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77.声に導かれて

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 茶葉を取りに行くと言っても、隣の備品がまとまって置かれている部屋に行くだけだった。

(茶葉、茶葉……)

 滅多に来ないこともあって、探し当てるのには少し時間がかかってしまった。

(……今度ここ掃除しに来よう)

 所々埃が見え、掃除が足りないのは明らかだった。

(掃除は当番制だけど、ここは対象外なのかもしれない)

 かく言う私も頻繁にこの部屋を訪れるわけではないので、あまり詳しいことはわからなかった。考え過ぎても仕方ないので、動かしたものを元通りに整理して部屋を後にすることにした。

 扉に近付くと、中からなにやら物音が聞こえる。

(……もしかして座ってないのかな)

 疑問を浮かべながらそっと扉を開ければ、部屋の中は思いもよらない光景で広がっていた。
机の上に、書類が乱雑に並べられていたのだ。

(窓でも開けたの……?)

 何か不穏な様子を感じながら、最後まで扉を開けばそこには頭を抱えるアルフォンスがいた。

「うっ」

 見るからに激痛に襲われているようで、これ以上ない彼の苦しみを表情が表していた。こんなに辛そうなアルフォンスは初めてで、驚いてしまった。だがそれよりも、心配の気持ちの方が大きく上回ってしまったのだ。

「アルフォンス!!」

気が付けば彼の名前を呼び、傍まで駆け寄っていた。倒れそうになる背中に手を伸ばして、なんとか支えようとする。すると、彼はこちらを向いて力なく微笑んだ。

 その笑顔からは、どこか懐かしさを感じて。

 私の思考が追い付くよりも前に、アルフォンスが私の名前をそっと呼んだ。

「ルミエーラ、様……」
(!!)

 それは、今までの他人としての無機質な声色ではなくて。
 何度も聞きたかった、聞いていたかった暖かい声。

 その瞬間、アルフォンスは倒れそうになる体をどうにか起こして、そのまま勢いで私を抱きしめた。その事実が信じられなくて、夢かと思うたびに、アルフォンスの包み込む力は強まっていったのだった。

(……夢じゃない。嘘じゃない)

 温もりが心の芯まで伝わると、ようやく理解が追い付いて、どんどん涙がこぼれ落ちてしまった。

「ルミエーラ様…………お傍を離れてしまい、大変申し訳ありません」

 聖女様。ではなくルミエーラ。そうアルフォンスに呼ばれることで、嬉しくて仕方なかった。聖女様と呼ばれる度に、私の胸は苦しくなっていたから。その嬉しささえも涙に変わっていって、私の涙は収まる気配が一向になかった。

(…………本当よ)

 そう心の中で小さく呟きながら、感じていた苦しさを小さな怒りに変えて、アルフォンスの胸を叩くことでその思いを伝えた。

「すみません……」

 その表現に謝罪が返ってきたが、声色は明るいものだった。
 私が叩くのをやめると、アルフォンスはお互いに顔を見える程度に体を離した。といっても、彼の腕は私の体を支えたままで、距離は変わらないままだった。

(……アルフォンスも泣いたのね)

人のことが言えないほど、恐らく私の顔も酷いものだが、アルフォンスの目にはまだ涙が残っていた。それを拭おうと手を伸ばすと、それを察したアルフォンスが少しこちらに顔を近付けた。

 やはり私の顔も相当酷かったようで、今度はアルフォンスが私の顔に残った涙を拭ってくれた。

(……お互いたくさん泣いたなぁ)

 拭ってもまだアルフォンスの顔はほんのり赤いので、自分も同じであることは容易に想像できた。

 お互いにようやく落ち着くと、二人並んで座ることにした。

「ありがとうございます、ルミエーラ様」
(……?)
「あの時名前を呼んでいただけたから。思い出せました」
(それは偶然だと思うけど……それよりも、この書類のおかげじゃ)
「間違いなく。ルミエーラ様のおかげです」

 私の心を視線から察したのか、アルフォンスは念を押すように感謝を告げた。

「……確かにこの書類は、きっかけをくれました」

 そう呟いたアルフォンスは、推測を語り始めた。

「恐らくですが、私はサミュエル様……今は大神官様ですね。彼に記憶をいじられたかと」
(私もそう思う)

 アルフォンスの目を見ながら、頷いて同意した。

「私が……本来何者であったか思い出せないように仕向けたんだと思います」
(……意地の悪い)
「だから、ルミエーラ様本人ではなく、関連する何かが必要だったんだと思います」
(確かに。スケッチブックに、この書類。何度も見たものだから、思い出せたのかも)

 サミュエルの思惑通り、確かにアルフォンスは今回の回帰で記憶を意図的になくされ、その上これまでとは違う道を歩かされた。そこまでして、サミュエルは私とアルフォンスを離したかったようだ。

(それでも、アルフォンスは思い出してくれた)

 奇跡が起こったのは明らかだった。本当に良かったと安堵のため息をつけば、アルフォンスも同じ思いであることが表情から読み取れた。

「今更ですが、念のための確認をしても?」
(もちろん)
 
 問いかけに即座に頷くと、アルフォンスは笑みを浮かべながら確認を始めた。

「私の記憶は少々複雑になっているのですが、回帰したということであっていますか?」

 今度は、申し訳ない気持ちを含めながら頷くのだった。
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