80 / 115
80.聖女と護衛騎士の時間
しおりを挟む冗談なのか頭の回らない様子で不意にでた言葉なのかはわからない。どちらにせよ、本心ではないと受け取った私は横になるように、椅子を指さした。それが伝わったのか、アルフォンスは笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
(……さっきのは聞き間違いね)
感謝を受け取り頷くと、私はアルフォンスに邪魔にならないように移動しようとした。しかしその瞬間、腕を優しく引かれて椅子に座らされた。
(……え?)
何が起こったのか理解しきる頃には、アルフォンスは膝の上に頭を置いていたのであった。
(…………え?)
予想外の言葉を投げかけられたかと思ったら、まさか実行されるとは思わず、私は固まってしまった。そんなことも知らずに、アルフォンスは幸せそうな表情で横になっていた。そんな表情を見せられては、抗議したい思いも沈めるしかなくなる。
小さくため息をつくと、私はそっとアルフォンスの頭をそっと撫でた。
(お疲れ様、アルフォンス)
余程疲労が溜まっていたのか、アルフォンスはすぐに眠りについてしまった。寝息を立てている姿は珍しく、いつも護衛騎士として傍にいる彼からはかけ離れた姿だった。その様子を微笑ましく眺めながら、時間を過ごした。
こうして少しの間、アルフォンスを労わるためにこの体勢を続けるのだった。
「……おはようございます」
(おはようございます)
まだ目が起きてないアルフォンスだが、意識は覚めているようだった。
「すみません……どれくらい寝ていたのでしょうか」
(そんなに経ってないと思う)
ちょっと、というのが伝わるように手を使って表せば、彼は安堵のため息をついた。起き上がると、二人並んで座る構図になった。
「ルミエーラ様。今日分の業務は終わっておりますか?」
(ううん、まだ)
首を横に振って答えると、アルフォンスは書類に手を伸ばした。
「では終わらせてしまいましょう」
(……いいの?)
「今までも二人でやってきましたから。時間なら気お気になさらないでください」
アルフォンス曰く、自分は既に成人済みかつ騎士であるため、帰りが多少遅くなっても誰からも怪しまれることはない。問題は、それよりも教会から脱出することだとアルフォンスは続けた。
「ですが抜け道があるんですよね?」
(ありますとも)
私がバートンにギリギリバレずに外出できたのはそのおかげだから。
『帰りはそこを使って。案内するから』
「ありがとうございます。では明日からはその道を使って来ますね」
(…………)
そう言われると、考え込んでしまった。
(今回は前回までと大きく違う……)
アルフォンスの言葉は、ディートリヒ侯爵邸から教会を通うという意味だった。
(同じ王都内とはいえ、通うのは大変だよね)
どうするべきか悩んでいれば、アルフォンス何も気にすることなくただ一言伝えた。
「私はルミエーラ様の護衛騎士ですから」
傍にいるために、そして守るために。そのためならどんなに難しいことでもこなすという、確固たる強い意思が眼差し、表情、声色から感じ取れた。
(……ありがとう、アルフォンス)
自然と笑顔を浮かべると、私はその意思を大事に受け取った。
「何か必要なことがあれば、何でも申し付けてください」
隠し通路に到着すると、最後にそう伝えてくれた。アルフォンスを見送る形で、私は廊下から彼を見上げた。その瞬間、廊下の奥から足音が響いてきた。
「またここに来てるんですかぁ?」
(!)
視線を向けると、ジュリアがこちらに向かってきていた。
(見張ってたの? しつこい人ね……)
アルフォンスと交互に視線を動かす。
(……ジュリアの場所からならアルフォンスは見えない。早くここを抜けてもらわないと!)
アルフォンスに隠し通路を指差して急ぐよう、動きで指示する。焦った表情からも、きっと彼なら読み取ってくれると思いながら伝えた。
「……」
しかし、何故かアルフォンスは微動だにせずただ小さく微笑んだ。その間にもジュリアはこちらに向かっており、わたしのすぐ近くまで歩いてきた。
(このままだと見つかるーー!)
「聖女様。何をなさってるんです? 私にも教えてくださーーうっ!!」
意地の悪い声は、途中で途切れた。何が起こったか確かめようとすれば、少し経ってからアルフォンスが教えてくれた。
「危ない輩かと思い対処しましたが……この方は一体」
(あ……えぇと)
華麗なる手刀でジュリアを気絶させたアルフォンスに、急ぎ世話係の話を簡潔に伝えた。
「なるほど、大神官の影響がここにも及んでおりましたか」
(なかなかに厄介な娘なのよね……)
「彼女についてはどれくらいご存じで?」
そう尋ねられても、私はジュリアに関して何一つ詳しく知らなかった。首を横に振ると、アルフォンスは「そうなんですね」と優しい声で反応してくれた。
隠し通路がバレてはいけないので、少し離れた場所にジュリアを移動させてもらった。
「しばらくは起きないと思いますので、ここにそっとしておくと良いと思います」
(本当にありがとう)
こうしてアルフォンスを見送ると、私はジュリアを置いて一人作業部屋に戻るのだった。
10
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる