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蛍の光~死んでしまった僕たちへ~
〈3〉...俺は子供だった。
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結論から言うと。
俺は子供だった。
「傍士、冷静になりなさい」
父も母も、ケイに傾倒する俺を止めた。
深入りすると危険だと、お前は子供だから、わからないのだと。周囲だって、明らかに暴力を受けているケイたち兄妹を見て見ぬふりし、あまつさえいじめるなどもした。
俺はいつだって、軽蔑していた。父も母も、周囲の人間たちも。皆、保身ばかりだから、社会がちっとも良くならないのだとさえ思っていた。
俺はお前たちみたいな、汚くてずるい人間になるものか。大人になるということが、保身まみれの人間になることなら、死んだほうがましだ。
そんなことを、面と向かって父に言ったこともある。ただ悲しい顔をして、首を振った。
いずれわかる時が来る、と。
隣に眠るケイを、横目で見る。いつもはヤスちが奪い合って寝る、客用布団は、湿っていて大した寝心地でないだろう。けれどもケイは喜んで、全部の疲れを吸わせるように横たわった。
かわらず繊細な作りの顔立ちは、少年らしい幼さがぬけても、やわな雰囲気が残っていた。痩せ気味で、青ざめている分、肌の薄い部分の仄赤さが映える。
綺麗になった。あんなことがあっても、いっそう増した美質に、俺は哀しい気持ちになる。
俺はそっと、その美しさに触れる。渇いた肌は、俺の汗を吸うように吸い付いた。
その引力に、俺は手を離した。勢いが強くて、ケイは身じろぐ。
起こしたか。俺は、よりどころのない気持ちを胸に手を当てて支えた。
ケイは枕に潜るよう沈み、眠りは深くなった。つむじが見える。深く静かな寝息を聞いて、俺は息をついた。そして、自分の布団に倒れ込む。体が汗に冷えていた。
眠れない。けれど、これ以上ケイを見ないよう、両手で瞼を塞いだ。開けてはならない、箱を開けないように。
俺は子供だった。そして二十一歳の今、俺はもう子供ではない。
重き荷を背負い走ると言い切れる向こう見ずさが、俺にはもうない。生命という罪を背負うという重みが、既にのしかかりだしていた。
それを汚い大人になったと、自嘲しきれないくらいに。
むしろ俺は何も考えていなかったのだと、この世にはどうにもならないことがあると、目覚めたのだと。
自己弁護できるくらいに。
もう、子供ではなくなっていたのだ。
◇
ケイの後をついて歩いたのは、うんざりするほど見覚えのある道だった。ケイの背中が待ち遠しそうで、俺はひどくきまりが悪かった。
「それにしても、ようわかったな」
「なに?」
俺は、ケイの気をそらすように言った。ケイに聞き返されて、俺は話題選びに失敗したことに気づいた。しかし、はぐらかすのも気持ち悪い。俺は続投を決意した。
「俺の大学」
最後に手紙を書いたとき、受験する大学を、何となく書かなかった。まだその時は、ケイへの熱が冷めきってない時だったから、自分の中でも天啓が働いたと思う。
天啓。馬鹿らしいことだが、心底ホッとしたものだ。それも、ケイと再会した現在、過去になってしまったが。
俺の親が教えるはずがないから、何でだかわからなかった。ケイは、「うん」と頷いた。木下闇を振り返りながら歩くので、まばらに影が紅潮した肌にかかっている。
「ほうちゃん、昔言うてたやん」
「は?」
「“俺は地元から離れる気ないで、何があってもお前らには俺がおる”って」
ケイは、俯いてやわらかく笑った。まぶたの向こうには、俺がいるのだろう。輝かしい俺が。
「ほんで、大体ここかなあて当たりつけたんや。ほうちゃんは賢いさけ、地元でも一番ええとこ行くやろてな」
「そうか……」
「そしたらおった。嬉しかったなあ」
俺は俯いて、顔をそらし黙り込んだ。ケイとの約束を守ったわけじゃない。俺は、ただ県外での目当ての大学に届かなかったから、しゃあなしに地元を受けただけなのだ。――心の何処かで、お前の影におびえながら。
