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三章 学院生活・後半
181.世界に抗う者
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夜明け前の空は まだ色を持たず、世界全体が薄墨で塗られたようだった。
私は一人、学院そばの森を歩いていた。
夢の中で聞いた「沈黙の檻」──その在処を、確かに“感じた”からだ。
母には何も告げなかった。
これは私自身の選択、私自身の戦いだったから。
(ルナフェイズ・・・フィア・・・あなたの言葉を、信じる)
その名を胸の奥で呼ぶたびに、赤い光が脈打つ。
心臓の奥に小さく灯る“魂の火”が、私の進むべき道を照らしていた。
やがて森の奥、雪をかぶった古い祭壇のような場所にたどり着く。
かつてここには、古代魔術の試練場があったと聞いたことがある。
私は深く息を吸い、震える手で懐の中から小さな燈火石を取り出す。
それは、炎の魔力が宿った魔石。
フィア──ルナフェイズの記憶が残る魔石。
夢の中で、彼女が最後に残していった光を、私はここに持ってきた。
石が、ぼうっと赤く光った。
瞬間、周囲の空気が歪み、目の前の空間が裂ける。
空間は歪み、続いて裂け目が開く。
そこはもはや、“現実”ではなかった。
宙に浮かぶ灰色の階段が、何処までも続いている。
「・・・ここが、“沈黙の檻”」
私はひとつ深呼吸し、足を踏み入れた。
中は、音のない迷宮だった。
石造りの回廊。崩れかけたアーチ。無数の扉と、沈黙だけが支配する空間。
空気は重く、魔力が濃密に沈殿しているのがわかる。
声を出せば、音が吸い込まれて消えそうなほど静かだった。
(ここに・・・シルフィンが)
進むごとに、足元の床には「記憶」の断片のような幻が浮かび上がる。
誰かが泣き叫ぶ声。
誰かが手を伸ばしてくる幻影。
だが、それらには“名前”がない。
世界から切り離され、すべての意味を失っていた。
──助けて。
その声が、どこからともなく響く。
「シルフィン・・・!」
私は走った。導かれるように、広い円形の部屋にたどり着く。
そこには一つの“棺”があった。
それは硝子のように透き通っていたが、中に眠るのは確かに──彼女だった。
(見つけた・・・!)
赤髪の少女。閉じた瞳。けれどその表情は穏やかで、まるで夢を見ているようだった。
「どうして・・・こんな・・・!」
触れようとした、その瞬間だった。
空間が──軋んだ。
ギリギリと、どこかの次元が捻じれるような音が響き、目の前の景色がわずかに揺らぐ。
時間がずれたような感覚。鼓動の音すら、遅れて胸に返ってくる。
(なに、これ・・・)
まるでこの場所そのものが、“彼女に触れること”を拒絶している。
いや、違う。何かが、私の行動を“観測している”。
そして、気配が現れた。
──音もなく、空間の奥からそれは現れた。
ヒトの形をしているようで、どこか歪んでいる。
外套のようなものを纏い、顔は闇の中。
足音も、気配もないはずなのに、“確かにそこにいる”とわかる。
(なに・・・この存在)
冷たい汗が背中を伝う。
それは、一体ではなかった。
いつの間にか、幾つもの影が、空間の端々に立っていた。
灰と闇を纏い、視線すら持たぬ“それら”は、私に近づいてくる。
私は、本能的に一歩下がった。
言葉はない。ただ、“拒絶”だけが伝わってくる。
──これは、世界の外縁。
──存在を忘れられた者たちの、“墓標”。
──此処は、思い出してはいけない場所。
胸の奥に直接、そんな“警告”が流れ込んでくる。
(あれが・・・番人?)
名前はない。感情もない。
それでも、彼らの存在には“役割”だけが刻まれているのだと、私は直感した。
(・・・彼女を、封じている。ここから出さないように)
シルフィンの“存在”が、再びこの世界に戻ることを阻もうとする──そんな意志が、彼らから伝わってくる。
私は唇を噛みしめた。
「やめて・・・!彼女は、ここに閉じ込められるような人じゃない!」
彼らは答えなかった。代わりに、音もなく前に出る。
圧迫感が強まる。空気が凍る。時間がねじれる。
(・・・来る)
私は構えた。
炎が、掌に灯る。
けれど、それはいつもの魔力とは違う。
もっと深く。もっと古く。もっと熱くて、もっと哀しい炎──
それは、魂の奥に宿る“深紅の火”。
フィアから継いだ、願いと怒りの記憶。
「私は、私の意志でここに来た・・・!」
影たちが、足を止める。
私の掌の炎が、ほんの少しだけ、彼らの輪郭を崩した。
(効いてる・・・!)
私は続けた。
「彼女の存在を、私の炎で灯し直す。たとえ世界が忘れても──私が覚えてる!」
その言葉と共に、炎が爆ぜた。
白く、赤く、金色に──まるで私の記憶そのものが、火となって形を成していく。
影たちは静かに、だが確かにその炎に反応した。
まるで、“それでは困る”とでも言うように。
「消させない・・・!」
私は前に出た。震える足に力を込めて。
この手で、彼女を取り戻すために。
(私にとって、彼女は“いた”人なの。世界がどう言おうと、それだけは変わらない!)
