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第5節 女子高生(おっさん)の日常と、いとも愛しい夏休み

182.女子高生(おっさん)とコミケ④

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〈救護室〉

「──ほんと、ごめんなさい……水分も塩分補給もきちんとしていたつもりだったんだけど……」

 会場内、仮説の救護室。
 企業レイヤー【きなこ】ちゃんは、どうやらそれほどの大事には至らなかったようで医療スタッフの処置により喋れるくらいに快復していた。本当に良かった。

 マネージャーや偉そうな人達に囲まれるきなこちゃんの顔色はまだ全快とは言えないが、それでも目を見張るほどの可愛さで──本当に二次元キャラそっくりだった。マジで可愛い。

「……もう時間ないから行かないとっ……」
「なに言ってるの! 行かせるわけないでしょう! 熱中症を甘くみないで!」
「でもっ……もう予告しちゃったしっ皆待ってる……それにこの案件はあの『スクックス社』からの依頼だし絶対成功させないと……」
「駄目よっ! 私から謝罪しておくから……残念だけど今回は諦めなさい」

 きなこさんは本当に悔しそうで……どれだけコスプレを愛しているのか、楽しみにしてくれてる人達を想ってくれてるのかよくわかる。こんな時に空気を読まずに『あの、おっぱいよく見せて下さいでへへ』など申し出るなど流石のおっさんにも出来ないので関係者のふりをして空気になりきった。

 すると──そんな彼女と目が合う。
 彼女は俺の姿を視認するや否や、驚きに瞳を見開き、更には嬉しそうでありながら戸惑いや葛藤を孕んだような百面相と言わんばかりの複雑な表情の変化を見せる。さすがコスプレイヤー。

「……マネージャー、じゃあこのコスを……他の人にやってもらうのは?」
「……はい?! 駄目……というか、無理に決まってるでしょ!? みんな貴女を見に来てるのよ!? それに……貴女ほどの知名度と容姿を持ったレイヤーがいるわけないじゃない!」

 察しのいい人は──もう先が読める展開だろう。
 おっさんもである、これがフラグというものか。

「──波澄アシュナちゃん……だよね? 初対面なのに不躾なのはわかってるんだけど──お願い。私の代わりにコスプレして欲しい。貴女なら大丈夫……と、いうか貴女にしかできない」
「きなこ、貴女なに言ってるのっ! 貴女の代わりなんてできるわけっ…………………………………いえ、普通にできるわね………ていうか、絶対いけるわね……………波澄さんっ! マネージャーの私からもお願いするわ! いえ、させてください! お願いします!」

 なんかきなこちゃんもマネージャーも勝手に盛り上がり、こちらの返答を待たずにまくし立てる。
 ぶっちゃけ、フラグ立ちまくりで……そう言われるだろうと予想はしてたので戸惑いはなかったけど。

「編集長………どうすれば……」
「あなた次第よ、あなたが嫌だって言うならアタシから断ってあげるけど………そんな必要もなさそうね」

 困ってる人を助けなきゃ──なんて正義感はネットに毒された瞬間に何処かに捨て去ってしまったけれど……それでもオタク達をコスプレで元気づけてくれるレイヤーさんを見捨てるなんて事はできない。
 それに美少女のコスプレの楽しさは以前(※102話参照)学んだ。

 頼まれたのならば──おっさん、やってやりましょう。

「ありがとうっ……専属メイクアップアーティスト達と一緒にすぐに更衣室に向かって頂戴! 諸々の説明はこちらで全てお膳立てしておくからっ……きなこはアシュナさんにキャラクターの設定資料を渡して概要の説明をして! 他の人は私と一緒に視察に来る先方や支援者への説明に来て頂戴!」
「アタシも手伝うわよ、うちの大切なアシュナを使うんだからただの代役じゃ済まさないわ。言っておくけど貴女のファン全て掻(か)っ攫(さら)うつもりだからそのつもりでいてね」
「……勿論、プロとしてその覚悟でいます」
「アシュナ殿、我々も手伝いますぞ! ユウタ殿と拙者は広場へ行ってカメコ達に事情を説明してくるでござる!」
「アシュナちゃん、必要な物があれば僕達に言って!買ってくるから! タケル君っ、SNSとネットも使って掲示板とかにも布告しておこうよっ!」

 各々が、きなこちゃんとおっさんの為に慌ただしく動き始めた。皆が協力し合い、自分にできる事をやろうとするその光景は──おっさんの胸を少し熱くさせた。
 そんな中で唯一人──傍観者だった女の子がポツリと呟く。

──『……ケンちゃん、イオリちゃん、タケル君、ユウタ君……みんな……こんな事するタイプには見えなかったのに……誰かのために、人のために変わったんだ……私も──変わらなきゃ……』
「………?」
「アシュナさん、こっち! 急いで!」

 阿修凪ちゃんが独白のように放った一言は、慌ただしい喧騒に掻き消されてしまい……それがどんな意味を持つものだったか計り知れないが、とにかく、俺は着替えてるために更衣室へと入った。

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「──アシュナちゃん、それでこのキャラクターなんだけど……」
「大丈夫です、。きなこさんは休んでてください、まだ顔色が全快じゃなさそうですよ」
「……え? そ……そんなわけないじゃない……これはつい先日発売されたばかりのゲームのキャラクターなのよ?」
「──えぇ、
「アシュナさんっ! もう先方を待たせられないっ!いけるっ!?」
「いつでも。じゃあ、行ってきます」

 そして──コスプレしたおっさんは熱気の渦の真ん中へと足を踏み出した。





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