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写し身は集い
37 はぐらかし
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僕は降臨に必要な兆しを掴めたと思う。やや意外にも、玖玲は上手く行かなかったらしい。御弥真の特性である群体、そこが難関になってそうだ。
そもそも特性群体の精霊はそれだけでだいぶ強いというか、分かりやすく便利だから。降臨に至らずとも申し分ないんだけどさ。
「全てが一度で上手く運ぶものでもない、お前はもう十分な実力がある。後は反復だな!」
「分かってる。まだ霊力が回復してないって言っただろ。万全ならどうにかなった」
それは強がりに聞こえるけど、玖玲なら遠からずどうにかするだろうな。百鬼夜行に間に合えば心強い。いやもしかしたら、明日にでも成功させるかもしれない。千羽相手にも平然と我を通せる奴だよ。
「まあ玖玲だしなぁ」
「一晩で霊力が回復するよう、俺の特製万能茶を飲ませてやるぞ!」
「は? 死になよ」
「圜も強行軍で疲れたんだって? 用意してやろう!」
「目の前で味見してくれたら、考えなくもない」
作った本人が不味くて飲めない代物を、赤の他人に出すんじゃない。本当にそういうとこだぞ、ごみ屑。と軽蔑を込め二人で半眼を向けるも、どうせ懲りないんだろ、知ってる。
訓練を終えると空はすっかり真っ暗で、とっくに夕飯時になっていた。ご飯何かなーと食堂に向かえば、既に多くの人で賑わっている。見知った箚士もいるけど、肝心の相手がいない。
「癒々は……?」
食堂には五十鈴ちゃんも癒々もいない。召集された箚士達は席に着いているのに。配膳係に訊ねると、二人は精進潔斎の為、完全に違う料理を出す関係で別室にいるとのこと。どうも柳さんの差配らしく、きょろきょろする僕らの元へ、本人が来てくれた。
「箚士光斗玽、あなたも別室組です」
「いたのか柳。そうだ、二人にも俺の特製万能茶を振る舞ってやりたいんだが」
「それだけは断固阻止しろ、と五十鈴殿に頼まれておりますので」
柳さんは掌を前に突き出し、きっぱり断っていた。頼もしいね。
「僕も行きたい……癒々と食べちゃ駄目?」
食べる物が違うだけなら、と頼んでみたけど、柳さんは少し困った顔をして腰を折る。言い聞かせる素振りに、ああ駄目なんだなと分かってしまった。
「すみません圜くん。食後に案内するので、後程ご歓談下さい。癒々様も五十鈴殿も、きっと喜ばれるでしょう」
「うん……」
柳さんを困らせたくはない。精進潔斎は儀礼だし、三女神の写し身に必要なのかも。そう思ってとぼとぼ席に着いた。
玖玲は少し考えるように柳さんを眺めていたけど、何を話しかけるでもなく僕の隣に腰を下ろす。玖玲が必要と思えば言うだろうから、いっか。
お金も備蓄も気にしなくていい、久し振りの豪華な食卓。出来立ての胡麻団子も美味しいのに、不思議とあんまり心に響かない。
前は食事時が凄く楽しみだったのに。どうしてだか美味しさに感動が伴わなくて、なんとなく溜息ばかりになってしまう。
──癒々がいないんじゃ味気ない。あーあ。
「……ちびすけ、まだ食べるのか?」
「う? 玖玲もしかして癒々達の所に行くの?」
「柳の物言いが引っかかる。なんで癒々が一段丁重に扱われてるんだ。同じ写し身で、功績ある五十鈴よりもだ」
「……確かに」
柳さんは癒々様、五十鈴殿と呼び分けた。柳さんはずっと城で過ごす役人だから、万一にも言葉遣いでしくじったりしない。なら、意図された区別だ。
