滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

文字の大きさ
30 / 79

29. 最終日の前日(ある貴族視点)

しおりを挟む

 今回は、最終日前日のパーティーへ参加したある貴族の視点となります。

△▼△▼△▼



 春シーズンの社交界。

 今日はその最終日前日だ。

 今日と明日の二日間、大公殿下がご参加なさるらしい。と言っても、あくまでも噂なだけで確定的な情報ではない。

 恋愛がで有名な大公殿下が重い腰を上げて婚約者決めを始めたというのは、最近の社交界では一番人気の話題だ。

 大公殿下は幼い頃から少年時代まで婚約されていた姫君を亡くされた後に、新たな婚約者を長い期間作らなかった。このことから様々な噂がたっていた。
 
 一つが、婚約者のことを愛していたにも関わらず亡くした喪失感から立ち直れなかった。だが、作らない期間が10年と長かった為に流石に無いかとされた。

 もう一つが、恋愛に興味がない大公殿下がせっかく得た機会を生かしているということだ。昔から神童と呼ばれた彼だが、人望はそこまでなく冷徹な人間として知られていた。機械人間。この肩書き通り、彼は多くの人脈を作らずに少人数を好んでいた。

 人付き合いが嫌いでも恋人くらいは作るだろうとされたが、女性を決して近づけない鉄壁を幼い頃から保ち続けたことから女性嫌いも噂されていた。

 そんな大公も、陛下に命じられてか条件の良い令嬢との縁談が持ち上がった。これを聞いた私を含む貴族達の反応は、「やはりそうか」であった。

 人を嫌う大公は、なるべく自身にとって都合のいい人材で良い付き合い方ができる人間を選んだ。そこに恋愛感情はまるでない。という確信に近い噂が飛び交っていたのだ。

 そして今日、噂の正誤がわかる。

 国随一の美麗さと王族ならではの品格を持つ大公殿下は、常に貴族達の注目の的だった。新たな婚約者が挙がらなかった10年間でさえ、毎年どこかの家が動くのではないか、ある令嬢がアプローチを考えているらしい等と、本人の知らないところで噂が何かしら常に立ち続けていた。

 かくいう私も、大公殿下に関する話は何でも興味がある。それくらい、惹き付ける魅力がある。それは国王陛下の持つ統率力とカリスマとは異なるが。



 本日分のパーティーは既に始まっており、半ばを越えていた。それでも現れる様子が無いことから、大公殿下が10年ぶりにパートナー同伴で参加するという噂が嘘の可能性が大きくなってきた。

 誰もがそう思った時、大公殿下は颯爽と現れたのだ。


「………!」

「まぁ、見て。パートナーを連れてらっしゃるわ」

「あの方は…………確か、ラベーヌ家の」

「それにしても、噂は本当だったということかしら」

「まだ確定できませんよ」

 大公殿下はパーティーそのものに出席することがあまり無い。王家のもののみ顔を出すもの、いつも知らないうちに来て帰っているのだ。今回は同伴者がいることから、人の関心と視線から逃げることは不可能だろう。

「大公殿下が誰かをエスコートするのは初めてでは?」

「以前の婚約者様とはパーティーに出られたことはありませんでしたものね」

「それどころかお姿も見たことがありませんわ」

 大公殿下の登場で静まり返った会場は、すぐさま貴婦人やご令嬢方の噂話で溢れかえる。

「あくまでも噂なのですが、その以前の婚約者様。実は存在しない架空の人物なんだとか」

「さすがにそれは無いでしょう。確か他国の姫と聞きましたよ?」

「姫という立場にも関わらず、一度も我が国デューハイトンにはいらしてないではありませんか」

「確かに、そうですわねぇ」

「しかも、お相手の国は最後まで機密事項として一部の貴族にしか知らされなかったでしょう」

「大公殿下は謎多きお方ですからね、噂は今までたくさん流れてきましたが誰一人としてその答えを知りません」

「所詮、噂は噂で真実は全く違うという展開かもしれませんね」

 品の無い話、大公殿下に配慮した返し等と様々な言葉が飛び交う中で殿下は兄でもある陛下への挨拶を済ませていた。

「あら。挨拶を済ませたみたいね」

「では踊るのかしら」

 半ばが過ぎたとはいえ、まだまだ夜は長い。
 今後の行動が気になる貴族が多く、大公殿下に注目が集まる。

 そういえば、私はあの同伴者であるご令嬢を初めて見た。周囲の話から推測するにラベーヌ公爵家の養子であるみたいだ。ラベーヌ公爵家と言えば、あまり良い話を聞かない。王家への忠誠は示しているものの、公爵家の中では一番危険視されていた。もしかしたら、その抑制のために大公殿下は動かれたのかもしれない。

 そう考えていると、気付かぬうちに大公殿下とラベーヌ公爵令嬢が近くに来ていた。声が聞こえる距離で、思わず聞き耳を立ててしまう。
 
「……殿下、よろしければ踊っていただけないでしょうか」

 その台詞に少し驚いた。
 ダンスに女性から誘うのは不作法とされているからだ。

 近くで見るラベーヌ公爵令嬢は、赤い髪が特徴的で少し圧を感じる強気な女性に見えた。

「まだ正式なパートナーではない。今回は断らなくてはならないが、その時こちらから申し込ませてくれ」

「……………………わかり、ましたわ」

 正式なパートナーではない。その言葉の真意を考えるのに夢中で、怒りと悲しみが混ざった複雑な表情を見ることはできなかった。

 大公殿下の断りから、また新たな憶測が生まれていった。
 
 翌日、最終日の参加時の同伴者を見て我々は更に大公殿下に対する謎が深まるのであった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...