透明な枷をつけたまま

白崎ぼたん

文字の大きさ
2 / 4

一話 美しい影

しおりを挟む
「蓉!」

 貞樹さだきが声をかけると、蓉が振り返った。貞樹は同輩のもとまで、しっかりとした足取りで、しかしゆったりと歩いた。それがけっして無礼ではなく待ち遠しく感じさせる、鷹揚な兄気質の気配を持っていた。
 蓉にとってもそれは例外ではないようで、ほのかに口もとを緩める。そしてまた、先に見ていた景色に向き直った。
 相変わらずマイペースだな。
 貞樹もまた、この蓉のふるまいを信頼からと受け止めており、かえって付き合いやすく思っていた。

「何見てるんだ?」
「空だよ。もうすっかり夏の夕陽だ」
「ふうん。写真とらないのか?」

 貞樹の問いに、蓉はふふと笑った。蓉からすると、貞樹の言葉は、不思議な発想であるらしい。

「見るだけでいい」
「ふうん」

 貞樹もまた、不思議そうに蓉を見つめた。
 嬉しいものを見たら、写真に撮るものではないのだろうか。
 それは、貞樹の周囲がそうであり、彼の中に通用する理屈ではないのだが、美を重んじるものとはそうするものと、何となく貞樹には刷り込まれていた。
 それが蓉にはとても可笑しいようだ。

「貞樹も撮らないだろうに、変なの」
「俺は、そういう繊細な感性持ってないですからね」
「どうだか」

 蓉はからかうように目を細めた。貞樹の額をとんとつつく。

「目は綺麗だって言ってるよ」
「……はあ、」

 貞樹は呆気にとられ、口を半開きにした。開いたままの口を隠すように、手で覆う。目元が西日のためでなく火照っていた。
 蓉はすっと表情をおさめ、また夕陽を眺めだす。ほんの少しの間だというのに、もう光は表情を変えていた。
 ――綺麗、か。
 貞樹はこの眼の前の友の顔を、じっと見つめる。
 眉ひとつ動いていないが、蓉の繊細な花びらのような容姿は、いつもどこかほほ笑んでいるように見えた。

 おれはまったく詩人ではないけど、蓉は本当に綺麗だ。

 蝋細工のような肌は白く透け、朱色の輪郭をまとっていた。淡い薄茶の髪と相成り、燦然と輝くさまは、この男の体に、本当に自分と同じ血が通っているのかとさえ思わせる。
 自分と同じような流行りのシャツを羽織っているのに、まったく異質である。自分は着ているが、蓉は服を動かしている。そんな違和があった。

 ああ、こういうときはよくない。
 沈黙はよくない。蓉の美しさに惹き込まれる。
 蓉の美しさは、友人から借りた幻想的な推理小説を読んだときのような不思議な感慨を、貞樹に与える。
 それは、おそれである。
 それに魅入られたら、蓉を他の友達と、違うものにしてしまう。
 たとえば、いつものように、貞樹は蓉の肩を抱くなどできなくなる。
 だから、友が遠い顔をした時の寂しさを、貞樹はひとり、もどかしく抱えているしか出来ない。

 だからこそ、だろうか。
 反面、この男の中に、一足飛びに飛び込みたくなる。玉砕覚悟で、踏み込まねば、ならない。そのような切迫した壁を、蓉からは感じるのだ。

「ラーメンでも食べに行こうぜ」

 貞樹は蓉の背を叩いた。しなやかな筋と骨を感じ、どきりとする。この夕陽みたいに実体のない美しい男から、肉体を感じる。
 蓉は、目を見開き、貞樹を見た。そこに宿った人間的な色に、貞樹はいつもの調子を取り戻した。

「いいね」
「よっしゃ。じゃあ駅前な」
「また? にぼし好きだね」

 笑いながら、二人は歩き出した。貞樹は自身の跳躍が成功したことに、安堵と高揚を覚え――次第にいつもの友情の掛け合いの中にそれを忘れた。
 ただ、蓉への好意に、積み重なるだけであった。

 ラーメンをすする蓉に、貞樹はスマホを向けた。蓉はすいと手をかざした。

「撮るなよ」
「撮らねえよ」

 またダメか。惜しい気持ちになりながら、蓉の地雷を踏まなかったことに、また安堵する。
 蓉は水を飲んで、髪を耳にかけた。貝殻のような耳が、ほのあかく染まっており、貞樹はごくりと喉を鳴らした。

 送らせてももらえない。無論、男の大学生の同輩相手に、妙な感情だが、そろそろ家に連れて行ってくれてもいいだろうに。
 貞樹はしかし、それを言うことも出来ず、またもどかしくけれどもむず痒い気持ちで、笑いながら着た道を引き返す。

 空は群青が、黄を飲み込みだしていた。
 黄のあえかな光が、長く伸びた影に輪郭をつける。貞樹はその長い影を、見るともなしに見ながら歩いていた。
 明日の前に、蓉に何を話そうか。スマホを取り出した。メッセージアプリを立ち上げる前に、ふと、その影の写真を撮った。
 それは貞樹にとって意外の行動であった。
 けれども、なにかそうしなければならないような、そんな気がした。

 貞樹はふたたび歩き出す。
 そのとき、白い手が、貞樹の背後からのびた。目を見開くまもなく、貞樹の首を締めるように抱き、影の中に引き込んだ。
 貞樹の見開かれた目を、呼気を、聞いたものはない。しんと静かな道に、影が這うように起こった出来事であった。
 黄の光は消え、青は濃紺の闇に飲まれていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...