ご主人様の意のままに(冒頭試し読み)

まゆり

文字の大きさ
2 / 5

1-(2)

しおりを挟む
 今日これからどうするか、考えていなかった。
 潤也とは、完全に終わった。もう戻れないし、美結からは連絡したくない。
 せっかく部屋を取ったのだし、ひとりでホテルライフを楽しもうかとも思ったけれど、そんなことをするのも味気ない。友達を呼んで騒ぐことも考えたけれど、独身時代の友達とは、美結が結婚して以来疎遠になっているし、最近まで派遣で働いていた会社に友達はいなかった。仕事を始めてからしばらくの間は、家事を完璧にこなすために、毎日早く帰っていて、同僚とのつき合いはなかったし、潤也と不倫の関係になってからは、身辺を探られないように距離を置いていた。
 Femme Fataleファムファタールは完全予約制なので、一晩ぽっかり予定が空いてしまっても、お客で埋めることはできない。でも、連絡先を交換したお客は何人かいて、専属の奴隷にならないかなどと言われている。美結はスマホのチャットアプリを開いた。気難しかったり、厳しい感じのお客は除外して、なるべくSでも優しい雰囲気の人がいいと思い、セイジにメッセージを送った。セイジはFemme Fataleファムファタールの広告を請け負っている会社の経営者で、店のことをよく知っている。すらりと背が高く、ものの良さそうなスーツをおしゃれに着崩している遊び慣れた雰囲気の人で、歳は四十そこそこに見える。セイジは美結の最初のお客だった。

――こんばんは、美紅みくです。セイジさん、今夜はどうしてますか?

 美紅というのが、美結の源氏名だ。いきなり会いたいというのもどうかと思い、まずは様子をうかがってみる。

――やあ美紅ちゃん。まだ仕事してるよ。

 セイジは忙しいのだろう。当てが外れてしまったようだ。

――お仕事の邪魔をしてしまってすみません。

――いや、仕事を切り上げるのには口実が必要だから、ちょうどよかった。これから会える?

 美結が水を向けるより先に、誘われてほっとした。
 ホテルに泊まっていることは、いかにも誰かにドタキャンされたっぽいので言わず、最寄り駅の駅名だけを告げ、近くまで来たら連絡をもらうことにした。

――今日は、お道具は持ってないんですけど、いいですか?

――了解。適当に見繕っとく。

 Femme Fataleファムファタールの会員になるための審査は厳しく、会費も安くはなかった。そのためか、店を通さずに客と会うことも半ば黙認されていた。時間通りにきっちり予約通りのプレイをしなくても、また、催促しなくても相応の対価は支払われるのが常だった。サービスに含まれていないペニスの挿入を伴うセックスを望む客も多いけれど、そのためのチップを渋るお客はひとりもいなかった。
 
 今夜の予定が決まると、美結はほっとしてため息をついた。とにかく、最悪の夜をひとりで過ごすことは免れた。
 冷蔵庫からシャンパンのハーフボトルを取り出し、音を立てないように栓を抜いた。フルートグラスはなかったので、ワイングラスに注ぎ、口に含んで味わう。ついさっきレストランで台無しにしたシャンパンよりは格下のものだったけれど、味は悪くなかった。ワインの格や料理との相性は、独身のころから少しづつ習い覚えた。美しく上品に見えるメイクや服のコーディネートや、好感を持たれる会話術や、見ておくべき映画や読んでおくべき本などと同じように、身につけておくべき漠然とした教養のひとつで、つねによりよい自分になるために努力を欠かさないことが、美結の信条だった。
 メールの着信音が鳴ったので、枕元においたスマホを手に取った。

――日曜日に取引先を家に招いたから、準備をよろしく。七人来る。材料費と飲み物代を振り込んでおいた。今日は忙しいから帰れない。

 夫の秀一からのメッセージだった。
 やはり、美結がどこで何をしているかには、まったく興味を持っていないようだった。
 派遣の仕事を辞めてから、手を抜きがちだった家事も再び完璧にできるようになったので、タワーマンションの高層階に位置する家の中はそれなりに片付いているし、メニューを考えて買い出しに行く時間的な余裕もある。
 美結はシャンパンのグラスを一気に空け、わかりました、と短い返信をした。早くセイジにいじめられたいと思い、もう一度鏡に映った自分の姿を見つめた。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

背徳のマスカレイド

紫苑
恋愛
これは大人の社交場、SMの世界を覗いた主人公 美麗の少し変わった恋の物語です。

背徳のマスカレイド番外編

紫苑
恋愛
背徳のマスカレイドの番外編です。主人公 美麗の目から見た、夜のショービジネスの世界のお話です。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...