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1.勧誘する神
しおりを挟むこの世界でも数少ない大国の一つ、オルローテ王国。王国では神殿も大きな権力を持っていた。
そんな王国の聖女となったのが、私ルミエーラ。
聖女として、民の祈りを聞く。それが私の仕事。今日もいつも通り業務をこなしており、目の前にいる彼が最後の信者だ。
「聖女様! どうか願いをお叶えください……!!」
切実そうに祈る彼にかけられる言葉はなく、ただ微笑むだけ。うんともすんとも言わずに、見守るように微笑めば祈りを受け取ったと信者が解釈して終了する。
最後の信者が教会を出るのを見届けると、私は自室へと戻った。
(……疲れた)
ぽすりとソファーに横になれば、目を閉じて一日の疲労を振り返る。仕事が終わったと知っているお世話係が、ノックをして部屋に入ってきた。
「本日も一日お疲れ様でした、聖女様。紅茶とお茶菓子を持って参りましたので、こちらに置いておきますね」
私に物腰柔らかに、優しい声で接してくれる存在は滅多にいない。だからお世話係であるソティカは、とても貴重な存在だ。
机に置かれたスケッチブックに手を伸ばし、文字を書く。
『ありがとう、ソティカ』
そう書いた文字を彼女に見せて、小さく頭を下げた。
「とんでもございません。世話係として当然のことですから」
いつものように、優しい笑みで言葉を受け取ってくれる。
私は喋ることができない。これは生まれつきの問題で、今のところ解決策はない。どうしてこんなことになったのか、スケッチブックを眺めながら、発端を思い出すのだっ。
◆◆◆
それなりに青春を楽しんで、それなりに充実した学生生活をして、それなりに真面目に働いていたと思う。
そんな日本人だった私の平凡な人生は、ある日突然終わることになったーーーー。
目を覚ますとそこは真っ白な世界。
見渡す限り何もなくて、自分がどこにいるのかわからなかった。
「……跳ねられたんだっけ、私」
自分の中にある最後の記憶は、トラックが突っ込んでくる瞬間だった。
「それにしては動けるんだけど」
跳ねられて人生が終了したはずなのに、なぜか体は動いた。ゆっくりと立ち上がると、背後から声がした。
「目が覚めたか、人間よ」
「……………………」
振り向けば、白い服に身を包んだ男性らしき人物が立っていた。抑揚の激しい言い方は、癖の強さを物語っていた。
何もなかった、誰もいなかったはずの空間に突如として現れたのだ。驚きすぎてなにも反応ができなかった。
「私の名前はレビノレア。神である」
何を言ってるんだろうかこいつは。
さりげなく強調された神という言葉は、かえって怪しさが増していた。
思いっきり怪訝な視線を向けるも、彼は気にすることなく話を続けた。
「まぁ、そう簡単に信じられる話ではないな。だが時間がない。要件を手短に話すぞ」
とんでもなく自己都合な自称神様は、神だという証明よりも、自分の話を優先し始めた。
あきれた感情が生まれるが、現状レビノレアの話を聞く以外選択肢がなかった。それに自分が亡くなったという事実を考えれば、彼の言葉が嘘とは断言できず、一度話を聞いてみることにした。
「実は、ずっと私の力を使える器を探してていてな。それでやっとみつけた。それがそなただ」
「……私、ですか?」
「そうだとも」
神だからなのか、言っていることはそれらしかった。
「選択肢って私にあるんですか?」
「そなたが地球でもう一度人生を送りたいなら、私は手を引かなければならない。そが規律だからな」
「……なるほど」
つまり、今レビノレアがしているのは勧誘だと理解した。
「だがしかし! 私の世界に転生したあかつきには、祝福を授けよう!!」
「祝福?」
「そうだ。転生特典というものだな」
首をかしげる私に、レビノレアはここぞと言わんばかりに押し売りのような説明をし始めた。
「祝福、特典と言うからには、生半可な弱々しいものではない。必ずや、そなたが生きていく上で役に立つ力を付与しよう。しかもそれは他の人間にはない、特別なものだ」
(あぁ……いわゆるチートってやつかな)
レビノレアが何を言いたいのかはわかったため、自分の今後について考えてみた。
(慣れ親しんだ故郷で、もう一度生きることのほうが安心で安全かもしれない……)
しかしレビノレアは、地球の中で転生するといっただけで、日本に転生できるとは言わなかった。
(知らない国に転生するのも、知らない世界に転生するのも、大差ない気がする。それなら楽しそうだし、レビノレアの世界に行ってみてもいいかもしれない)
考えてみた結果、祝福と特典の言葉に惹かれた私は、レビノレアの提案を受けることにした。
「わかりました。貴方の世界に転生します」
「本当か!」
嬉しそうに反応すると、どんどん声色が明るくなっていった。
「それならばとびきりの祝福を付与せねばーー」
その後、祝福を贈ったのかどうなのかはわからない。突然意識が遠のいて、目を閉じたところで記憶が終わっている。
そして。その記憶とやらを思い出したのは、私が新しい人生を始めて五年経った時だった。
それより前の幼い記憶はあやふやだが、気が付いた頃には私は小さな村にいた。ある日転んで頭をぶつけた時に、前世の記憶ごと思い出した、というわけだ。
だが生まれてから五年も経っていたからか、神との出会いの記憶は遠い日のもので、もはや姿もはっきりと思い出せなかった。
転生したということはわかったが、転生特典とやらは一体どこにいったのかと疑問が浮かんだ。
まだ飢えることのない平凡な村の娘に生まれたから良かったものの、これが子どもを売るような場所に生まれたら、あの自称神はどうしてくれようと思った。
取り敢えず一つ言えるのは、状況的に神からの祝福を受けたようには思えなかったということ。
そして、前世を思い出したからか、精神年齢が急激に上がった私は、子どもの振る舞い方がわからなくなっていった。
心なしか体も歳を重ねたのか、疲れやすくなってしまった。
それだから以前より、子ども達との接触を避けてひっそりと暮らすことになった。
(元々子ども達とも、大人達とも進んでコミュニケーションする方じゃないし。遊ぶ時も静かだったから問題ないでしょ)
いわゆる寡黙キャラのように、静かに本だけ読んで過ごした。
(勉強していないのに、この世界の文字が読めるのは特典なのかな?)
そんなことを考えながら、のんきに日々を過ごしていた。自分がこれからどうなるのか想像できないが、特に野望はなかったため、前世と同様平凡に生きようと微かに目標を立て始めていた。
しかし、ある日突然その願いは打ち砕かれる。
私が神を嫌うようになった出来事が起こったのだ。
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