髪が風に舞い、瞳もまたオレンジ色に冷たく光っていた。
地面が彼女の足元から盛り上がり、ひび割れが走る。
大地が、まるで彼女に呼応するかのように呻いている──否、“服従”している。
「アリア・・・」
遠くから、誰かの声が聞こえた。サラ?
振り返ろうとしたその瞬間、地面が崩れ、私は真っ逆さまに落ちていく。
──ガバッ。
「・・・っ!」
息を呑んで目を覚ました。
冷や汗が額を流れ、胸が苦しい。
窓の外はまだ夜の闇に包まれていた。母の寝室の向こうも静まり返っている。
(また、夢・・・)
だが、今回は違う。いつもの“紅”の夢ではなく、もっと鈍く重い“地の呻き”。
そしてそこに立っていたのは──ノエル・ルシリス。
彼女の橙の瞳が、夢の中で私を真っすぐ見ていた。
同じ夜、サラもまた浅い夢の中で目を覚ました。
「あの人・・・」
彼女の夢にも、ノエルが現れていた。
土が盛り上がり、黒い棘のようなものが地面から生えてくる。
ノエルはその中心に立ち、サラをただじっと見つめていた。言葉も、動きもなく。
だが、その無表情の奥に、確かに“意思”のようなものを感じた。
「見てた。はっきりと、こっちを・・・」
胸に手を当て、サラは震える息を吐く。
(これは夢じゃない。あれは──視られてた)
ノエルは、なにかを知っている。
そしてきっと、アリアのことも。
翌朝。教室の窓辺、光の差す静かな時間。
「・・・見た?」
私が小声でサラに問いかけると、彼女は静かにうなずいた。
「はい・・・ノエルさんが、地面の上に立っていて・・・私のことをずっと見てました」
「私も。崩れた地面に引きずり込まれるような感覚。普通の夢じゃなかったと思う」
そのとき、シルフィンがやってきて、机に肘をつきながら言った。
「私は夢は見てないな。・・・けど、朝、ノエルとすれ違ったときに変な感じがしたの」
私とサラが、同時にシルフィンを見る。
「変な感じ・・・?」
「うん、“空気”っていうのかな。姿勢も話し方も丁寧なのに、ぜんぜん周りと噛み合ってない。見えない壁があるっていうか・・・この世界の“地”じゃない何かが混ざってるような気がした」
私は無意識にノエルの席を見やった。
彼女は静かに座り、本を読んでいる。
今日は栗色に近い茶のリボンを髪に結んでいた。
誰とも話さず、背筋を正したその姿は、まるで手本のように整っている──けれど。
(違う)
もう、私は彼女を「ただの転入生」として見ることはできない。
夢が告げている。
サラも、私も、そしてシルフィンも、それを感じている。
──ノエル・ルシリス。
地を揺らし、無言で世界に干渉する者。
彼女はこの世界の一部でありながら、別の“因果”を背負ってここにいる。
私は拳をぎゅっと握る。
なぜ、あの夢にノエルが出てくるのか。
なぜ、私の“地”が揺らぐのか。
(・・・もうすぐ、なにかが動き出す)
そう、感じていた。
それから数日間、私たちは慎重にノエルの様子を見ていた。
彼女は変わらなかった。
授業では誰よりもまじめで、先生の問いには的確に答え、ノートの字も美しく整っていた。
昼食の時間には、サラと私、シルフィンの三人で座るのに対し、ノエルはいつも一人。
周辺のテーブルに座った子たちには礼儀正しく接するものの、それ以上の関係にはならない。
──完璧すぎる。
そう思ったのは、シルフィンだった。
「ちょっと、怖いくらい整ってると思わない?」
ある日の放課後、私たちは学院の中庭にいた。
炎の属性を持つ生徒用に設けられた、耐火性のある訓練場の横のベンチに腰かけて、日が傾く空を見上げる。
「息をするみたいに『正解』だけを選んでる感じ。普通、間違えたり、迷ったりするでしょ?」
シルフィンの言葉に、サラはおずおずと頷いた。
「あの夢で見たノエルさんも、なんていうか、すごく“できあがってた”感じでした。無表情だったけど・・・完成された何か、みたいな」
私は答えず、視線を宙に泳がせる。
(完成された“何か”。・・・それって、人間でも魔法使いでもないもの?)
そのとき、学院の鐘が夕刻を告げ、風が冷たく肌を撫でた。
そして、事件は起こった。
風の強いある日、地属性の生徒が集まっていた訓練場で、突発的な魔力暴走が発生した。
訓練中に地面が突然隆起し、周囲の生徒を巻き込んで巨大な石柱が乱立したのだ。
「下がってください!結界班、展開急いで!」
教師たちの声が飛び交う中、私とサラ、シルフィンも現場に駆けつけた。
そして、そこに──
「・・・ノエル」
石柱の中心に立っていたのは、彼女だった。
表情は無い。瞳は虚ろに空を見つめ、まるで別の何かに意識を預けているかのようだった。
足元の大地が彼女を中心に脈動している。まるで心臓の鼓動のように。
サラが小さく声を漏らす。
「・・・夢の、通り・・・」
その瞬間、ノエルの瞳がゆっくりと私たちの方を向いた。
無表情。だが確かに、視線が私たちに届いていた。その目には、怯えも怒りもない。ただ、深い深い“静けさ”があった。
地の底のような静けさ──何も語らず、すべてを飲み込み、沈黙する土の感情。
「アリア」
ノエルが、名前を呼んだ。
初めてだ。彼女が私を呼び捨てにしたのは。
私は無意識に、一歩前へ出ていた。
「あなた、いったい──」
言葉の続きを、言えなかった。
その瞬間、ノエルの身体がふっと揺れた。
何かの均衡が崩れたように、彼女は膝をつき、そのまま意識を失って倒れた。
「ノエルさん!」
私たちは駆け寄った。冷たい土の匂いが立ち込める中、彼女の手を取る。
その指先は、震えていた。
まるで、何かに怯えるように──過去の、自分の記憶の奥にある“なにか”に。
その夜、私は夢を見なかった。だが、眠れなかった。
窓の外を眺めながら、私は思い続けていた。
(あれは、偶然じゃない。彼女の中にあるものが、少しずつ滲み出してきてる)
前世の因果。失われたはずの記憶。
そして──私がずっと抱えてきた、あの“痛み”。
彼女は、まだ気づいていない。
でも、私はもう確信している。
(ノエル・ルシリス。あなたは、あのときの・・・)
言葉にはしない。
けれど、私の中に燃えるものがある。
──許すかどうかは、私が決める。
その前に、やるべきことがある。
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