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29.神聖力に触れて
しおりを挟む協力者を得た翌日のこと。
お見合いの件が一段落すると、当然のことながら大神官が教会を訪れた。いつもは面倒に感じるものだが、今回ばかりはしっかりと説明をしようと思ったので、おとなしくルキウスの元へ向かった。
(手袋よし、スケッチブックよし、うん。入るか)
「いってらっしゃいませ」
(……いってきます)
ディートリヒ卿の聞きなれた声に反応しながら、扉を開いた。
(まぁ、さすがに今日は不機嫌じゃないわよね)
以前の訪問が問題のある日だっただけで、その問題を片付けた今は、不機嫌になる理由はない。それゆえに、今日はいつも通りの態度だった。
「来たか、ルミエーラ」
『元気でした』
「……まだ聞いてないんだが」
それは仕方ない。使い回しているスケッチブックには、特定の言葉しか記されていないのだから。
悪びれずにそのまま席に着くと、ルキウスはなんとも言えない表情で息を吐いた。
「まずは本当にご苦労だった。バートンから話は聞いている。無事に乗りきったと」
(そうですよ! やりきりましたから、私)
ドヤ顔で頷くと、ルキウスは静かに微笑んだ。かと思えば、なぜか深刻な顔つきになる。
「ルミエーラ……」
(えっ、なに)
「その手袋はなんだ」
(あぁ)
そういえば説明が必要なことか、と思うと怪我の話を書こうとした。しかし、ペンを上手く握れずに落としてしまった。
(うっ……まだ痛みが残ってるみたい)
カーンとむなしく音が響くと、慌てて拾おうとした。
(そういえば、怪我してから数日はディートリヒ卿とのコミュニケーションだったから、あんまり書かなかったっけ)
それでも何度かは書いていたが、明らかに書く回数は減っていた。それは自分が怪我をしていたことを忘れてしまうほどで、思わずいつもの加減でペンを握りしめてしまったのだ。
私が椅子を引くのと、ルキウスが立ち上がるのは同じタイミングだった。
(……ん?)
気が付けば隣まで来ており、静かに座ると右手に優しく触れた。そして手袋を取る。そこには、まだ治りきれてない、傷が残っていた。
「……これは」
拾ったペンを、急いで左手で動かす。利き手は右のため、不格好な文字が出来上がった。
『くんしょーです』
「勲章?」
自慢げにスケッチブックを掲げれば、なぜか凄く嫌な顔をされた。
(う……やっぱりルキウス・ブラウンも、バートンと一緒で聖女の傷は容認できない派か)
傷のある聖女など、教会及び神殿の看板としてあまり好ましくないから。そう思いながら、ルキウスをみれば、何か呟いていた。
「こんな傷を負わせるつもりはなかったんだがな……」
(……まぁ、無事終わりましたし)
ルキウスの表情が段々と不機嫌になっていくのがわかったので、手袋の説明をしようと考えた。それはさすがに左手で書けるようなことではなかったので、右手を動かそうとする。
しかし、ルキウスの手はなぜか放すつもりはなさそうだった。
(いや、放してもらわないと書けない……)
困惑の表情を浮かべた時、ルキウスは何か呪文らしきものを呟いた。その途端、私の右手が光に包まれる。
(!!)
その眩しさに思わず目を閉じたが、次に開けた時には、右手の傷は綺麗に消え去っていた。
(凄い……これが神聖力か)
「痛むか」
(いえ、大丈夫です)
「ぐーぱーしてみろ」
(ぐーぱー)
ルキウスの指示通り、右手を動かしてみれば痛みはすっかりなくなっていた。その様子を見ると、ようやくルキウスは微笑んだ。
「それなら良かった」
(……珍しい、笑うなんて)
普段にやりと笑うことはあっても、純粋に笑う姿はあまり見なかった。だから、ルキウスの微笑みは不思議で、少し変に感じてしまった。
(あぁ……でもまぁ、これで一応お飾り看板が綺麗になったものね)
そう適当に納得すると、私も自然と笑みがこぼれた。
『ありがとうございます』
「……お前な、そこはせめて書けよ」
(確かに)
そう突っ込まれると、急いでペンを走らせた。
「まぁ、ルミエーラらしくていいんだけどな……」
(ならいいじゃないですか)
小さな声に突っ込み返しながらも、新しく文字を書き起こした。
『ありがとうございます、大神官様。おかげさまできれいに治りました』
「……あぁ、よかったよ」
(また笑った! ……今日はこの後雨でも降るかな?)
安心したという笑みを向けられたが、今度は不思議よりも驚きが勝った。
ルキウスは最後に右手をもう一度だけ見ると、自分の席に戻っていった。
「ルミエーラ、今後しばらくは絶対に見合い話は持ってこないから」
(是非ともそうしてください!)
「……今度は必ず守る」
(大神官としての矜持がありますもんね!)
私としても、こんなにエネルギーを使う出来事は二度とお断り。そう思うと、ルキウスの言葉に力強く何度も頷いた。
約束のような言葉を受け取ると、今日の面談はこれで終わった。
(あれ? 今日は能力のこと聞かなかったな)
部屋をでると、いつもと違った終わり方に気がつく。
(……やっぱり、今日は雪が降るかも)
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