俺は子供だった。
「傍士、冷静になりなさい」
父も母も、ケイに傾倒する俺を止めた。
深入りすると危険だと、お前は子供だから、わからないのだと。周囲だって、明らかに暴力を受けているケイたち兄妹を見て見ぬふりし、あまつさえいじめるなどもした。
俺はいつだって、軽蔑していた。父も母も、周囲の人間たちも。皆、保身ばかりだから、社会がちっとも良くならないのだとさえ思っていた。
俺はお前たちみたいな、汚くてずるい人間になるものか。大人になるということが、保身まみれの人間になることなら、死んだほうがましだ。
そんなことを、面と向かって父に言ったこともある。ただ悲しい顔をして、首を振った。
いずれわかる時が来る、と。
隣に眠るケイを、横目で見る。いつもはヤスちが奪い合って寝る、客用布団は、湿っていて大した寝心地でないだろう。けれどもケイは喜んで、全部の疲れを吸わせるように横たわった。
かわらず繊細な作りの顔立ちは、少年らしい幼さがぬけても、やわな雰囲気が残っていた。痩せ気味で、青ざめている分、肌の薄い部分の仄赤さが映える。
綺麗になった。あんなことがあっても、いっそう増した美質に、俺は哀しい気持ちになる。
俺はそっと、その美しさに触れる。渇いた肌は、俺の汗を吸うように吸い付いた。
その引力に、俺は手を離した。勢いが強くて、ケイは身じろぐ。
起こしたか。俺は、よりどころのない気持ちを胸に手を当てて支えた。
ケイは枕に潜るよう沈み、眠りは深くなった。つむじが見える。深く静かな寝息を聞いて、俺は息をついた。そして、自分の布団に倒れ込む。体が汗に冷えていた。
眠れない。けれど、これ以上ケイを見ないよう、両手で瞼を塞いだ。開けてはならない、箱を開けないように。
俺は子供だった。そして二十一歳の今、俺はもう子供ではない。
重き荷を背負い走ると言い切れる向こう見ずさが、俺にはもうない。生命という罪を背負うという重みが、既にのしかかりだしていた。
それを汚い大人になったと、自嘲しきれないくらいに。
むしろ俺は何も考えていなかったのだと、この世にはどうにもならないことがあると、目覚めたのだと。
自己弁護できるくらいに。
もう、子供ではなくなっていたのだ。
◇
ケイの後をついて歩いたのは、うんざりするほど見覚えのある道だった。ケイの背中が待ち遠しそうで、俺はひどくきまりが悪かった。
「それにしても、ようわかったな」
「なに?」
俺は、ケイの気をそらすように言った。ケイに聞き返されて、俺は話題選びに失敗したことに気づいた。しかし、はぐらかすのも気持ち悪い。俺は続投を決意した。
「俺の大学」
最後に手紙を書いたとき、受験する大学を、何となく書かなかった。まだその時は、ケイへの熱が冷めきってない時だったから、自分の中でも天啓が働いたと思う。
天啓。馬鹿らしいことだが、心底ホッとしたものだ。それも、ケイと再会した現在、過去になってしまったが。
俺の親が教えるはずがないから、何でだかわからなかった。ケイは、「うん」と頷いた。木下闇を振り返りながら歩くので、まばらに影が紅潮した肌にかかっている。
「ほうちゃん、昔言うてたやん」
「は?」
「“俺は地元から離れる気ないで、何があってもお前らには俺がおる”って」
ケイは、俯いてやわらかく笑った。まぶたの向こうには、俺がいるのだろう。輝かしい俺が。
「ほんで、大体ここかなあて当たりつけたんや。ほうちゃんは賢いさけ、地元でも一番ええとこ行くやろてな」
「そうか……」
「そしたらおった。嬉しかったなあ」
俺は俯いて、顔をそらし黙り込んだ。ケイとの約束を守ったわけじゃない。俺は、ただ県外での目当ての大学に届かなかったから、しゃあなしに地元を受けただけなのだ。――心の何処かで、お前の影におびえながら。
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