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第3節 女子高生(おっさん)の日常といともたやすく行われるアオハル

88.女子高生(おっさん)とひまりと駄菓子屋④~いともたやすく見える景色

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〈放課後〉

 ヒマリと共に、夕暮れ色に染まる畦道(あぜみち)を歩く。
 時刻は既に17時──もう直に雨の季節を挟んで夏が来るからか辺りはまだ明るい。しかし、対称的にヒマリの表情には影が射している……その理由を、ヒマリは自ら吐露した。

「……あ……ごめんねーアシュナちゃん……何回も付き合ってもらって~……無理……してないかな……?」
「全然してないよ? どうして?」
「え~っと……アシュナちゃんはあんまりお菓子とか好きじゃないから無理して付き合ってくれてるのかなって……ごめんね? わたしが勝手にそう思っただけだからー……」

 どうやら俺のことを心配していたようだった。その優しさに応え、大丈夫だよと伝えるためにポンとヒマリの頭に手を乗せて撫でる。
 (ヤバい、セクハラだ!)とすぐに気付き、慌てて手を離したが……ヒマリの表情は紅く染められていた──果たしてそれは夕焼け色を反映しただけなのかそうじゃないのか。

「……わたしね、どんくさいから小学生の頃はお友達がいなかったんだー……だからよく一人であのお店に行ってた。その頃からおじいちゃんとおばあちゃんはわたしと一緒に遊んでくれてて……ずっと楽しかった。二人がいなかったら……きっとわたしはいつまでも一人のままだった。二人がずっと一緒にいてくれたから……わたしは少しずつ変わろうと思えて……お友達もできるようになったの」

 落ちていく夕日を背景にして、ヒマリは突然話し始める。

「だから今度はわたしが御返しする番だ、ってお友達をいっぱい連れていった。二人はとっても喜んでくれたよ。けど……何回か行くとそのお友達たちはもう行かなくなっちゃって……えへへ、中学生くらいだったからお菓子よりお洋服やお化粧品の方が良かったみたい。それからわたしはまた一人で行くようになって……だから、高校のお友達で一緒に行ったのはアシュナちゃんが初めてなんだよー?」

 ヒマリは寂しげな表情を隠すように、俺に微笑みかける。意外なことに、ヒナヒナやヒメを誘った事はなかったようだ。たぶん、『いずれまた離れていく』ことを怖(おそ)れたのだろう。

「その頃からお店に来てた小さな子たちも段々来なくなっちゃって……二人もどんどん元気がなくなって……わたしでもわかるくらいに無理して振る舞ってた……もう歳だからって誤魔化してたけどっ……どんどん背中も曲がっていって──」

 刹那──それとも永遠か。
 そのくらい不確かな時間、時は止まり、ヒマリの言葉は途切れる。
 再び動き出した瞬間には、ヒマリの大きな瞳から涙が零れ落ちていた。そして、可愛い顔をくしゃくしゃにしながら抑えていた感情を吐き出した。

「……わたっ……わたしっ……ふだりにもらっでばっかりでなにもかえぜでなぐって…………もぅダメなのがなぁっ……? わたじじゃとりもどぜないのかなぁっ……」

 その言葉が何を指しているのか、おばあちゃんから事前に聞いていなければ理解できなかったかもしれない。   
 ヒマリもきっと、失われつつあった【あの景色】を取り戻そうとしていたのだ。もしかしたら……それができる最後の希望として俺(アシュナ)を導いたのかもしれない。

 沈んでいく夕日、それはあらゆるものに影を射し、終わりを告げるように辺り一面に拡がり、やがて夜を始める。

 けど、まだ決して終わってはいない。
 ノスタルジックが似合う、夕焼けが似合うその光景は──こんなにも、いとも簡単に創り出せるんだから。

「大丈夫だよ、ヒマリ。ほら──」
「────え?」

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〈駄菓子屋〉

「くっそー!! じいちゃんもっかい勝負だ!」
「ほっほっほっ、何度やろうが【独楽回しのタツゾウ】の異名を持つワシには勝てんわい!」
「ほらほら……みんなもう帰る時間じゃないのかい」
「えー!! もーちょっと遊ぶー!」

