滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

文字の大きさ
27 / 79

26. 奔走する侍女

しおりを挟む


 春シーズン最終日。
 今日はお嬢様の選考日である。

 私は朝からバタバタと忙しくしていた。

「お嬢様、湯浴みをしましょう!」

「えぇ、お願い」

 夕刻開催だが、女性の準備は時間のかかるものだ。

 普通、昼前までにある程度下準備を済ませておかなくてはならない。だが、ある考えを持つ私は昼前までに全てを終わらせるつもりでいた。

 また、誰かのパーティー準備など初めてである私は、時間の使い方がいまいちわからなくて焦っていた。

「お嬢様、髪を乾かしますね」

「ありがとう」
 
 普段ならお嬢様付きの侍女は複数いた為、準備は楽なものであっただろう。今回は私一人で全てをこなすので、異常なほど時間がかかる。

「お嬢様、ドレスが先ですか?髪のセットが先ですか?それとも」

「髪と化粧を先にしましょう」

「はい!」

 化粧と言ってもお嬢様はとても整った顔立ちなので、少し薄いくらいが丁度よい。髪の毛は下ろすが、綺麗に揃えた。頭の左側に装飾品をつける。

「ドレスにいきます」

「えぇ」

 コルセットをきつく閉めるが、私の腕の力が足りない。限界値まで踏ん張った。さすがお嬢様、全く動じない。

「痛くないですか」

「慣れているから平気よ」

 下準備が終わり、ドレスを取り出す。

 今回パーティードレスは大公家から用意された。お嬢様が紫色の髪の毛に合わせた水色のもの。お嬢様曰く、このドレスは王家お抱えの有名なデザイナーの方によるドレスだそうで。昨日偶然ベアトリーチェ嬢のドレス姿を見かけたが、全く違うデザインの黄色を基調にしたものだった。

「それにしてもとても華やかなドレスですね。普段お嬢様が着られているものとは、タイプが違うと言いますか」

「まさかこんなに素敵なドレスを用意していただけるとは思わなかったわ」

 お嬢様の美貌や品の良さが映える、よくできたドレスだ。裾を通してシワができないように丁寧に扱う。

「で、できました……」

 何とか昼前に終えることができた。
 この後は本館へ移動して、大公家の方々に最終調整をしていただく。
 
 実は、これを利用させてもらった。

 フローラ様付きの侍女は一人でかつ初心者で準備には不馴れな者。だから、ベアトリーチェ嬢と比べて遥かにお直しの時間がかかる。と大公家の使用人へ伝えた。結果、昼前に来るよう返事がきた。

 本来ならば本館にお嬢様と向かい手直しの手伝いをするのだが、侍女同伴を控えるように言われた。何でも昨日のベアトリーチェ嬢のお直しの際、お付きの侍女達が異常にうるさかったようだ。集中できないことから大公家の侍女長より、今回は侍女は別館待機となった。いい迷惑であるが、良かったとも言える。

「ご苦労様シュイナ。ゆっくり休んでちょうだい」

「はい、見送りはここまでですが健闘を祈っています」

「ありがとう。…………では、いってくるわ」

「いってらっしゃいませ」
 
 昨日の夜から朝まで見せていた緊張は嘘のように消え去り、堂々とした後ろ姿を見送ることができた。

「………よし」

 ここまでも大切な時間だったが、これからも重要な任務が控えている。

 お嬢様を本館へ送り出す時間を早めたことは、当然ながらベアトリーチェ嬢達は知らない。まだ別館にいるという考えを利用して、お嬢様の代わりにことにした。いわゆる身代わりというやつだ。もちろん本人は何も知らないが。

 急いでお嬢様の部屋に戻ると、結界を展開させて魔法を使った。今日使うのは変身魔法である。いつも使っている認識阻害魔法では、持続的に使うとなると魔力が漏れてベアトリーチェ嬢にバレてしまう可能性がある。普段のは顔だけで範囲が狭いために使う魔力が少なく、誰にも気づかれていない。

 だが、今回は私の体全体に魔法をかけてお嬢様に見せるのだ。だとしたら、変身魔法の方がリスクは低い。

 そして、今回誘拐の実行犯はベアトリーチェ嬢ではなくどこかから雇った人間だ。それならば、特徴さえ似せれば例え背丈が多少違っても気づかれはしないだろう。

「よし」

 鏡の前で、先程まで見ていたお嬢様の髪型からドレスまで同じものにする。クオリティは申し分なく、本人そのものである。

「後は待つだけ」

 何らかの接触から誘拐へと発展させるだろう。その時が来るまで待つことにした。

 しばらく経過して、昼を少し過ぎた。

「……来た」

 気配を察知した直後、扉のノック音が響きわたる。

「はい」

「リフェイン公爵令嬢様、準備はお済みでしょうか本館へお越しください」
 
「わかりました」

 なるほど、使用人に変装して別館へ立ち入ったのか。今日と昨日のこの時間帯は使用人方も忙しく、別館には人気があまりない。護衛さえくぐれば案外簡単に別館にならば入ることができる。その護衛を掻い潜るためにダンスの教師は利用されたのだろう。

「お待たせしました」

 扉を開けて使用人に背を向けた瞬間、後ろから睡眠薬を嗅がされる。

 残念ながら耐久のある私には効かないが、ここは効いたふりをして倒れた。
 
 使用人に変装した男は私を担いで別館の外へと急ぎ足で向かう。起きていることに気づかれないように、微動だにして動かない。

「……………!」

 裏門へたどりつく際、感じた異変に少しだけ目を開ければフィーディリアの花々がかすかに光っていた。

 それを見て、ようやくベアトリーチェ嬢の謎がわかったのであった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...