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88.聖女の使命
しおりを挟む確かに私は目の前にいる女性、クロエさんのことを能力を使って助けた。ただその後、同じく能力を使って記憶を消したと思っていた。
(しくじった……私が消したのは、男二人をぶっ飛ばした時の記憶だけ…………はぁ、この能力、融通というものは利かせてくれないのね)
わかっていたことだが、改めて記憶の整理ができた。
(つまり、アルフォンスを探しにいったあの日に出会った少女がクロエさん……サミュエルの奥様。そして彼女もまた、回帰のことを知ってる)
思いもよらなかった展開に、冷静に今後について考えていく。アルフォンスが疑問を解消したところで、今度は私がクロエさんに聞きたいことを尋ねた。
『クロエ様、貴女は私に何を助けてほしいんですか?』
「……聖女様なら、この回帰を終わらせられるのではないかと思って」
(…………あぁ、貴女だったのね)
その切実な思いにのせた声には、聞き覚えがあった。レビノレアに呼ばれた気がした、あの日。白い空間で神に願う声として耳にした声と同じ声に聞こえた。
『その願い、しっかりと受け取りました』
「!!」
「ルミエーラ様……」
アルフォンスの穏やかな声が、同じ思いだと言われている気がして安心する。
「お願いします、聖女様……どうかもう、終わらせてください」
(……約束する)
改めて並々ならぬ思いが声色から感じられ、その思いに応えるように力強く頷いた。
「……そうと決まれば、目指す場所は一つですね」
「……はい、向かいましょう」
(目指す場所)
方向感覚のない私でも、その言葉から察せられた。先方を遠い目で見つめる。
目指す場所、それは間違いなく神殿。
確認をすると、再び二つの馬が走り始めた。最初、アルフォンスの方が先行するという話になったが、サミュエル達がやってくるのは間違いなく後方。ということで、クロエさんが先行することになった。
(神殿への道がわかるのは……何度も行き来したから?)
知り合ったばかりということもあって、クロエという人物には様々な謎が残るばかりだ。それでも共に行動するのは、あの日の声が頭から離れないから。
(……切実な思いに嘘はないと思うから)
そう考えながら、クロエさんの後ろ姿を見つめていた。じっと眺めていると、アルフォンスが少しかがんで、耳元に顔を近づけて声をこぼした。
「……ルミエーラ様」
(?)
「トルミネ嬢……クロエさんについてですが」
その言葉に相槌を打つ。
「彼女……回帰を終わらせたいという目的は明確ですが、理由に関しては一度も語っておりません」
(あ……確かに)
はっと我に返るように、目を見開く。
「もしかしたら……サミュエル側かもしれません。彼女は仮にも妻ですから」
(それは…………)
「生存意欲があるのなら、ルミエーラ様を犠牲にしてでも生きたいと願う可能性もあります」
(…………)
アルフォンスの言葉が理解できないわけではない。むしろ、そう考えるべきであって、クロエという人物には警戒をし続けるべきだと本能ではわかっていた。
それでもやはり、あの日の声が忘れられなかった。
黙り込んだ様子も見たからか、アルフォンスは私を支える腕の力を強めて優しい声でささやいた。
「ルミエーラ様。ルミエーラ様はご自身が信じ、選びたい道を選んでください。何か危険なことがあれば、必ずお守りしますから」
(アルフォンス……)
伝えられてないこともあるのに、アルフォンスは私の中の葛藤全てを飲み込んで包んでくれた。
「先ほどまで述べた気持ちも本意ですが、警戒することは私にお任せください」
(……ありがとう、アルフォンス)
温かすぎる言葉が、胸に染み込んで涙が浮かんできた。アルフォンスの手の上に自分の手を重ねて、感謝の気持ちをできるだけ伝えられるように返した。
そして、再び前を向く。
神殿に近付く度に緊張が増していく気がした。
◆◆◆
〈サミュエル視点〉
なんとなく、クロエがいつもと違う気がしていた。ただ確信が持てなくて、気にすることをやめた。他にもどうにかしなければいけないことがあったから。
それに、クロエならわかってくれる。
そんな甘えがあったのかもしれない。
だから、彼女が目の前からいなくなるだなんて思いもしなかった。
焦りが沸き起こる中、依然として聖女の居場所もクロエに関しても進展がなかった。苛立ちが増すなか、席を立った。
そして自然と神像のある、本堂へと足が進む。
(……神像、これに頼る日が来るとは)
上を見上げて、目を閉じる。
(聖女が行き着く先には、必ず神像があるはずだ)
神に近しい力は、ほとんどのことができた。その力を頼りに、聖女の場所を割り出す。
「……はっ。まさか神殿とはな」
神殿にいる神像から、特殊な気配を感じ取った。
逃亡したのは察していたが、神殿にいるとは予想しなかった。
「……クロエ」
それよりも、彼女がそこにいるとは。
「……ちょうどいい。少し早いが、計画を遂行しよう」
笑みを深めると、神聖力を使って神殿へと移動するのだった。
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