奇をもって貴しとなす日替部

山野 凌

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咲かせましょう

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「けーじを見込んで頼みがあるの」

 二人きりの部室で、突然瀬奈が言った。

「お、おう。任せろ。何だ?」

 思わず声が弾む。女の子に見込まれるのは、男として悪くない気分だ。

「これよ」

 瀬奈は部室の床に敷かれたブルーシートを指差す。

「……え?」

 水面のような青い四角の上には、そこそこ大がかりな木材と大工道具。

「……またトロンボーン付きのこぎりとかじゃないだろうな」

 微妙に嫌な記憶が、啓示の脳裏をよぎった。このお、ちょんちょん。いてっ。

「まさか。あれはもう時代遅れだもの」

 瀬奈はあっさりと言い切る。

「それに、私は過去を振り返らない。ただ、今を生きるの。そして、今この瞬間に必要なのは、とにかくけーじにこれを組み立ててもらうこと。それだけ」

 大仰に両腕を広げると、ちょっと演劇風味で語った。

「何なんだよ、一体……」

 ぼやきつつも、啓示は上履きを脱いでブルーシートに立つ。一度任せろと言ってしまった手前、やらないわけにもいかない。

「パーツに番号シールが貼ってあるでしょ。その順に組んでね」
「はいよぉ。えーと……」

 瀬奈の指示に従いながら、軽い調子で作業を進める。

「っ……と……」

 初めはちょっとした工作気分だったが、だんだん没頭して時間を忘れた。

「……ぃよし、できた」

 無事に完成させると、額に流れる汗を指で拭う。我ながら迅速かつ正確な仕事であった。今日はちょっとだけ自分で自分を誉めてやりたい。

「で、一体何を……」

 後ろに下がって、仕上げた作品の全貌を把握にかかる。

「……む、むむむ?」

 晴れやかだった心に、もわーんと黒雲が立ち込めてきた。

「……あのな、瀬奈」
「何よ、けーじ」
「これは……何かね?」
「何かねって、見ての通り搾木よ。かなり簡易型ではあるけれど」
「し、しめき?」
「そう。このギザギザの上に人を正座させて上から思いっきり挟み潰すの。その昔土佐藩が使った拷問具で、かの有名な人斬り以蔵もお世話になったとか。あ、でも武市瑞山は郷士の中でも格上の存在であったため拷問はされず牢の中で――」
「い、いや、待て! 待て待て!」

 嬉々として語る瀬奈を、啓示は柔道の審判よろしく止めた。

「……搾木、といったな」
「そう、搾木」
「…………なぜ、そんなものを作る?」
「思いついたから」
「………………なぜ、そんなことを思いつく?」
「それが私のセンスってやつね、きっと」
「ぬおおおおおおう……」

 思わず、犬の遠吠え。

 トロンボーン付きのこぎりの次は搾木がマイトレンドでーすって、どんだけ尖りまくってんだ、この女のセンスは。

「まあ、そんなことはいいからさ」

 トンガリ娘はさっさと話を進める。

「ほら、そこに座ってよ、けーじ」
「……はい?」

 目が黒ごまみたいにちっちゃな点になった。俺は今、何かとんでもないことを、言われたような、気が、します。

「あんだって?」

 聞き返してみる。なぜか、ばーさん口調。

「だから、今からけーじを拷問するからそこに座ってって言ってるの」
「ほ、ほぅわーい!」

 今度はインチキ英語だ。

「なぜ俺が土佐藩の拷問具とやらで責められる必要がある?」

 一応、確認。

「だってけーじ、土佐勤王党っぽいじゃない」
「と、土佐勤王党っぽいぃ!?」

 人間の分類法として、それはあまりに斬新すぎる。そして、雑すぎる。

「いや、俺のどこに土佐勤王党っぽさが!?」
「ん~……虐げられてるところ?」
「そう思ってるんなら虐げるのをやめなさいよ! 今すぐ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。土佐勤王党、素敵よ。略せばトサキン。何か愉快な時間を過ごせそうな気分になってくるじゃない」

 怒る啓示をなだめるように、瀬奈はぽんぽんと肩を叩いた。

「というわけで……さ、いってみましょうか」

 道具箱から滑り止め付きの軍手を取り出し、両手にはめる。

「絞める気か! グリップを効かせてぎゅっと絞める気満々なのか!」
「まあまあ」
「いや、まあまあじゃなくて!」
「まあまあ、まあまあ」
「うぉおーい!」

 不毛なやり取りをしているうちに、啓示はずるずると所定の位置に導かれ、なし崩し的に身体を固定されてしまった。

「……あ、あれえ?」

 顔面を引きつらせながら、瀬奈を見つめる。なぜ、どうして、こんなことに。

「うふふっ」

 返ってきたのは何のよどみもない、まっさらな笑顔だった。なまじ魅力的なのが余計かんに障る。最悪だ、最悪だよ、この女。

「さて、と」

 瀬奈は取っ手をつかんで、準備完了。

「い、いや待て! 待て待て待て待て!」

 一方啓示は、他の語彙を全て忘れたようにわめきたてるばかりだ。

「じゃ、いくわよー。せー、の」
「……!」

 激痛を覚悟して、ぎゅっと目をつぶる。


 ぽん!


 いきなり、変な音がした。

「……?」

 そっと、まぶたを上げる。痛みは……ない。

「……え?」

 殺風景な搾木が、いつの間にか色鮮やかな桜で埋まっていた。自分の周りだけ、いきなりお花見モードに突入した感じだ。

「え、えぇえ……?」

 啓示は目をしばたかせた。何だ、これは。一体何の意味があるんだ。

「……あ」

 ふと、気がつく。

 これって、もしかして――。

「搾木に花を……咲かせましょう?」
「ふふっ」

 思わせぶりに、瀬奈は笑った。
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