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写し身は集い
36 精霊の囁き
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箚士は己の精霊と同化し、その力を操る。正確には精霊が力を揮う際、補助と弁の役割を担う。安全弁たる箚士の強度が上がり、精霊との相互理解が深まれば、自ずと引き出せる力の上限も高まるのだ。
箚士が到達する技量の最高峰は、降臨。精霊がその力を遺憾なく発揮し、更に向上させこの世に顕現する方法。その為に箚士が精霊の依り代として、最適化された状態になることを指す。
「……ここまでは分かるな?」
「うん」
白磁の棟の一室で、僕らは床に座している。一人立つ光斗玽の講義は、かつての復習から始まり、本題に入った所。
「では人間が精霊を理解するとは、どういうことか? 彼らの理を知り、添うことだと言えよう」
「具体的には?」
「これまでは箚士として、人間の言葉や考えを精霊に届けることをして来たな。彼らは優しい、届いた言葉をどうあれ無視しない。ならばこちらも耳を傾けねばな」
受け入れろ、精霊の価値観を。死生観を。愛憎を。何に根差し、基き、線引きするのかを。
「言い負かすでも正そうとするのでもない、ただ耳を澄ませ。心を傾けろ。彼らは何者であろうとしているかを学べ。それを己が一部とせよ」
「教本にはそんな風に書いていなかった。大いなる力に飲み込まれぬよう、己を強く持て。流されては自我を失う恐れがある、とあった筈だ」
「見習いの安全を第一にすれば、そう書くのが正しいさ。精霊は精霊として存在する時点で、人間より遥かに強大だ」
魂を重ねれば、人間が己を保つのは困難だ。それは仕方ない。だが、と掌を叩き光斗玽は言う。
「精霊は人間の勝てる相手ではない。しかし勝ち負けを競ってもいない。命を預けて共に行く相棒に寄り添う。それだけの話だ!」
「……あんたはそうやって降臨を習得したと?」
「出来るくらい絆が深ければ、降臨も難しくない。だが言う程容易くもないぞ。家族とですら、理解や信頼を築けぬ者もいるように」
まるで異なる道理や価値観を受け入れるとは、案外難しいのだと。人にはどうしても許容出来ない思想や線引きがある。そこが歪み、或いは染められる時、自分の精神を侵害されるに等しい。
乗り越えられない拒絶反応が生まれることすらあると、そう言われれば少し考えるけどさ。でも僕らにとって自分の精霊は、既に魂の一部だから。やってみないと分からないよ。
「うーん、つまり精霊と話してくればいいんでしょ? 早くやろうよ」
「その通りだ。そして知るがいい。これまで自分達がどれだけ精霊に許され、尊重され、愛されていたかを!」
励ましなのか肩を叩かれるけど、普通に痛いから後でやり返そうと思う。力加減おかしいよこいつ。
「さあ、呼びかけてみろ」
にんまりと子供みたいな笑みを横目に、僕らはかつての先生の言葉に従った。
「……」
──大成、いるよね?
問えばキィと高い声がした。大成は傍にいる。そのまま同化に至るも、霊符なしに明瞭な言葉を伝えるのは困難。ぼんやりと心象を伝え合う。
──僕は大成を知りたい。どうしたらいい?
