国助く禍津剣

dada

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 「・・帰って来た」
 アキラがおもむろに言う。他の皆は体力回復のために座って休んでいた。
 アキラが塔の最上階の開けた場所まで移動すると、そこに不思議な揺らぎが起こった。見えているはずの虚空が歪んで、その中から掻き分けるようにエレインが出てくる。
 「や、ただいま」
 何とか笑みを作っているが、彼女の顔は蒼白でいっそ青いと言ってもいいぐらいだ。その右足の先端には真っ赤な布が巻き付けられ、彼女の手には自分の足と、不気味な氷塊が握られている。
 「応急の治癒魔法ぐらい、できなかったのか?」
 開口一番何故か少し怒りながらアキラが答えた。その手は言葉とは裏腹に丁寧にエレインを抱き留め、床に仰向けにさせている。
 「いや~、ちょっとオド使いすぎちゃってさ、もう殆ど無いんだわ。・・・帰ってくるので精一杯。」
 言いながらエレインは瞳を閉じ、彼女の意識が途絶えた。その顔には脂汗がじっとりと浮かび疲労と激痛の色が濃く見える。
 「アキラ!姉さんは大丈夫!?」
 ソフィーが駆け寄ってきた。
 「心配するな、大丈夫。」
 ソフィーにそれだけ言うと、アキラの目線はエレインを見詰め集中した。そして自身のオドを活性化させる。
 「エレイン、あんた寝てるから、こっちで勝手に治すぞ。」
 アキラは言うなり、自分の左手を彼女の切断された足の上に持っていった。既に傷口の布は取ってある。そこには痛々しく、何か粗い刃で削り切られた様な傷口があった。
 「ソフィー、エレインの足を清めてくれ」
 「わ、分かった」
 ソフィーは慌てず、エレインの切断された脛、あとその先の部分の足を水の魔法で清めた。それを丁寧に清潔な布で拭き取り、エレインの傷口に合わせる。アキラは左手に持った短刀で自分の右手首を浅く切った。手首からは鮮血が流れ出す。それをエレインの傷口に垂らす。
 滴り落ちるアキラの血は、不思議なことにエレインの傷口をふさいだ。見ているとすぐに分かるのだが、アキラの血がかかると、エレインの足の傷口がうずきだし、切断されて二つに別れている足が不可思議にくっついてくる。その後は傷口を覆うように足の患部の肉が蠢き、自然とかさぶたが出来てやがて剥がれる。エレインは患部で肉がうごめく度、意識は無いのに苦痛に耐えるような低い呻き声をあげた。
 まるで手術で足を繋げ、傷口が長い時間をかけて治ってきた様子を、かなりの早送りで見せられているような感覚だった。
 これはアキラの血に宿っている豊潤なオドにより、エレインの自己修復力を劇的に活性化させて傷を治すアキラの魔法である。そして足がみるみる繋がっていくのを不思議そうにソフィーは見ていた。
 「うわー、私は初めて見たけど、ちょっとグロいね、これ」
 だがソフィーは気持ち悪いものを見たという風なしかめっ面をした。
「アキラさん!見た目では治りましたけど、まだ必要なんですか?」
 いつの間にかソフィーの横に来ていたアイリスが覗き混むようにアキラに尋ねた。彼女の表情から、本当に心配しているのがわかる。アイリスがこんなことを言ったのは、治療を初めて最初の五分で足は治っているように見えたからだ。だが十分経つ今でもアキラは手から血を流し続けている。普通はこれだけ血を流せばアキラの体調に影響してもおかしくない。彼女はアキラとエレインの二人を気に掛けていた。
 「まだだ、俺の魔法は、そんな万能じゃない。でもほぼ元通りに治すことが出来る。今やっと神経が繋がり始めたから、あと五分って所だろ。」
 対するアキラは表情一つ変えず、淡々と言った。隣のアイリスの方がアキラのことをずっと心配しているようだ。普通は、自分の生命力のオドを長時間他人に分け与えるなんてできない。余程オドに余裕がある人間でないと、逆に自身が衰弱してしまう。
 それからしばらくすると治療が終わる。エレインの足は完璧に治っていた。切られた傷跡はどうしても残ってしまうがまた元通りに動かせるはずだ。
 「ふうっ、終わった。・・・オドもかなり分けたから、起きたら動けるぐらいにはなってるはず。」
 額の汗を拭いながらアキラが言った。
 「やったー!これで皆で家に帰れるねー!」
 ソフィーが跳び跳ねて喜んでいる。
 「ああ、さっさと帰ってライオに報告するぞ。」
 確かこの仕事の後は休みをくれるようなことをライオは言っていた気がする。アキラとソフィーは荷物を手早く纏めだした。
 そんな時、ロラン王国のウィルが口を開いた。
 「あの、アキラ殿、その氷塊はどうされるのか?」
 彼が言っているのはエレインの足元に置かれている不気味な氷の塊だ。
 「・・さあ?これ多分さっきのやつの心臓でしょ?まだ微かに動いてる。エレインが壊そうとしたけど呪力が濃すぎて壊せなかったんでしょう。」
