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25. 右手の勲章

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 がっちりと固められたような腕の強さに、もはや抵抗する気はおきず、本当に疲れた私はディートリヒ卿に抱き上げられた状態のまま、眠りについてしまった。

(……!!)

 ばっとベッドから起き上がると、すっかり外は暗くなっていた。

(……そんなに寝てたのか、私)

 まだ痛みが残る右手を確認すると、今度は夢ではなく現実であったことがわかる。

(よかった。今回も夢とかいうオチだったら、さすがに笑えなかったから)

 綺麗に巻かれた包帯に視線を向けると、眠る前までのことを思い出す。

(ディートリヒ卿……彼は何を考えてるんだろう)

 第二王子とのお見合いが無事回避できたのは、ディートリヒ卿の力もあってこそだった。ただ、彼の行動原理は全くわからない。わからないからこそ、ソティカの慕うという理由にすがりたくなるのだ。

(もし、その理由が当てはまるなら)

 もしかしたらディートリヒ卿は、私の願いを叶えてくれるかもしれない。そう思いながら、立ち上がってベッドを離れた。

「聖女様! お目覚めになられましたか」
(うん)

 心配そうなソティカに、大丈夫だと目線で伝えながら頷いた。

「よかったです……ですが、まだまだ安静にしていてくださいね。神官長様からの言伝なのですが、明日は詳細を聞く以外はお休みとのことです」
(半休、ってところかな。やった)

 目覚めたとはいえ、疲労は抜けていなかったのでその報告は普通に嬉しかった。

 ソティカもそれに気が付いていたのか、その日はさっと寝る準備を済ませてくれた。





 翌朝目が覚めると、いつもより遅い時間だった。バートンは既に他の仕事をしているほどで、自分が思っていたより寝てしまったことに気が付いた。

 起床して身支度を整えると、早速バートンの元へ昨日の詳細を伝えに行くことなった。

 自室の扉を開けようとすると、一瞬戸惑いが生まれる。

(……開けたらいるのよね)

 護衛騎士だからいるのは当たり前なのだけど、昨日の今日で、少しだけ顔を合わせることをためらってしまった。

(う……でもきっと、向こうは何も気にしてないんだろうな)

 抱き上げるのも、慣れた様子だった。ディートリヒ卿からすれば、昨日の出来事は特出したことでもなかったのかもしれない。

 そう思うと、自分が変に考えても仕方がないと感じて、ドアノブに手をかけた。

「おはようございます、ルミエーラ様」
(……おはようございます)

 予想通りというか、なんというか。ディートリヒ卿は、清々しいほどいつも通りの笑顔で挨拶をしてきた。

(くっ……わかってたけどなんだか負けた気分)

 その思いは決して表情に出すことなく、自分の中で収める。挨拶だけ返して、バートンの所へ向かった。

 ルキウスの時と違うので、ディートリヒ卿は部屋の前では立たずに、一緒にバートンの部屋へと入った。

「おぉ、ルミエーラ。体調は大丈夫か?」
(おかげさまで良好です)

 休めた分、回復はできていた。感謝の気持ちを込めて頷く。

「……血が見えたが、あれは手から出したのか?」
(その通りです)

 緊張していたとはいえ、バートンは私のすぐ隣にいた。だからなんとなく、何が起きたかは推測できたのだろう。

「そうか……ディートリヒ卿、傷は深いものだったのか?」
「そうですね。完治まで一週間程度はかかるかと」
「ふむ……」

 バートンは一週間程度という言葉に反応すると、顎に手を当てながら少しの間考え事をした。そして考えがまとまると、口を開いた。

「ルミエーラ。その傷はお前の勲章だろう。だが申し訳ない。聖女という立場の者には、あまりよくないものだ」
(バートンが何を言いたいかはわかる気がする)
「一目のつく時だけで構わないから、手袋をしてもらっても良いか? ずっとつけていると風通しが悪くなるだろうからな」
(わかりました)

 バートンの気遣いが見える提案だった。彼の言う通り、聖女が目に見える場所に包帯をしていれば、信者や神官達が驚くだろう。イメージとしてもそぐわない。

 それを即座に理解できたので、提案にはすぐに頷いた。

「ありがとう。そして本当によくやった。これ以上ない名演技だったな」
(自分でも我ながらよくやったと思います)

 その言葉を受け取ると、一つの大きな問題が取り敢えずは片付いたと実感するのだった。


◆◆◆

〈マティアス視点〉

「マティアス、聖女はどうであった?」
「はい父上。そうですね……」

 問いかけに対して、少しだけ記憶を思い起こす。

「凄く、神秘的でした」
「ふむ。だが見合いはできなかったのだろう。神殿の態度も考えて、ここは無理に押し進めなくてもよいと考えていたのだが」
「……いえ。私は彼女が良いです」

 ヴェールをしていてもわかる美しさは、彼女の肩書きが、さらに神々しさを増していた。

「そうか……お前がそう言うのは珍しいな」
「この話、進めてもらえますか?」
「わかった。王家の意向は進める方向と、神殿側に伝えておこう」
「ありがとうございます」

 体調が悪くとも、そうでなくても構わない。僕は、彼女に惹かれてしまったのだ。今まで誰にも惹かれたことのなかった自分が。

(……さて、次はいつ会えるかな)

 いつか会える聖女の姿を想像すると、自然と口角が上がるのだった。
 
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