ご主人様の意のままに(冒頭試し読み)

まゆり

文字の大きさ
1 / 5

1-(1)

しおりを挟む
 美結みゆは、キングサイズのベッドに身体を投げだしたまま、高層ビル街の夜景を見つめていた。
 潤也じゅんやとふたりで宿泊するはずだったシティホテルの部屋。
 思い切り泣きたかったけれど、涙は出なかった。
 すでに、やりすぎている自覚はあった。
 シックなロイヤルブルーのカーペットにはシャンパンの泡に塗れたふたつのフルートグラスと、無数のカラトリーと純白のテーブルクロス、そして、美結が潤也のために買ったスイス製の高級腕時計の箱が散乱していた。走り去る潤也を追うことはできなかった。完全に終わりだと思った。
 潤也の誕生日をサプライズで祝うために予約したホテルの最上階にあるレストランでのことだ。
 そこには、美結が在籍しているSMクラブであるFemme Fataleファムファタールのお客と一緒に来たことがあった。奥まったVIP席に通され、テーブルの下でご奉仕するように指示され、羞恥で頭がおかしくなりそうだったけれど、指示通りにフェラをして粘つく精液を飲み下し、多額のチップを受け取った。だから、潤也にも同じことをしてあげたら喜ぶだろうと思ったのだ。

 腕時計の箱を拾い上げ、駆けつけて来たウェイターに多めのチップを渡し、会計はルームチャージにしておくように告げ、逃げるようにエレベーターに乗った。
 潤也が美結を捨てようとしていることは、ずっと前から気づいていた。それでも潤也を手放したくなかった。何が足りないのか必死で考えた。もう手の施しようがないほど気持ちが離れてしまっているのか、それとも美結の努力が足りなかったのか。
 おそらく正解は前者で、でも美結は今まで何度も繰り返してきた間違いを、何の躊躇もなく犯した。
 美結は起き上がり、壁面の鏡を見た。深紅のベアショルダーのワンピースに完璧な化粧を施した自分の姿が映し出されている。目許と鼻をほんの少しお直ししただけで、女らしく華やかな雰囲気になった。きついばかりで優しさや可愛らしさが感じられない自分の顔が好きではなかったからだ。同時によく見ないとわからない程度の頬の弛みと目元の皺も消し、若さも取り戻した。若い頃からそう変わっていないと思っていても、美結は三十一歳で、潤也より五歳も年上なのだ。整形には、独身の頃からの貯金を充てた。
 潤也のことを、ご主人様と呼んだことはなかったけれど、潤也はSでドミナントだった。
潤也は、派遣として働き始めた職場の正社員で、不倫も婚外恋愛も望んでいなかった美結を執拗なまでの熱心さで口説いてきたので、つい絆されて、つき合い始めた。
 直情的な性格には裏がなく、激しく情熱的なセックスに溺れ、美結は潤也に夢中になっていった。
 それから潤也の望む主従関係と、嗜虐的な性癖を受け入れるように仕向けられた。だから、潤也の奴隷として、潤也の望むことはすべてを受け入れた。たとえそれが潤也以外の男に寝取られるプレイであっても。
 潤也を喜ばせたかっただけなのに、ハプニングバーで指示に従って初対面の男に寝取られた美結に、潤也は引いてしまったようだった。勝手だなとは思ったけど、つき合い始めた頃のような関係に戻りたくて、少し距離を置くことにした。
 それから、計画を立てた。潤也を取り戻すためにはどうしたらいいのか、必死で考えた。服従の証を、もっと目に見える形で示さなければと思った。潤也が欲しがっていた高級腕時計をプレゼントすることを思いついた。潤也が好きでよく聴いているラッパーが愛用しているものだ。もっとも、そのラッパーが身につけているのはダイヤモンドを散りばめた特注品だったけれど。
 時計だけではなく、潤也に贅沢をさせてあげようと思った。そういう貢ぎ奴隷と呼ばれる女性を何人も飼っているご主人様も存在するらしいことは、ネットにいくらでも転がっているブログの記事から知った。
 仕事を辞め、整形手術をし、ダウンタイムが終わってすぐに、目星をつけておいたFemme FataleファムファタールというSMクラブの面接を受け、採用された。会員制で三時間十五万が最低料金の出張型の店だった。
 美結を他の男に寝取らせるくらいだから、潤也は喜んでくれると思った。潤也は堅実なよい家庭で育ったらしく、身につけているものは、それなりに質の良いものばかりで、だからといって無駄なお金を使うタイプではなかったので、贅沢をさせてあげたいと思ったのだ。
 夫の秀一しゅういちは、美結がどこで何をしているかになんてまったく興味を持っていないけれど、派遣の仕事は職場に馴染めなかったので辞め、ラウンジでピアノを弾く仕事を見つけたと言っておいた。秀一が、日付が変わる前に家に帰って来ることはほとんどないし、帰ってこないことも珍しくはない。
 美結の実家は都内にあるので、泊まりになる時は、実家に帰ると嘘をついた。実家には実際に、ちょくちょく帰っているし、秀一と実家の母は折り合いが悪いので、秀一から実家の母に美結の行動について探りを入れられることはない。秀一の最初の浮気疑惑を母に相談したときに、証拠を固めるより前に母が余計な詮索をしたためだった。それに、秀一は美結が整形したことにすら気づいていない。それほどまでに、興味を持たれていないのだ。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

背徳のマスカレイド

紫苑
恋愛
これは大人の社交場、SMの世界を覗いた主人公 美麗の少し変わった恋の物語です。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

背徳のマスカレイド番外編

紫苑
恋愛
背徳のマスカレイドの番外編です。主人公 美麗の目から見た、夜のショービジネスの世界のお話です。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

処理中です...