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第一章 箱使いの悪魔
#012.■ギルドに入ろう⑥『ラインとイルナ』
しおりを挟む「………ん、もう朝か……」
カーテンの隙間から射し込む日の光が瞼(まぶた)を照らし、ソウルは目を覚ました。小綺麗にされた寝部屋はまだ薄暗く鳥の囀(さえず)りが微かに聞こえている。
「やぁ、おはよう。ふふ、どうだったかな? 三人もの美女と褥(しとね)を共にした感想は」
「……寝起きから人聞きの悪い事を言うな。寝床が一緒だっただけだろう」
「単なる冗句さ、マインとルルリラはともかく……私に美女という言葉が当て嵌まるとは思っていない」
「……いや、そういう事じゃなくて……」
ベッドの隣で椅子に座り、本を読んでいたイルナと覚醒一番に他愛もない会話を交わした。ソウルは目線だけを動かした──傍らにマインとルルリラがひっついて寝ているのが原因だった。
──昨夜、ソウルとマインは魔術師ギルド『エレクトロ・ブレイブ』で一晩を明かしていた。この寝室は頭領であるイルナの私室である。
四人で寝るには多少手狭であるダブルベッドにソウルはマイン、ルルリラ、イルナと寄り添って寝床を共にした。
理由は至極単純明快でこの部屋にしかベッドがなかったからだ──勿論、単に一緒に寝ただけであって色のある展開が巻き起こり等はしていない。
彼は別の場所で寝ようとはしたのだが、女子一同それぞれがそれぞれの主張をしたのでこうなったのである。
・マイン→『ラインさんと一緒でなければ寝れない』
・イルナ→『歓迎のおもてなし精神』
・ルルリラ→『一人だけ仲間外れは寂しい』
よくわからない(特にイルナ)がこんな経緯だ。
「随分と朝が早いんだな」
「今日は色々とやる事が多くてね、ギルドの修繕の見積書の作成、町長や領主との会合……なにより君達に色々と聞かなくてはならないからな」
「聞かなくても大体わかってるんだろ? 風魔の力で」
「……ふ、さすがと言うべきか。私が風魔に長けた魔術師である事を見抜いていたとは。だが……誤解を受けないように言っておきたいのだが私の使う風魔法は何もかも全てを見透せる力ではない。ちょっと先の未来を鮮明に予測したり、人の感情の起伏を読むことはできたりするがそれだけさ。過去の記憶や心を読めるわけではない」
イルナは謙虚にそう言ったが、それだけできれば充分だろと思わずにはいられない。
事実、昨日の【斧銀】の酔っぱらい達との大立ち回りでも彼女は全ての攻撃を流れ躱(かわ)して圧倒し、かすり傷一つ負ってはいないのだから。
風の力で大まかの予知予測を立てる事ができる──
あれだけの人数を狭い室内で翻弄(ほんろう)するなんて、もはや魔術師と呼んで良いものだろうか。相当な上位魔術を扱える力がないと不可能な芸当だ、ますます何者なのかわからないと寝起きながらに目まぐるしく思考を巡らせた。
「ふふ、そういう君こそあれだけの剣の腕を備えながら何故場末の魔術師連盟に登録などしようと思ったのか色々と腑(ふ)に落ちないことがありすぎるよ。ここは腹を割って話そうではないか、これから長い付き合いになりそうだからな」
ソウルの心を自然に読んだイルナは端から聞くと独り言のように一人で喋っていた。
「なはは、徹底的に追求しないと気が済まない性格(タチ)みたいだな。だが先日言ったように俺達は身分紋章付与のために寄っただけだ、このギルドに不利益を被(こうむ)らせるつもりはないが全てを説明する義理もない」
「……ふむ、なるほど。では……これから私と共に入浴するというのはどうだろうか? そこに小さいが備え付けの浴室がある、裸の付き合いをすれば良いのであろう」
「…………………は?」
一瞬……一瞬というか熟考してもソウルにはイルナが何を言ったのかよくわからずに唖然とした。
「ふふ、『出逢ったばかりの男にそんな提案をするなど下世話な娼婦のようだ』と思っているのだろう? だが案ずるな、私は私より弱い男にそのような事はしない主義だ。そして私より強い男に出逢った事はない、つまりは生娘というわけだ。だからもし君が望むのであれば」
「ちょっと待て、俺は何も言ってないし思ってない」
イルナは澄ました顔をしながら口早に捲(まく)し立てた──思わずそれを制する。
(こいつ……何考えてるか全く読めないが……もしかしたらマインと同じ天然か? それとも単に面白がってるだけか?)
「とにかく……俺はお前らに素性を打ち明ける気はない。下手に深入りするな」
「ふふ、いいのかな? 私は隣の冒険者ギルドの頭領も兼任している、君の目的の人物も私の持つ情報網で見つかるかもしれない」
イルナは含んだ言い方をして意味深に微笑んだ。
(……こいつ)
「勿論、これは風の魔術でキミの大体の目的を推察したカマかけに過ぎない。が、ライン。キミからは深い怨嗟の念を感じる、それがなんなのかはっきりするまで私はキミにつきまとうと宣言する」
イルナはおどけた様子で言いながらも、それが決して冗談ではないとソウル目線を合わせる。
(……まったく、たまたま寄ったギルドの頭領がこんな面倒な人間だったとはとんだ不運だな──だが……冒険者ギルドも同時に任される人物……これを不運とするか幸運とするかは俺次第か……)
「なはは、わかった。それは追々話してやる、一つだけ言えるのは俺はEXギルド【白銀の羽根】の連中に恨みがある。それだけさ」
「………………何?」
ソウルがそう言うと、イルナは眉をひそめ険しい表情をした。
それが常人の反応だろう、EXギルドに対し恨み節を呟く人間なんて滅多にいないからだ。それは決して世界中の人間がEXギルドを神聖視しているからではなく……『誰かにそれを聞かれるのが恐怖だから』──それほどまでに最高ランクのギルド連中は畏怖の対象とされているのだ。
(イルナにとっても同じだったか、これでこれ以上しつこく聞かれる事はないだろう)
EXギルドとの因縁や確執など、通常……ギルドならば絶対に避けなければならない事なのだ。縄張り争いや不正な引き抜きが問題化してきている群雄割拠の連盟問題──関わりすら忌避しなければならないEXギルドへの恨みを持つ人間を抱えるなんてギルドマスターにとっては不安の種にしかならない、そんな理由を抱えているだけで強制除名されるかもしれない問題だ。
「安心しろ、今はまだ表面化させないでおいてやる。先に地盤を築くことの方が重要だからな。このギルドにいるうちは手は出さないし抱えている仕事(クエスト)もこなしてやるさ。だからそれまではギルドの身分紋章の庇護下にいさせてもらう。もしも評議会や元老達に密告した場合は面倒が起きるだけだからやめておけよ、なはは」
ソウルも、イルナと同じようにおどけた口調で視線を合わせた。
(こいつに嘘は通じないだろう、ならせめて当たり障りのない程度に真実を話しておこう。もしも邪魔をするようならその時は──)
──だが、イルナはソウルのまったく予期していなかった返答を口にした。
「……ライン、知らないのか?【白銀の羽根】はもう既にEX(国力)ギルドではない。一年前の事件を境に凋落の傾向にある、今や武力だけでいえば十指にも登らない零落(れいらく)したギルドと化している」
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