「キキッ」
耳元で笑う鳴き声がして、意識が変わる。水の中に潜ったみたいな感覚だ。大成が主導していると分かる。精霊から箚士に干渉するって、実は凄く簡単なんだよな。
関節の可動域を無視して動作を強制することすら、精霊達には造作もない。でも決して人間を支配しようとはしない。出来るけどやらないんだ、彼らが共存を選んだから。
精霊の第一義は──……人間と共にあること。人間の都合だけを、世界に反映させない為に。
──これ大成の記憶? 気持ち? 伝わってるよ。
「キッキ!」
大自然の顕現たる精霊達は、人間が無力だと知っている。同時に、自然を壊して精霊達を死に至らしめ得る、厄介な生き物であることも。
だから精霊は人間を加護で紐付けするし、一人にしないんだ。自然が自己主張せず放置すれば、魍魎より質の悪い害悪になると理解しているから。
精霊が与える加護とは、人間の内に精霊が宿る為の器。そして首縄だ。もしいつかの時代に人間が精霊を脅かせば、戒めに用いる為の。
──ねえ大成、ここまで教えちゃって大丈夫? これ精霊側の切り札として、人間に伏せとく方が良いと思う。
「カッ!」
──僕だから教えるの? じゃあ覚えとくね。
ぼんやりした何かを鮮明に汲み取ろうとする。これが理解ならば、精霊は人間を警戒してる。けど愛してもいると分かる。
弱さや無理解から生まれる害悪を確信すると共に、強く在ろうと自らを正す良心も絶えないと信頼してる。矛盾を内包し、共に暮らす隣人。
──成程ね。人間にとっても精霊は、脅威と恩恵の顕現だよ。じゃあ大成は強くなって何がしたい? 人間が悪さしないよう取り締まるとか? 多分違うだろうけど。
「ウキキッ」
──ああそっか。人間がこんな風になりたいって憧れるような、格好いい存在になるんだね。そうだね、こうなりたいって目標があれば、余所見も悪さもしてる暇はないね。頭良い。
猿の精霊は弱いって他人は言うけど、それは絶対の理なんかじゃない。僕だって証明してやる、大成は凄い精霊だって。強く生まれて来ることが唯一の正解だなんて、そんな筈ない。
共に強く在ろうとする途上、他人より遠回りの道だとしても、僕らは二人で成長してく。僕らの目指す強さを、ずっと二人で叶えて行こう。
「キィ」
──俺の背中に付いて来いと。僕は好きだよそういうの!
***
大成の話は言語化し辛い部分も多くて、僕も全部は分からないや。でも伝わるものの方が多かった。なんとなくこうかなって。
僕と大成は別々だから、完全に同じ考え方になることはほぼない。でも、そうだねって同調出来る価値観もあって。互いのそれに反する事態を前にした時、力になりたいと思うのは、僕らきっと同じだよ。
「あ……」
精霊本来の、見上げるくらい大きな姿。大成の掌が突き出され、何かを預かった気がする。音のような、揺らぎのような、言葉よりも鮮明な意味を。
──これは名前だ……精霊の言葉。
僕が人間の言葉で付けたのとは別、精霊たる大成を冠する理。存在の定義を預けられた。この世に示すべき神威の片鱗に触れる。今なら届くかもしれない、僕が宿す精霊の本質は──……
「お、首尾良く戻って来たか! 圜!」
箚士が到達する技量の最高峰は、降臨。精霊がその力を遺憾なく発揮し、更に向上させこの世に顕現する方法。その為に箚士が精霊の依り代として、最適化された状態になることを指す。
「……ここまでは分かるな?」
「うん」
白磁の棟の一室で、僕らは床に座している。一人立つ光斗玽の講義は、かつての復習から始まり、本題に入った所。
「では人間が精霊を理解するとは、どういうことか? 彼らの理を知り、添うことだと言えよう」
「具体的には?」
「これまでは箚士として、人間の言葉や考えを精霊に届けることをして来たな。彼らは優しい、届いた言葉をどうあれ無視しない。ならばこちらも耳を傾けねばな」
受け入れろ、精霊の価値観を。死生観を。愛憎を。何に根差し、基き、線引きするのかを。
「言い負かすでも正そうとするのでもない、ただ耳を澄ませ。心を傾けろ。彼らは何者であろうとしているかを学べ。それを己が一部とせよ」
「教本にはそんな風に書いていなかった。大いなる力に飲み込まれぬよう、己を強く持て。流されては自我を失う恐れがある、とあった筈だ」
「見習いの安全を第一にすれば、そう書くのが正しいさ。精霊は精霊として存在する時点で、人間より遥かに強大だ」
魂を重ねれば、人間が己を保つのは困難だ。それは仕方ない。だが、と掌を叩き光斗玽は言う。
「精霊は人間の勝てる相手ではない。しかし勝ち負けを競ってもいない。命を預けて共に行く相棒に寄り添う。それだけの話だ!」
「……あんたはそうやって降臨を習得したと?」
「出来るくらい絆が深ければ、降臨も難しくない。だが言う程容易くもないぞ。家族とですら、理解や信頼を築けぬ者もいるように」
まるで異なる道理や価値観を受け入れるとは、案外難しいのだと。人にはどうしても許容出来ない思想や線引きがある。そこが歪み、或いは染められる時、自分の精神を侵害されるに等しい。
乗り越えられない拒絶反応が生まれることすらあると、そう言われれば少し考えるけどさ。でも僕らにとって自分の精霊は、既に魂の一部だから。やってみないと分からないよ。
「うーん、つまり精霊と話してくればいいんでしょ? 早くやろうよ」
「その通りだ。そして知るがいい。これまで自分達がどれだけ精霊に許され、尊重され、愛されていたかを!」
励ましなのか肩を叩かれるけど、普通に痛いから後でやり返そうと思う。力加減おかしいよこいつ。
「さあ、呼びかけてみろ」
にんまりと子供みたいな笑みを横目に、僕らはかつての先生の言葉に従った。
「……」
──大成、いるよね?
