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22.第二王子の到着
しおりを挟む礼拝堂に到着すると、バートンの後ろ姿が見えた。扉が開く音や足音で私達、あるいは誰かが近付いたとわかるものだが、バートンは固まっていた。
不思議に思いながら隣に立ってもなお、声をかけられることはなかった。ちらりと顔を見てみれば、とんでもない量の汗をかいていた。
(うわっ! バ、パートン!?)
よく見れば小刻みに震えており、顔色は青白い。必死に笑みを浮かべているが、なぜかそこから感じるのは絶望そのものだった。
(これは緊張なんてレベルじゃない……下手したら意識が飛びそう)
こちらまで不安になるほど、バートンは尋常じゃないほどのマイナスな雰囲気を醸し出していた。
(こんなバートン初めて見た……)
大神官のルキウスが来る時でさえ、ここまで雰囲気は変わらない。
「神官長様、神官長様!」
「はっ!!」
声の出せない私に代わって、事態を察したディートリヒ卿がバートンの肩に触れて意識を呼び戻した。
「……あぁ、来ていたのか」
「先程到着いたしました」
「そうか」
どこか放心状態にもなっているバートンを見て、彼にも様々なプレッシャーがかかっているのだと感じる。
(いざとなったらなんとかできるほど、今のバートンに余裕はない気がする)
第二王子に挨拶するだけで精一杯のように見えた。私と違って、心臓が痛くなる程緊張を感じている様子が、表情から推測できた。
(……何か困ったら、自力でどうにかするしかない)
もう今更、逃げることはできない。そうだと言わんばかりのタイミングで、第二王子の来訪が告げられた。
(来たわね……)
息を大きく吸い込んで吐き出すと、自分の中にある何かのスイッチを押した。それと同時に正面の扉が開く。
(私は病弱……病弱よ! だから大丈夫)
その設定にすがるように気持ちを落ち着かせると、健康に見えない程度に背筋を伸ばして、前を向いた。
(来たわね、第二王子……マティアス・オルローテ)
残念なことに、第二王子に関する事前情報は何もない。元々聖女は、王族とは接点がなかったため、知る機会がなかったとも言える。
コツコツとこちらに向かってくる足音だけが響き渡る。バートンがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
一定の距離まで近付くと、ピタリと足を止めた。初めて目にする第二王子は、立っているだけで存在感を放っていた。王族としてのオーラがあふれでており、ヴェール越しでもわかった。端正な顔立ちはこれでもかというくらい輝いていた。
「よ、ようこそいらっしゃいました第二王子様!」
バートンのその言葉に合わせて、教会側の人間が一斉に頭を下げた。
「お出迎え、ありがとうございます」
その口調と声色は柔らかな物腰を感じさせた。けど油断はできない。世の中には、ルキウスのような猫被りがいるのだから。
(ましてや初対面なのだから、良い印象を与えようとするのは当たり前よね)
注意深く目線を向ければ、第二王子もこちらを見つめる。
「へぇ……貴女が聖女様か」
「失礼ながら。仮にもお見合いの場というものに、顔を隠されるというのはいかがなものなのでしょうかな、神官長殿」
「えぇと……」
第二王子がボソリと呟けば、次の瞬間には後ろに控えていた男性が、バートン目掛けて軽く抗議をした。
本来ならばここでバートンが説明をしなくてはならないのだが、緊張のせいか言葉が出てくる気配がない。
「大変申し訳ありません。聖女様は本日も体調が優れないのです。顔色もよろしくないのですが、そのような状態をお見せするわけにもいきませんので」
(ディートリヒ卿!)
さっとフォローに入ったかと思えば、丁寧に嘘の説明をしてくれた。
「私は神官長に話を聞いて」
「フォルメント伯爵、やめないかい。今日は私のお見合いの筈だよ」
「も、申し訳ありません。出過ぎた真似を」
お付きの人のような人が、第二王子に諌められた。恐らく彼はこのお見合いの見届け人だとは思うが、王家側の人間であることは明らかだった。
「自己紹介がまだだったね」
「で、では我々から! この教会で神官長をしております、バートンにございます。こちらが聖女のルミエーラ、隣に立つのが専属護衛のディートリヒ卿にございます」
自己紹介、というよりもバートンによる紹介を始める。
「……第二王子、マティアス・オルローテだよ。こちらは見届け人のフォルメント伯爵。よろしくね」
「よ、よろしくお願い致します」
お互いの名前を改めて聞くと、ペコリとお辞儀をした。
「ではさっそく、始めていこうか」
にこりと微笑むその笑みが、何を考えてるかはさっぱりわからなかった。しかしその言葉は、私が任務を果たすためのタイムリミットを告げるものでもあった。
(ど、どうするつもりだったっけ……えっと、確か)
あれだけシュミレーションをしたというのに、いざ本人を目の前にすると、意外にも自分は緊張してしまった。不敬の二文字が頭を過り始めると、どうやり過ごせばいいのかわからなくなってしまった。
(落ち着かないと……! お見合いが始まって二人きりになるのは絶対に駄目!!)
頭がぐるぐると回って、答えがわからなくなった瞬間、後ろ肩に温かなものを感じた。
(これは……ディートリヒ卿の手?)
それを感じ取ると、先程まで交わしていた言葉を思い出した。
(解決の鍵……道しるべ……)
その瞬間、私の鼓動は静かになっていくのだった。
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