先にそうと気付き、玖玲は食事中に考えをまとめていたらしい。口の中を洗い流すようにお茶を飲み干すと、周囲の耳目を憚って声をひそめた。
「写し身の役割は明確に負担が異なるのかもな。一人だけ箚士じゃないのは妙にしろ。いや、本来箚士から三人選ばれる筈だったと思えば……」
うっすら嫌な予感がした。精霊が人間の害悪を確信しているように、僕も尺度が違い過ぎる神様の質の悪さを勘繰っている。悪意でもなんでもなく、人間を犠牲にする価値観を邪推してしまう。
犠牲とは単に命の危機だけではなくて、尊厳や心を踏みにじることもだ。生きていれば良いだろうなんて考えは、死んでも構わない程の苦しみを直視しない奴の考え方だ。
癒々は最初から……少なくとも僕が出会った時点で、とうに追い詰められていた人なのに。それこそ、何年も積み重ねられた理不尽の果てに、癒々は心を閉ざしかけていた。それくらい苦しんだ。
この上まだ癒々から何か搾取するつもりか。善良な人間の良心を毟り取って、それに何一つ報いない大勢に恩恵だけばら撒くとでも。腹立たしい。
──せめてこれまでの人生で、神様が癒々を大切にしてくれていれば、こんな風に疑わなかったのに。
「僕、癒々のとこへ行く」
「ああ」
席を立ち小姓の人に連れられ、白磁の棟の最上階へと上がる。本当はもっと上に星見台があるけど、通常立ち入り出来る区域の最上階がここだ。つまり、もてなす人間を他の階層へ出入りさせる気がないんだ。
閉じ込めてもいるし、全てを下の者が差配して、貴人には一歩も苦労さない待遇でもある。それだけの扱いをすべきとは一体。納得しかねる、と光斗玽が言ったことに関わるのかも。
「癒々!」
「圜、玖玲さんも」
中では写し身の三人が揃い、果物を盛った大皿の卓を囲っていた。給仕の人がその場で切って提供してくれるみたい。癒々と五十鈴ちゃんは桃を食べている。
「癒々平気? 意地悪されてない?」
「やだ、大丈夫よ。皆さんとっても親切だもの」
「ならいいや」
癒々は穏やかな顔に見え、ほっとする。僕らも席に着くと、すぐにお茶と小皿が並んだ。種とかヘタ用かな。
「二人もどうぞ」
「じゃあ梨にする」
五十鈴ちゃんのお勧めに従い、お高い初物だろう梨を選ぶ。皮がするすると剥かれて行く様は鮮やか。玖玲は頬杖をつき、それでと癒々に促した。答えたのは五十鈴ちゃんだけど。
「何がどうなってる? 言えないことがあるにしろ、情報もなしに最善手なんて打てるか」
「私達に出来ることは定まっているので、後は人員配備の問題ですね。指揮系統や配置は、近い内に通達があるかと」
「三人はどう動くの?」
「俺達はしばらく本丸を動けないな! 少なくとも箚士でない彼女は留まる!」
光斗玽にはいと返し、癒々は微笑を浮かべる。
「私はお城にいると思う、心配しないで」
「……玉を守るのか?」
思案顔の玖玲に、癒々は曖昧に頷くのみ。説明出来ない部分に抵触するんだろうか、それすら聞くに聞けない。僕は歯痒さを覚えつつ腕組みする。
「癒々は安全なんだよね?」
「それはどうかしら。事が事だもの、安全な場所なんてないと思うの。少なくとも無事とは約束出来ないわ。二人だってそうでしょう? 必ず帰って来てって言ったら、きっと困るでしょう?」
「そっか……そうだね」
否定出来ないからと玖玲は唇を引き結び、五十鈴ちゃんは難しい顔で溜息をついた。誰も命の保証なんてない、箚士も写し身も等しく。