 そこには、夕暮れに染まった昭和の光景が確かに広がっていた。
 レトロなおもちゃで遊ぶ男の子たち、お菓子に夢中な女の子たち、年甲斐もなくはしゃぐおじいちゃん、それらをカウンターから優しく見守るおばあちゃん。
 十数人もの笑顔満天の子供たちが、ところ狭しと、帰る時間を惜しむように遊ぶ──まるで、またもタイムリープしてしまったのかと錯覚させる風景が、そこには存在していた。

「えっ、なんでっ? どうしてっ……!?」
「きっとヒマリの想いが届いたんだよ、行ってきなよヒマリ。私はこれで……」
「あーっ! 女神のお姉さんだーっ! 見てみてメンコ遊びこんな上手くなったんだよー!!」
「あ……待っとくれあひゅなちゃんっ……! 子供たちから聞いたよ……あひゅなちゃんが呼び掛けてくれたんだろう……?」

 何も知らないふりをして、カッコつけて夕陽をバックに立ち去ろうとしたら即効でおっさんの仕業だとバレてしまった。子供たちの口に戸は立てられないらしい。

「ありがとう……ありがとうね、あひゅなちゃん……」

 おばあちゃんは腰を曲げて、泣きながら俺の両手を握った。

「私だけの力じゃないです、ヒマリがここに連れてきてくれたから……繋げてくれたから。だから……お礼ならヒマリに」
「あぁ……ありがとうね、ひまりちゃん……本当は友達ともっと遊びたかっただろうに……いつもいつも来てくれて……今日までやってこれたのはひまりちゃんのおかげなんだよ……本当に……ありがとうねっ……」
「……ひぐっ………ぅっ……ぅぇぇぇぇんっ……おばあちゃ~んっ……!!」

 二人は抱き合い、呆然とする子供たちなど気にせずにいつまでも泣いていた。
 野暮な野次はいるまい、と俺はもう帰宅時間でもあろう子供たちを帰るように促した。
 ついこの間まで無かったバス停にバスが来て、子供たちを連れて夕陽の沈む先へと消えていく。
 人里離れたこの場所までバスが来るように方々に掛け合って繋いでくれた影の立役者達……そのおかげで子供たちもここまで容易に来れるようになったのだ。
 めらぎとテンマ、それに動いてくれた名も知らぬ人達に感謝した。まずは二人にはたっぷり恩返ししなきゃ。

 みんなで繋げば、簡単に景色は創れる。
 もう大丈夫、今度は子供たちが、この景色を繋いでいく──

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〈ヒマリの家〉

 ──その後、駄菓子を堪能してたら暗くなってしまったのでヒマリを家まで送りに来た。
 帰り道……何故かヒマリは上の空で会話は全て空返事だった。なにかしてしまったのだろうか、やはり、頭ポンはセクハラだっただろうかと冷や汗をかく。
 ヒマリの家に着くと、耳を真っ赤にして、上目遣いで瞳を潤ませたヒマリがようやくその可憐な唇を開いた。

「………………ずるいよ……アシュナちゃん……」
「……え?」
「一人でどんな事でも簡単にやっちゃって……カッコよすぎだよ……こんなの……絶対好きになっちゃうに決まってるよ………………」

 そこまで言って、深呼吸したのち──一拍置いて、決意したようにヒマリは再度、言葉を紡(つむ)いだ。

「今日、おうち誰もいないんだ……アシュナちゃん…………泊まっていって……?」

 金曜日、明日は休み。
 ボーナスステージに突入。

 第3節【女子高生(おっさん)の日常といともたやすく行われるアオハル】〈完〉


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