 アキラは特に興味無さそうに答えた。
「壊すのか?それはメフィスト・フォン・グリーンフィールド討伐の証となる。それに魔術的価値も相当なものだろう。持ち帰って後世のために研究するというのはどうだろうか?」
 その時のウィルの目に微かに宿る不穏な灯をアキラは敏感に感じ取った。
 「・・・こんな穢れた心臓、呪物には危なくて使えませんよ。それに今は壊せなくても俺たちの本部に戻れば、破壊できる術者は居ます。わざわざ危険を犯してまで研究などに使うものではありません。」
 この世界では過去にも高名な術者の遺骸等を呪物に加工する事があった。その呪物は類いまれなる恩恵をもたらす。有名なのは聖人と呼ばれた人間の頭蓋骨を使ったものだ。その人間の重要機関である部位はより生前の魔力を残しやすいと考えられている。勿論心臓もそれに当てはまる。
 「・・・元々メフィストは我が国の咎人だ。であれば我々にその残骸を処理する義務があるかと思うが。」
 尚も食い下がるウィルにアキラは隠すこともせず、大きなため息をついた。
 「・・・はぁーぁ、ハッキリ言うと、あんた等に渡すのは危なくて嫌なんですよ。先程の戦闘を見たところあなた方はロランでは一等術士だとは思いますが、僕らの基準で言えば大した腕は持ってないと思いました。」
 アキラは冷酷な、わざわざ口に出すのは無礼ともとれる事実を淡々と告げる。その口調も畏まったものから変化して侮蔑の色を滲ませたものに変わる。そして氷漬けの心臓をウィルに見せながら、
 「それにこいつがあんた等の国の人間だというならば、襲われた村の被害も全てあんた等の国に責任とってもらいますよ?」
 「・・・・それは、・・」
 言葉に詰まるロラン王国の近衛隊長。もしメフィストを自国の人間だと認めれば今回の事件の全責任はロラン王国が被ることになる。今の状態でもアルバート王国から責められて然るべき境遇にいるのに、これ以上立場を悪くするのは彼等としては絶対に避けなければならなかった。
 「ウィル、アキラさんの言うとおりです。邪悪な魔術師の遺骸などは消滅させる方が後の世の為だと私も思います。」
  学者質のアイリスもこのときばかりは心臓を破壊する方針に異論は無いようだ。
 「それに今回のことは我が国の元同胞が起こした過ち。私達はアルバート王国に赴き、詳しく事情を説明しなければならない立場です。そのような物にかかずらっている場合ではありません。」
 そう主君であるアイリスに言われるも、ウィルは諦めきれなかった。
 「しかし姫様、これは今後我が国の国宝となり必ずや国の繁栄に役立ちます!」
  この時、力強く語るウィル自身も、何故自分はこんなにもこの心臓を求めているのか分からなかった。只、エレインが帰ってきて彼女が抱えていたあの心臓を見た時から、彼の中の何かが猛烈に、狂うほどに求めているのだ。
 そんな時、アキラの後ろから声が聞こえた。
 「・・・アキラ、あいつとそれにパスが見える」
  声は後方でむっくりと起き上がってきたエレインのものだ。足の怪我と生命力の枯渇で意識を失っていた彼女だが、アキラの処置により今ではその疲労の色はあまり見えない。繋がった足も少しぎこちなさそうに歩いているがじきに違和感も無くなるだろう。それよりも今はもっと大切なことがある。
 「パスって、術者同士のラインってことか?」
 「・・・そう、あいつとあの心臓が繋がってる。」
 エレインの眼にはウィルとメフィストの心臓にかかる魔力的な繋がりが見えていた。それは細い糸のようで普通の人間には勿論見えない。元々目で視る類いのものではなく、そこに糸のような繋がりを感じるものだからだ。その感覚は余程熟練した術士でないと持ち得ないものだった。
 「全員、やつから離れろ!」
 アキラはそう声をあげると自らは逆にウィル目掛けて突進した。
 彼の持つ両の刃がウィルの胴体を真っ二つにしようと襲い掛かるが、ウィルの眼前には奇妙な塊が現れ、アキラの短刀は何故かウィルに届かなかった。普段ならその剣圧だけでもアキラの剣は標的を切断する。がその不思議な塊を斬ろうとすると彼の短刀の刀身は消え失せる。不思議な感覚を感じて咄嗟に短刀を引くと、そこには確かに刀身があった。
 「なんだ?空間を曲げた術か?」
 思わず誰に問うでもなく独り言が出た。ウィルの目の前に蠢く塊は、言うなれば大気を酷く濁らせて懲り固めたような気味の悪いものだった。目視では只何かの空間がウィルの眼前に存在しているだけだが。そこに触れるものは何処か別の場所に放出されるようだ。
 「・・・・いや、危なかった。この予備の肉体を確保していなければ、我は完全に消滅するところであった。」
 先程までのウィルとは明らかに違う存在が、アキラの前で嗤っていた。
 
 
 
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