百鬼夜行はそれだけの規模の災害だ、僕も安請け合いは無理だなぁと飲み込む。そんな僕らを眺め、癒々がそっと視線を落とした。その姿が妙に気になる。どうも、上手くやり過ごされた……みたいで。
そもそも特性群体の精霊はそれだけでだいぶ強いというか、分かりやすく便利だから。降臨に至らずとも申し分ないんだけどさ。
「全てが一度で上手く運ぶものでもない、お前はもう十分な実力がある。後は反復だな!」
「分かってる。まだ霊力が回復してないって言っただろ。万全ならどうにかなった」
それは強がりに聞こえるけど、玖玲なら遠からずどうにかするだろうな。百鬼夜行に間に合えば心強い。いやもしかしたら、明日にでも成功させるかもしれない。千羽相手にも平然と我を通せる奴だよ。
「まあ玖玲だしなぁ」
「一晩で霊力が回復するよう、俺の特製万能茶を飲ませてやるぞ!」
「は? 死になよ」
「圜も強行軍で疲れたんだって? 用意してやろう!」
「目の前で味見してくれたら、考えなくもない」
作った本人が不味くて飲めない代物を、赤の他人に出すんじゃない。本当にそういうとこだぞ、ごみ屑。と軽蔑を込め二人で半眼を向けるも、どうせ懲りないんだろ、知ってる。
訓練を終えると空はすっかり真っ暗で、とっくに夕飯時になっていた。ご飯何かなーと食堂に向かえば、既に多くの人で賑わっている。見知った箚士もいるけど、肝心の相手がいない。
「癒々は……?」
食堂には五十鈴ちゃんも癒々もいない。召集された箚士達は席に着いているのに。配膳係に訊ねると、二人は精進潔斎の為、完全に違う料理を出す関係で別室にいるとのこと。どうも柳さんの差配らしく、きょろきょろする僕らの元へ、本人が来てくれた。
「箚士光斗玽、あなたも別室組です」
「いたのか柳。そうだ、二人にも俺の特製万能茶を振る舞ってやりたいんだが」
「それだけは断固阻止しろ、と五十鈴殿に頼まれておりますので」
柳さんは掌を前に突き出し、きっぱり断っていた。頼もしいね。
「僕も行きたい……癒々と食べちゃ駄目?」
食べる物が違うだけなら、と頼んでみたけど、柳さんは少し困った顔をして腰を折る。言い聞かせる素振りに、ああ駄目なんだなと分かってしまった。
「すみません圜くん。食後に案内するので、後程ご歓談下さい。癒々様も五十鈴殿も、きっと喜ばれるでしょう」
「うん……」
柳さんを困らせたくはない。精進潔斎は儀礼だし、三女神の写し身に必要なのかも。そう思ってとぼとぼ席に着いた。
玖玲は少し考えるように柳さんを眺めていたけど、何を話しかけるでもなく僕の隣に腰を下ろす。玖玲が必要と思えば言うだろうから、いっか。
お金も備蓄も気にしなくていい、久し振りの豪華な食卓。出来立ての胡麻団子も美味しいのに、不思議とあんまり心に響かない。
前は食事時が凄く楽しみだったのに。どうしてだか美味しさに感動が伴わなくて、なんとなく溜息ばかりになってしまう。
──癒々がいないんじゃ味気ない。あーあ。
「……ちびすけ、まだ食べるのか?」
「う? 玖玲もしかして癒々達の所に行くの?」
「柳の物言いが引っかかる。なんで癒々が一段丁重に扱われてるんだ。同じ写し身で、功績ある五十鈴よりもだ」
「……確かに」
柳さんは癒々様、五十鈴殿と呼び分けた。柳さんはずっと城で過ごす役人だから、万一にも言葉遣いでしくじったりしない。なら、意図された区別だ。
先にそうと気付き、玖玲は食事中に考えをまとめていたらしい。口の中を洗い流すようにお茶を飲み干すと、周囲の耳目を憚って声をひそめた。
