愛の献身

白崎ぼたん

文字の大きさ
3 / 11
蛍の光~死んでしまった僕たちへ~

〈3〉...俺は子供だった。

しおりを挟む
 結論から言うと。
 俺は子供だった。

傍士ほうじ、冷静になりなさい」

 父も母も、ケイに傾倒する俺を止めた。
深入りすると危険だと、お前は子供だから、わからないのだと。周囲だって、明らかに暴力を受けているケイたち兄妹を見て見ぬふりし、あまつさえいじめるなどもした。
 俺はいつだって、軽蔑していた。父も母も、周囲の人間たちも。皆、保身ばかりだから、社会がちっとも良くならないのだとさえ思っていた。
 俺はお前たちみたいな、汚くてずるい人間になるものか。大人になるということが、保身まみれの人間になることなら、死んだほうがましだ。
 そんなことを、面と向かって父に言ったこともある。ただ悲しい顔をして、首を振った。
 いずれわかる時が来る、と。

 隣に眠るケイを、横目で見る。いつもはヤスちが奪い合って寝る、客用布団は、湿っていて大した寝心地でないだろう。けれどもケイは喜んで、全部の疲れを吸わせるように横たわった。
 かわらず繊細な作りの顔立ちは、少年らしい幼さがぬけても、やわな雰囲気が残っていた。痩せ気味で、青ざめている分、肌の薄い部分の仄赤さが映える。
 綺麗になった。あんなことがあっても、いっそう増した美質に、俺は哀しい気持ちになる。
 俺はそっと、その美しさに触れる。渇いた肌は、俺の汗を吸うように吸い付いた。
 その引力に、俺は手を離した。勢いが強くて、ケイは身じろぐ。
 起こしたか。俺は、よりどころのない気持ちを胸に手を当てて支えた。
 ケイは枕に潜るよう沈み、眠りは深くなった。つむじが見える。深く静かな寝息を聞いて、俺は息をついた。そして、自分の布団に倒れ込む。体が汗に冷えていた。
 眠れない。けれど、これ以上ケイを見ないよう、両手で瞼を塞いだ。開けてはならない、箱を開けないように。

 俺は子供だった。そして二十一歳の今、俺はもう子供ではない。
 重き荷を背負い走ると言い切れる向こう見ずさが、俺にはもうない。生命という罪を背負うという重みが、既にのしかかりだしていた。
 それを汚い大人になったと、自嘲しきれないくらいに。
 むしろ俺は何も考えていなかったのだと、この世にはどうにもならないことがあると、目覚めたのだと。
 自己弁護できるくらいに。
 もう、子供ではなくなっていたのだ。



 ケイの後をついて歩いたのは、うんざりするほど見覚えのある道だった。ケイの背中が待ち遠しそうで、俺はひどくきまりが悪かった。

「それにしても、ようわかったな」
「なに?」

 俺は、ケイの気をそらすように言った。ケイに聞き返されて、俺は話題選びに失敗したことに気づいた。しかし、はぐらかすのも気持ち悪い。俺は続投を決意した。

「俺の大学」

 最後に手紙を書いたとき、受験する大学を、何となく書かなかった。まだその時は、ケイへの熱が冷めきってない時だったから、自分の中でも天啓が働いたと思う。
 天啓。馬鹿らしいことだが、心底ホッとしたものだ。それも、ケイと再会した現在、過去になってしまったが。
 俺の親が教えるはずがないから、何でだかわからなかった。ケイは、「うん」と頷いた。木下闇を振り返りながら歩くので、まばらに影が紅潮した肌にかかっている。

「ほうちゃん、昔言うてたやん」
「は?」
「“俺は地元から離れる気ないで、何があってもお前らには俺がおる”って」

 ケイは、俯いてやわらかく笑った。まぶたの向こうには、俺がいるのだろう。輝かしい俺が。

「ほんで、大体ここかなあて当たりつけたんや。ほうちゃんは賢いさけ、地元でも一番ええとこ行くやろてな」
「そうか……」
「そしたらおった。嬉しかったなあ」

 俺は俯いて、顔をそらし黙り込んだ。ケイとの約束を守ったわけじゃない。俺は、ただ県外での目当ての大学に届かなかったから、しゃあなしに地元を受けただけなのだ。――心の何処かで、お前の影におびえながら。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Innocent Lies

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』のリーダーを務める内海奏多。 "どんな時でも明るく笑顔"がモットーだが、最近はグループ活動とドラマ出演の仕事が被り、多忙を極めていた。 ひょんな事から、ドラマで共演した女性アイドルを家に送り届ける羽目になった奏多。 その現場を週刊誌にスクープされてしまい、ネットは大炎上。 公式に否定しても炎上は止まらず、不安を抱えたまま生放送の音楽番組に出演する事に。 すると、カメラの回っている前でメンバーの櫻井悠貴が突然、『奏多と付き合ってるのは俺や』と宣言し、キスしてきて…。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

処理中です...