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78.護衛騎士の帰還
しおりを挟む回帰直前に起こった全てのことを、順を追って丁寧に説明した。
「……なるほど。だから今回、大神官がルキウス様ではないという異例な状態になっているわけですね」
今どこにいるかわからない、何度もお世話になった、私にとっては真の大神官であるルキウス。彼の姿を思い出しながら、力なく頷いた。
「今サミュエル様が大神官で居続けるのは、回帰の理由である最愛の方を助けるため」
アルフォンスは一つ一つ状況を整理して、複雑に絡まった記憶をほどいていった。
「そのために他人の人生を入れ換える、ですか」
(…………)
初めにサミュエルは、身分という肩書きや立場が似ていることからアルフォンスを身代わりにしようと企んだ。それは失敗に終わり、今度は聖女である私が身代わりの対象となっている。
思うことがあった私は、そっとペンを持って自分の考えを記し始めた。
『成功はしないと思う』
「……サミュエル様が神に等しい力を持っていても、でしょうか」
アルフォンスが抱く疑問は当然のものだ。誰でも、神または神に近しい存在となれば不可能はないと思うはずだから。そしてそれは、サミュエルでさえも同じで、彼の場合はその思い込みにすがり続けているように思う。
それでも世界は残酷なもので、サミュエルの願いはどんなに抗っても叶えられないのだ。その理由を含めて、アルフォンスに返答した。
『神であっても、人の生死に関わることだけは変えることができない。そうレビノレアが教えてくれたの』
「!」
これ以上ない、絶対的な根拠。神が言っていたから。同時にそれは、光を見出だすことのできない重い言葉ともなる。
それを伝えると、アルフォンスも納得したようだった。
「……覆せない運命、ということなのですね」
(……えぇ)
愛する人を救いたいというサミュエルの想いは、痛いほどわかる。私が彼の立場だとしても、同じ道を進まない保証はない。
(たまたま……私が止める側の人間だっただけ)
そう理解すればするほど、サミュエルのことを恨めなくなっていた。
何度も、何種類もの方法を試して、今もなお諦められない人間に「諦めろ」と宣告するのはあまりにも酷なことすぎる。
ーーそう迷っていた時期も確かにあった。
それでも、決意することができた。
(…………でも、私は聖女だから)
必ず止めると、レビノレアに約束した。そのために呼ばれたのが私で、サミュエルを止めて世界の流れを再び動かすことが私の使命だから。
ぎゅっと手のひらに力を入れると、アルフォンスはその上からそっと手を重ねた。
「ルミエーラ様」
(はい)
「もう二度とお傍を離れません」
(!)
力強くも優しい眼差しは、私の心まで包み込んで支えてくれた。
「ルミエーラの選ぶ道に、私はどこまでもついていきます」
(……ありがとう、アルフォンス)
いつでもアルフォンスは私を励まして、心強い言葉をくれる。その言葉が、声が、いつも以上に胸に染み込んで心を温めてくれた。
つい先程までの他人であった時間が嘘みたいに、私にとっての変わらない護衛騎士であるアルフォンスが隣にいてくれる。それが何よりも嬉しくて、心強い。
(あ……どうしよう)
言葉で表せないほどの嬉しさが込み上げてきたからか、再び涙まで浮かび上がってしまった。すると、アルフォンスは私の目尻に手を伸ばして涙を拭った。
「……もう二度と、悲しい涙も流させません」
(……約束よ)
「約束です」
小指をそっと出せば、アルフォンスは拭わなかった反対の手で指切りを交わしてくれた。
作業部屋に、かつての雰囲気が戻ってくると一気に明るくなった気がした。和やかな空気が流れ始めたその時、アルフォンスが何かを感じ取った。
「…………外が騒がしいですね」
(騒がしい?)
「はい。誰かがこちらに向かってくる気配が」
(……!)
その言葉に頭を働かせると、足音の持ち主が誰だかわかった。
(バートンだ!!)
まずい。今のバートンはアルフォンスを知らないのだ。つまり、もし今この状況を見られれば、あらぬ誤解を生む上に、色々と問い詰められるのは避けられない。
慌てて文字を書き起こしていく。
『バートン! バートンが帰ってきた!』
「神官長様ですか」
伝えたいのはそれだけないので、急いでページをめくって更に手を動かしていく。
『だから隠れて!』
「えっ」
突然の展開に、さすがのアルフォンスも理解が追い付いていない様子だった。説明する時間も惜しいので、私は作業部屋を見回した。
(隠れられる場所……隠れられる場所……)
キョロキョロと見回すと、書類を置く棚が目に入った。そして反射的にアルフォンスの腕を掴んで、二人で立ち上がった。
「ル、ルミエーラ様!?」
(こっち!)
棚の前に連れてくると、身振り手振りで中に入ることを伝える。
「こ、ここには入らない気が」
(大丈夫、多分入るわ!)
「……」
確かに棚の高さはアルフォンスの腰くらいで、横に大きいものだった。
(丸まればいけるわ!)
手で丸を作りながら、いけることをどうにか伝える。足音が私にも聞こえるほど近付いて来たところで、アルフォンスは意を決したように中に隠れた。
その瞬間、扉がノックと同時に開くのだった。
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