幻想東邦霊異聞 ~写し身乙女は春を待つ~

波津井

文字の大きさ
36 / 52
写し身は集い

36 精霊の囁き

しおりを挟む
 箚士は己の精霊と同化し、その力を操る。正確には精霊が力を揮う際、補助と弁の役割を担う。安全弁たる箚士の強度が上がり、精霊との相互理解が深まれば、自ずと引き出せる力の上限も高まるのだ。
 箚士が到達する技量の最高峰は、降臨。精霊がその力を遺憾なく発揮し、更に向上させこの世に顕現する方法。その為に箚士が精霊の依り代として、最適化された状態になることを指す。

「……ここまでは分かるな?」

「うん」

 白磁の棟の一室で、僕らは床に座している。一人立つ光斗玽の講義は、かつての復習から始まり、本題に入った所。

「では人間が精霊を理解するとは、どういうことか? 彼らの理を知り、添うことだと言えよう」

「具体的には?」

「これまでは箚士として、人間の言葉や考えを精霊に届けることをして来たな。彼らは優しい、届いた言葉をどうあれ無視しない。ならばこちらも耳を傾けねばな」

 受け入れろ、精霊の価値観を。死生観を。愛憎を。何に根差し、基き、線引きするのかを。

「言い負かすでも正そうとするのでもない、ただ耳を澄ませ。心を傾けろ。彼らは何者であろうとしているかを学べ。それを己が一部とせよ」

「教本にはそんな風に書いていなかった。大いなる力に飲み込まれぬよう、己を強く持て。流されては自我を失う恐れがある、とあった筈だ」

「見習いの安全を第一にすれば、そう書くのが正しいさ。精霊は精霊として存在する時点で、人間より遥かに強大だ」

 魂を重ねれば、人間が己を保つのは困難だ。それは仕方ない。だが、と掌を叩き光斗玽は言う。

「精霊は人間の勝てる相手ではない。しかし勝ち負けを競ってもいない。命を預けて共に行く相棒に寄り添う。それだけの話だ!」

「……あんたはそうやって降臨を習得したと?」

「出来るくらい絆が深ければ、降臨も難しくない。だが言う程容易くもないぞ。家族とですら、理解や信頼を築けぬ者もいるように」

 まるで異なる道理や価値観を受け入れるとは、案外難しいのだと。人にはどうしても許容出来ない思想や線引きがある。そこが歪み、或いは染められる時、自分の精神を侵害されるに等しい。
 乗り越えられない拒絶反応が生まれることすらあると、そう言われれば少し考えるけどさ。でも僕らにとって自分の精霊は、既に魂の一部だから。やってみないと分からないよ。

「うーん、つまり精霊と話してくればいいんでしょ? 早くやろうよ」

「その通りだ。そして知るがいい。これまで自分達がどれだけ精霊に許され、尊重され、愛されていたかを!」

 励ましなのか肩を叩かれるけど、普通に痛いから後でやり返そうと思う。力加減おかしいよこいつ。

「さあ、呼びかけてみろ」

 にんまりと子供みたいな笑みを横目に、僕らはかつての先生の言葉に従った。

「……」

 ──大成、いるよね?

 問えばキィと高い声がした。大成は傍にいる。そのまま同化に至るも、霊符なしに明瞭な言葉を伝えるのは困難。ぼんやりと心象を伝え合う。

 ──僕は大成を知りたい。どうしたらいい?

「キキッ」

 耳元で笑う鳴き声がして、意識が変わる。水の中に潜ったみたいな感覚だ。大成が主導していると分かる。精霊から箚士に干渉するって、実は凄く簡単なんだよな。
 関節の可動域を無視して動作を強制することすら、精霊達には造作もない。でも決して人間を支配しようとはしない。出来るけどやらないんだ、彼らが共存を選んだから。

 精霊の第一義は──……人間と共にあること。人間の都合だけを、世界に反映させない為に。

 ──これ大成の記憶? 気持ち? 伝わってるよ。

「キッキ!」

 大自然の顕現たる精霊達は、人間が無力だと知っている。同時に、自然を壊して精霊達を死に至らしめ得る、厄介な生き物であることも。
 だから精霊は人間を加護で紐付けするし、一人にしないんだ。自然が自己主張せず放置すれば、魍魎より質の悪い害悪になると理解しているから。
 精霊が与える加護とは、人間の内に精霊が宿る為の器。そして首縄だ。もしいつかの時代に人間が精霊をおびやかせば、戒めに用いる為の。

 ──ねえ大成、ここまで教えちゃって大丈夫? これ精霊側の切り札として、人間に伏せとく方が良いと思う。

「カッ!」

 ──僕だから教えるの? じゃあ覚えとくね。

 ぼんやりした何かを鮮明に汲み取ろうとする。これが理解ならば、精霊は人間を警戒してる。けど愛してもいると分かる。
 弱さや無理解から生まれる害悪を確信すると共に、強く在ろうと自らを正す良心も絶えないと信頼してる。矛盾を内包し、共に暮らす隣人。

 ──成程ね。人間にとっても精霊は、脅威と恩恵の顕現だよ。じゃあ大成は強くなって何がしたい? 人間が悪さしないよう取り締まるとか? 多分違うだろうけど。

「ウキキッ」

 ──ああそっか。人間がこんな風になりたいって憧れるような、格好いい存在になるんだね。そうだね、こうなりたいって目標があれば、余所見も悪さもしてる暇はないね。頭良い。

 猿の精霊は弱いって他人は言うけど、それは絶対の理なんかじゃない。僕だって証明してやる、大成は凄い精霊だって。強く生まれて来ることが唯一の正解だなんて、そんな筈ない。
 共に強く在ろうとする途上、他人より遠回りの道だとしても、僕らは二人で成長してく。僕らの目指す強さを、ずっと二人で叶えて行こう。

「キィ」

 ──俺の背中に付いて来いと。僕は好きだよそういうの!


***

 大成の話は言語化し辛い部分も多くて、僕も全部は分からないや。でも伝わるものの方が多かった。なんとなくこうかなって。
 僕と大成は別々だから、完全に同じ考え方になることはほぼない。でも、そうだねって同調出来る価値観もあって。互いのそれに反する事態を前にした時、力になりたいと思うのは、僕らきっと同じだよ。

「あ……」

 精霊本来の、見上げるくらい大きな姿。大成の掌が突き出され、何かを預かった気がする。音のような、揺らぎのような、言葉よりも鮮明な意味を。

 ──これは名前だ……精霊の言葉。

 僕が人間の言葉で付けたのとは別、精霊たる大成を冠する理。存在の定義を預けられた。この世に示すべき神威の片鱗に触れる。今なら届くかもしれない、僕が宿す精霊の本質は──……

「お、首尾良く戻って来たか! 圜!」


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...