明日、君に会いたい【本編完結】

白崎ぼたん

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第三十五話 掲示板

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 オージの声は冷たく熱を放っていた。怒っているのがはっきりわかった。ゆらゆら、あたりに陽炎でも立ちそうなほどの怒気に、ユーヤも「う……」とたじろぐ。しかし、きっと睨みつけた。

「っせえ! オージにはかんけえねえっ!」
「本気で言ってるのか?」
「ぅ……」

 ユーヤが涙ぐみ、うなだれる。マオが、「まあまあ」と言った。

「テストのあとなんだし、ケンカよそうよ~?」
「そーそ。言うてウチらも熱くなってたし」
「お前らは今関係ない」

 オージがにべもなくシャッターを閉めた。二人は押し黙る。隼人は、自分の席で繰り広げられているこの喧嘩(だよね?)に、どうしたものかと、視線をさまよわせた。すると、ケンとばちりと目があった。ケンは黙り込み、終始どこか気まずげだった。だから隼人と目があっても、わずかに威嚇してくるくらいだった。隼人は首を傾げ、オージの後ろで怯ているマリヤさんを見た。
 その時だった。

「うるせええええっ! オージの馬鹿野郎ぉおっ!」

 教室が割れそうな勢いでユーヤが叫んだ。

「つごーのいいときだけ説教しやがって! ウゼーんだよっ! 黙ってマリヤといちゃついてろよぉ!」

 ユーヤの声は語尾に行くに連れかすれて甲高くなっていった。体を前に折り曲げて発声しきる。ヒロイさんは、「まじ?」とユーヤを見て、マオと目を合わせた。マオにも同じ色が浮かんでいた。マオはそれから気を取り直し、ユーヤに近寄る。

「まぁまぁユーヤ。フジタカは心配して――」
「うるせえデコハゲっ!」

 これにはマオが硬直し、真っ赤になった。ヒロイさんが「ちょっと、」と上げた声に、ユーヤの声が思い切りかぶさる。

「そんなだからリュードーに負けるんだっ!! オージのバカバカッ、バーーーーーーカァ!!」

 場が凍った。
 か……か……か……という余韻さえ、気まずそうに辺りを震わせていた。
 オージの顔は蒼白だった。

「オージくん……」

 マリヤさんが、オージの腕に手をやった。ユーヤはそれを、恨めしげに睨みつける。涙に濡れた下まつげは、涙袋にぴっしりと張り付いていた。

「このままドベになっちまぇ! お前みたいな色ボケに、エラソーに言われる筋合いねぇぇーーーっ!」

 万力、全身全霊、といった感じで叫び切ると、ユーヤは扉にぶつかるように、教室から出ていってしまった。
 今度こそ、教室は静まり返る。成り行きを見守っていた生徒たちは、互いに目を合わせることで会話をしていた。『何だったの?』と――
 隼人も呆然としていた。意味が分からなかった。

「オージくん……」
「気にするなよ、フジタカ。絶対お前が――」
「ん……すごいのはオージ君って皆知ってるよ」

 マリヤさんとケンが、オージを励ます。オージはマリヤの手をやんわりと払いのけると、「別に気にしていない」と返した。そして、もう話は終わりとばかりに、教室から出ていった。
 大もとがいなくなったことで、クラスは日常を取り戻す。ケンたちは席に戻っていった。マリヤさんは涙の浮かんだ目で、隼人を見て、それから自分の席に戻っていった。
 隼人はというと、ようやく着けた自分の席で、「負ける……?」と首を傾げた。
 そこで、「あっ」と、合点がいった。



「龍堂くん、すごい……!」

 学生掲示板を見上げ、隼人はひとり目を輝かせた。隼人の高校は、テストの成績上位者百人を掲示板に貼り出す。縁が無いものだから、隼人はいつも確認が遅いのだが、そういうことだったのか。
 今回、なんと龍堂は単独首位だった。二番のオージと十点ほどの差をつけての成績は圧巻の一言だ。

「すごいなあ。俺の勉強も見てくれてたのに」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。隼人は結果表の入ったファイルをぎゅっと抱きしめて気合を入れなおす。

「俺も頑張ろう!」
「何がだ?」

 隣から声をかけられて、びゃっと隼人は飛び上がった。見れば龍堂が愉しげに隼人を見ていた。

「りゅ、龍堂くん」
「中条は百面相だな」

 からかわれて、隼人は顔を火照らせた。うわーー! 心のなかで叫ぶ。龍堂は何だかご機嫌のようで、一歩距離をつめると、隼人の隣に並んだ。そうして同じように掲示を見上げる。隼人は何を言おうか言葉を探したが、結局、思ったことを口にすることにした。

「龍堂くん、一番おめでとう」
「ありがとう」
「すごいね」
「勉強する時間が増えたから」

 そう言って、隼人を見下ろした。隼人は「へへ」と照れ笑いした。今日じゃなければ、この言葉を「優しいな」としか、受け取れなかったかもしれない。

「ありがとう! 俺もね、成績上がったんだよ」
「へえ?」
「うん。龍堂くんと勉強したおかげ」

 次はもっと頑張る。その言葉は胸にしまって、ニコニコと隼人はファイルを抱きしめた。龍堂は、「そっか」と言って、隼人の頭をぽんぽんと撫でた。くすぐったい気持ちが、くるくる胸の中を走り回って、おされるように隼人の口から言葉が出る。

「龍堂くんの隣に、並びたい!」
「隣?」
「うん、だから、えーっと、五十番かな?」

 すると、龍堂が笑いだした。隼人はきょとんと龍堂の横顔を見上げる。龍堂が、おもむろに隼人の背に手をまわし、向かいの腕をぽんと叩いた。

「頑張れ」

 そう言ってからも、まだしばらく龍堂は笑っていた。



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