「写し身の役割は明確に負担が異なるのかもな。一人だけ箚士じゃないのは妙にしろ。いや、本来箚士から三人選ばれる筈だったと思えば……」
うっすら嫌な予感がした。精霊が人間の害悪を確信しているように、僕も尺度が違い過ぎる神様の質の悪さを勘繰っている。悪意でもなんでもなく、人間を犠牲にする価値観を邪推してしまう。
犠牲とは単に命の危機だけではなくて、尊厳や心を踏みにじることもだ。生きていれば良いだろうなんて考えは、死んでも構わない程の苦しみを直視しない奴の考え方だ。
癒々は最初から……少なくとも僕が出会った時点で、とうに追い詰められていた人なのに。それこそ、何年も積み重ねられた理不尽の果てに、癒々は心を閉ざしかけていた。それくらい苦しんだ。
この上まだ癒々から何か搾取するつもりか。善良な人間の良心を毟り取って、それに何一つ報いない大勢に恩恵だけばら撒くとでも。腹立たしい。
──せめてこれまでの人生で、神様が癒々を大切にしてくれていれば、こんな風に疑わなかったのに。
「僕、癒々のとこへ行く」
「ああ」
席を立ち小姓の人に連れられ、白磁の棟の最上階へと上がる。本当はもっと上に星見台があるけど、通常立ち入り出来る区域の最上階がここだ。つまり、もてなす人間を他の階層へ出入りさせる気がないんだ。
閉じ込めてもいるし、全てを下の者が差配して、貴人には一歩も苦労さない待遇でもある。それだけの扱いをすべきとは一体。納得しかねる、と光斗玽が言ったことに関わるのかも。
「癒々!」
「圜、玖玲さんも」
中では写し身の三人が揃い、果物を盛った大皿の卓を囲っていた。給仕の人がその場で切って提供してくれるみたい。癒々と五十鈴ちゃんは桃を食べている。
「癒々平気? 意地悪されてない?」
「やだ、大丈夫よ。皆さんとっても親切だもの」
「ならいいや」
癒々は穏やかな顔に見え、ほっとする。僕らも席に着くと、すぐにお茶と小皿が並んだ。種とかヘタ用かな。
「二人もどうぞ」
「じゃあ梨にする」
五十鈴ちゃんのお勧めに従い、お高い初物だろう梨を選ぶ。皮がするすると剥かれて行く様は鮮やか。玖玲は頬杖をつき、それでと癒々に促した。答えたのは五十鈴ちゃんだけど。
「何がどうなってる? 言えないことがあるにしろ、情報もなしに最善手なんて打てるか」
「私達に出来ることは定まっているので、後は人員配備の問題ですね。指揮系統や配置は、近い内に通達があるかと」
「三人はどう動くの?」
「俺達はしばらく本丸を動けないな! 少なくとも箚士でない彼女は留まる!」
光斗玽にはいと返し、癒々は微笑を浮かべる。
「私はお城にいると思う、心配しないで」
「……玉を守るのか?」
思案顔の玖玲に、癒々は曖昧に頷くのみ。説明出来ない部分に抵触するんだろうか、それすら聞くに聞けない。僕は歯痒さを覚えつつ腕組みする。
「癒々は安全なんだよね?」
「それはどうかしら。事が事だもの、安全な場所なんてないと思うの。少なくとも無事とは約束出来ないわ。二人だってそうでしょう? 必ず帰って来てって言ったら、きっと困るでしょう?」
「そっか……そうだね」
否定出来ないからと玖玲は唇を引き結び、五十鈴ちゃんは難しい顔で溜息をついた。誰も命の保証なんてない、箚士も写し身も等しく。
百鬼夜行はそれだけの規模の災害だ、僕も安請け合いは無理だなぁと飲み込む。そんな僕らを眺め、癒々がそっと視線を落とした。その姿が妙に気になる。どうも、上手くやり過ごされた……みたいで。
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