──番人たちが動いた。
“沈黙の檻”が揺れた。
そして、炎の戦いが始まった。
私は一人、学院そばの森を歩いていた。
夢の中で聞いた「沈黙の檻」──その在処を、確かに“感じた”からだ。
母には何も告げなかった。
これは私自身の選択、私自身の戦いだったから。
(ルナフェイズ・・・フィア・・・あなたの言葉を、信じる)
その名を胸の奥で呼ぶたびに、赤い光が脈打つ。
心臓の奥に小さく灯る“魂の火”が、私の進むべき道を照らしていた。
やがて森の奥、雪をかぶった古い祭壇のような場所にたどり着く。
かつてここには、古代魔術の試練場があったと聞いたことがある。
私は深く息を吸い、震える手で懐の中から小さな燈火石を取り出す。
それは、炎の魔力が宿った魔石。
フィア──ルナフェイズの記憶が残る魔石。
夢の中で、彼女が最後に残していった光を、私はここに持ってきた。
石が、ぼうっと赤く光った。
瞬間、周囲の空気が歪み、目の前の空間が裂ける。
空間は歪み、続いて裂け目が開く。
そこはもはや、“現実”ではなかった。
宙に浮かぶ灰色の階段が、何処までも続いている。
「・・・ここが、“沈黙の檻”」
私はひとつ深呼吸し、足を踏み入れた。
中は、音のない迷宮だった。
石造りの回廊。崩れかけたアーチ。無数の扉と、沈黙だけが支配する空間。
空気は重く、魔力が濃密に沈殿しているのがわかる。
声を出せば、音が吸い込まれて消えそうなほど静かだった。
(ここに・・・シルフィンが)
進むごとに、足元の床には「記憶」の断片のような幻が浮かび上がる。
誰かが泣き叫ぶ声。
誰かが手を伸ばしてくる幻影。
だが、それらには“名前”がない。
世界から切り離され、すべての意味を失っていた。
──助けて。
その声が、どこからともなく響く。
「シルフィン・・・!」
私は走った。導かれるように、広い円形の部屋にたどり着く。
そこには一つの“棺”があった。
それは硝子のように透き通っていたが、中に眠るのは確かに──彼女だった。
(見つけた・・・!)
赤髪の少女。閉じた瞳。けれどその表情は穏やかで、まるで夢を見ているようだった。
「どうして・・・こんな・・・!」
触れようとした、その瞬間だった。
空間が──軋んだ。
ギリギリと、どこかの次元が捻じれるような音が響き、目の前の景色がわずかに揺らぐ。
時間がずれたような感覚。鼓動の音すら、遅れて胸に返ってくる。
(なに、これ・・・)
まるでこの場所そのものが、“彼女に触れること”を拒絶している。
いや、違う。何かが、私の行動を“観測している”。
そして、気配が現れた。
──音もなく、空間の奥からそれは現れた。
ヒトの形をしているようで、どこか歪んでいる。
外套のようなものを纏い、顔は闇の中。
足音も、気配もないはずなのに、“確かにそこにいる”とわかる。
(なに・・・この存在)
冷たい汗が背中を伝う。
それは、一体ではなかった。
いつの間にか、幾つもの影が、空間の端々に立っていた。
灰と闇を纏い、視線すら持たぬ“それら”は、私に近づいてくる。
私は、本能的に一歩下がった。
言葉はない。ただ、“拒絶”だけが伝わってくる。
──これは、世界の外縁。
──存在を忘れられた者たちの、“墓標”。
──此処は、思い出してはいけない場所。
胸の奥に直接、そんな“警告”が流れ込んでくる。
(あれが・・・番人?)
名前はない。感情もない。
それでも、彼らの存在には“役割”だけが刻まれているのだと、私は直感した。
(・・・彼女を、封じている。ここから出さないように)
シルフィンの“存在”が、再びこの世界に戻ることを阻もうとする──そんな意志が、彼らから伝わってくる。
私は唇を噛みしめた。
「やめて・・・!彼女は、ここに閉じ込められるような人じゃない!」
彼らは答えなかった。代わりに、音もなく前に出る。
圧迫感が強まる。空気が凍る。時間がねじれる。
(・・・来る)
私は構えた。
炎が、掌に灯る。
けれど、それはいつもの魔力とは違う。
もっと深く。もっと古く。もっと熱くて、もっと哀しい炎──
それは、魂の奥に宿る“深紅の火”。
フィアから継いだ、願いと怒りの記憶。
「私は、私の意志でここに来た・・・!」
影たちが、足を止める。
私の掌の炎が、ほんの少しだけ、彼らの輪郭を崩した。
(効いてる・・・!)
私は続けた。
「彼女の存在を、私の炎で灯し直す。たとえ世界が忘れても──私が覚えてる!」
その言葉と共に、炎が爆ぜた。
白く、赤く、金色に──まるで私の記憶そのものが、火となって形を成していく。
影たちは静かに、だが確かにその炎に反応した。
まるで、“それでは困る”とでも言うように。
「消させない・・・!」
私は前に出た。震える足に力を込めて。
この手で、彼女を取り戻すために。
(私にとって、彼女は“いた”人なの。世界がどう言おうと、それだけは変わらない!)
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“沈黙の檻”が揺れた。
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