国助く禍津剣

dada

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 アキラの眼前にはウィルが微笑みながら立っていた。その手にはいつの間にか氷漬けのメフィストの心臓が握られており、それを彼は一息に飲み込んだ。
 「・・・うわぁ、あんなのよく喉を通るよね。」
 それを遠目に見ていたソフィーが気味悪そうな目で言った。確かに氷を纏った心臓は中々の大きさがある。それを飲み込むウィルの姿は人間というよりも化け物に見えた。
 「・・・ふう、これでじきにこの身体も我と完全に馴染むだろう。」
 心臓を飲み込んだウィルは、容姿が少し変わっていた。白銀の髪は黄金になり、その肌の色は血の気が失せたように蒼白になっている。そして彼の瞳は爛々と燃えるような深紅に変わり、彼の整いすぎていた顔はよりいっそうの妖しい雰囲気を漂わせていた。その瞳が怒りや憎悪でまた紅くどす黒く燃えだす。
 「先刻はよくもやってくれたものだ。・・・認めよう、先の術比べはそなたの勝ちである。」
 勝者を讃えるのではなく、忌々しげに、メフィストと化したウィルは言った。それを言われたエレインは冷めた瞳でメフィストを視ていた。
 「じゃあ潔く、そのままくたばるのがスジじゃないの?」
 エレインにそう言われ、メフィストはけらけらと嗤った。
 「はっはっはっは!それとこれとは別の話である。我は悠久を生きる存在、神に最も近い者。その我がいち術士に敗北したままなどというのは、あってはならないことなのだ。・・・分かるかね?最後に勝つものが本当の勝者なのだよ。」
 「・・・はあ?・・ようは負けたままで終われないから、このままそいつの身体を使って復讐を果たしたいと言うことか?」
 アキラがどうでもいいような口調で言った。
 「貴方は我が国の恥をどこまで晒せば気が済むのですか!おとなしくその身体を私達に返して、貴方の魂は消え去りなさい!」
 アキラの横ではアイリスが彼女にしては珍しく、激情をぶつけるように叫んだ。親しい家臣が犠牲になったことに憤っているようだ。
 「ふん、現代のロランの姫か?・・・嘆かわしい、我はロランなどとは比べようもない存在だ。貴様の言などただ不愉快なだけである。」
 メフィストはそう言うと、人差し指をアイリスに向けた。そこから小さな火球が飛んでいく。              彼女は動転していて対処できていなかったのでアキラが剣で受けてやろうかと思ったが、その必要は無かった。
 突如アイリスの眼前に分厚い氷の壁が出現し、その火球を受け止める。一見して小さな種火に見えたそれは、氷壁に当たった途端業火に変わり、塔の高い天井にまで届く火柱を上げた。
 「何なら私が相手してもいいよ?化け物さん?」
 氷の壁を作った張本人のソフィーが、おちょくるようにメフィストに向けて嘲笑した。
 「・・・生意気な小娘達だ。貴様等は全て殺した後保存して、後の研究材料として活用することにしよう。」
 彼女の嘲笑に応えるように不適に嗤いながらメフィストが言い放った 。
 「いや、ソフィーは手を出すな、俺がやる。」
 アキラはそう言ってメフィストに向かって歩いていった。彼の両手には先程から短刀が握られているが、その鋼の刀身がいつの間にか黒く染まっている。
 「・・・何て純粋なオーラ・・」
 別に光が瞬いている訳でもないが、アイリスは眩いものでも視るように手をかざして目を細めた。彼女にはアキラの短刀に絡み付くように流れる漆黒のオーラが見えていた。それは不思議に黒い光を強く放っている。この黒い光は実際には発光しているわけではなく、彼女が感じるその力の強さの現れが強い光のようなものに見えているだけだった。
 その時、そんな彼の前にエレインが躍り出た。
 「アキラ、あんたこそ下がってな。ここは私が」
 エレインはアキラを制止しようと手を彼の前に出したが、彼は逆にその手を払った。
 「さっきはそれで仕留めきれなかった、いい加減俺も終わらせて早く帰りたいんだよ。」
 アキラは厳しい言葉でエレインを突き放した。彼の真意から言えば、万全の彼女にならともかく、今の仮初めの活力しか持たないエレインでは無理だと思った。ソフィーはある程度回復しているが元々の力がメフィストに勝っていない。ロランのレイアは先程から弟の身がいきなり怪物に変わってしまったショックから立ち直っていない、ただ呆然と立ち尽くしていて問題外。アイリスは潜在的な能力は有りそうだがソフィーよりもまだ実力的には下だろう。ゆえに今この場では奴の相手は自分以外あり得ないと思った。
 「あんた、私の怪我治すのに結構オド使ったでしょ。・・・大丈夫なの?」
 エレインは心からアキラの身を安じていた。
 「問題ない。」
 それだけ言ってアキラは再びメフィストに歩いていく。
 「先ずは貴様から殺してやろうか。小僧、我の手によって死ぬのは望外の幸福なのだ。」
 眼を狂喜に奮わせて赤々と燃やしながら、メフィストが強大なオーラを練っている。その心臓からは村人達の生命力で作られた黒い真珠が、主であるメフィストに際限無く魔力を送り続けていた。
 「・・・・・お前みたいな小物にかかずらうのは、もう終わりだ。」
 気だるげにそう言って、アキラは左手の短刀を床に落として右の短刀を両手に握り直した。短刀の刀身が先程よりも真っ黒に染まる。その黒いオーラは刀の輪郭を越えて延びていき、巨大な大太刀の様になった。
 それを無造作に、ただし神速と言っていい速さでアキラはメフィストに向けて一閃振り抜いた。
 その瞬間、アキラの後ろにいる者達は、世界が切り裂かれたような、不思議な錯覚に陥った。音も、振動も無く、ただアキラの目の前の世界が両断されたような不思議な感覚だ。
 ところで、メフィストには通常の斬撃は効かない。エレインの様に大火力の衝撃で一気に仕留めないと、心臓から湧き上がるオドにより、たちどころに回復してしまう。
 「・・な、・・なにが起こった?」
 メフィストはポツリと溢した。今の今まで練っていた自身のオーラが消えている。動力源の心臓とメフィストの身体が切り離されてしまったようだ。意識がはっきりとしない。今まで受けたことはないが、頭を強打されて意識朦朧とした状態に似ているかもしれない。
 「この技は絶刀と名付けた。」
 アキラの声はメフィストの耳には聞こえていたが、思考には届いていなかった。
 「この剣は俺が排除したいと思うものを絶対に消滅させる。」
 静かに、アキラは続ける。
 「今お前の存在だけを切り裂いて消滅させた。」
  アキラの声は聞こえていなかったが、メフィストは己の核と言うべきものが喪失したような、不気味な感覚を味わった。「・・・おぉ、我が消えていく?そんな馬鹿な、こんなもので我が傷付くはずはない」
 自分の今の状態も完全に理解できなかったが、何となく、今までに感じたことの無い虚脱感に襲われたメフィストは、これが「死」かもしれないと漠然と感じた。
 「・・・・ふん、・・・別にどうということはないさ、人間皆いつかは死んでいく。たまたまお前の死期は今だったというだけだ。」
 アキラのその最期の言葉だけは、何故かメフィストの脳裏に届いた。
 「・・・・・そうか、我も最期には人として死ぬのだな。・・・ふふ、それも悪くない」
 先程まで呆然としていたメフィストは、その言葉を最期に、ウィルの身体から完全に消滅した。最期の言葉を口にした彼の顔は、どことなく、微かに笑っているようだった。
 
 
 
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