問えばキィと高い声がした。大成は傍にいる。そのまま同化に至るも、霊符なしに明瞭な言葉を伝えるのは困難。ぼんやりと心象を伝え合う。
──僕は大成を知りたい。どうしたらいい?
「キキッ」
耳元で笑う鳴き声がして、意識が変わる。水の中に潜ったみたいな感覚だ。大成が主導していると分かる。精霊から箚士に干渉するって、実は凄く簡単なんだよな。
関節の可動域を無視して動作を強制することすら、精霊達には造作もない。でも決して人間を支配しようとはしない。出来るけどやらないんだ、彼らが共存を選んだから。
精霊の第一義は──……人間と共にあること。人間の都合だけを、世界に反映させない為に。
──これ大成の記憶? 気持ち? 伝わってるよ。
「キッキ!」
大自然の顕現たる精霊達は、人間が無力だと知っている。同時に、自然を壊して精霊達を死に至らしめ得る、厄介な生き物であることも。
だから精霊は人間を加護で紐付けするし、一人にしないんだ。自然が自己主張せず放置すれば、魍魎より質の悪い害悪になると理解しているから。
精霊が与える加護とは、人間の内に精霊が宿る為の器。そして首縄だ。もしいつかの時代に人間が精霊を脅かせば、戒めに用いる為の。
──ねえ大成、ここまで教えちゃって大丈夫? これ精霊側の切り札として、人間に伏せとく方が良いと思う。
「カッ!」
──僕だから教えるの? じゃあ覚えとくね。
ぼんやりした何かを鮮明に汲み取ろうとする。これが理解ならば、精霊は人間を警戒してる。けど愛してもいると分かる。
弱さや無理解から生まれる害悪を確信すると共に、強く在ろうと自らを正す良心も絶えないと信頼してる。矛盾を内包し、共に暮らす隣人。
──成程ね。人間にとっても精霊は、脅威と恩恵の顕現だよ。じゃあ大成は強くなって何がしたい? 人間が悪さしないよう取り締まるとか? 多分違うだろうけど。
「ウキキッ」
──ああそっか。人間がこんな風になりたいって憧れるような、格好いい存在になるんだね。そうだね、こうなりたいって目標があれば、余所見も悪さもしてる暇はないね。頭良い。
猿の精霊は弱いって他人は言うけど、それは絶対の理なんかじゃない。僕だって証明してやる、大成は凄い精霊だって。強く生まれて来ることが唯一の正解だなんて、そんな筈ない。
共に強く在ろうとする途上、他人より遠回りの道だとしても、僕らは二人で成長してく。僕らの目指す強さを、ずっと二人で叶えて行こう。
「キィ」
──俺の背中に付いて来いと。僕は好きだよそういうの!
***
大成の話は言語化し辛い部分も多くて、僕も全部は分からないや。でも伝わるものの方が多かった。なんとなくこうかなって。
僕と大成は別々だから、完全に同じ考え方になることはほぼない。でも、そうだねって同調出来る価値観もあって。互いのそれに反する事態を前にした時、力になりたいと思うのは、僕らきっと同じだよ。
「あ……」
精霊本来の、見上げるくらい大きな姿。大成の掌が突き出され、何かを預かった気がする。音のような、揺らぎのような、言葉よりも鮮明な意味を。
──これは名前だ……精霊の言葉。
僕が人間の言葉で付けたのとは別、精霊たる大成を冠する理。存在の定義を預けられた。この世に示すべき神威の片鱗に触れる。今なら届くかもしれない、僕が宿す精霊の本質は──……
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