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29. 最終日の前日(ある貴族視点)
しおりを挟む今回は、最終日前日のパーティーへ参加したある貴族の視点となります。
△▼△▼△▼
春シーズンの社交界。
今日はその最終日前日だ。
今日と明日の二日間、あの大公殿下がご参加なさるらしい。と言っても、あくまでも噂なだけで確定的な情報ではない。
恋愛ができないで有名な大公殿下が重い腰を上げて婚約者決めを始めたというのは、最近の社交界では一番人気の話題だ。
大公殿下は幼い頃から少年時代まで婚約されていた姫君を亡くされた後に、新たな婚約者を長い期間作らなかった。このことから様々な噂がたっていた。
一つが、婚約者のことを愛していたにも関わらず亡くした喪失感から立ち直れなかった。だが、作らない期間が10年と長かった為に流石に無いかとされた。
もう一つが、恋愛に興味がない大公殿下がせっかく得た機会を生かしているということだ。昔から神童と呼ばれた彼だが、人望はそこまでなく冷徹な人間として知られていた。機械人間。この肩書き通り、彼は多くの人脈を作らずに少人数を好んでいた。
人付き合いが嫌いでも恋人くらいは作るだろうとされたが、女性を決して近づけない鉄壁を幼い頃から保ち続けたことから女性嫌いも噂されていた。
そんな大公も、陛下に命じられてか条件の良い令嬢との縁談が持ち上がった。これを聞いた私を含む貴族達の反応は、「やはりそうか」であった。
人を嫌う大公は、なるべく自身にとって都合のいい人材で良い付き合い方ができる人間を選んだ。そこに恋愛感情はまるでない。という確信に近い噂が飛び交っていたのだ。
そして今日、噂の正誤がわかる。
国随一の美麗さと王族ならではの品格を持つ大公殿下は、常に貴族達の注目の的だった。新たな婚約者が挙がらなかった10年間でさえ、毎年どこかの家が動くのではないか、ある令嬢がアプローチを考えているらしい等と、本人の知らないところで噂が何かしら常に立ち続けていた。
かくいう私も、大公殿下に関する話は何でも興味がある。それくらい、惹き付ける魅力がある。それは国王陛下の持つ統率力とカリスマとは異なるが。
本日分のパーティーは既に始まっており、半ばを越えていた。それでも現れる様子が無いことから、大公殿下が10年ぶりにパートナー同伴で参加するという噂が嘘の可能性が大きくなってきた。
誰もがそう思った時、大公殿下は颯爽と現れたのだ。
「………!」
「まぁ、見て。パートナーを連れてらっしゃるわ」
「あの方は…………確か、ラベーヌ家の」
「それにしても、噂は本当だったということかしら」
「まだ確定できませんよ」
大公殿下はパーティーそのものに出席することがあまり無い。王家のもののみ顔を出すもの、いつも知らないうちに来て帰っているのだ。今回は同伴者がいることから、人の関心と視線から逃げることは不可能だろう。
「大公殿下が誰かをエスコートするのは初めてでは?」
「以前の婚約者様とはパーティーに出られたことはありませんでしたものね」
「それどころかお姿も見たことがありませんわ」
大公殿下の登場で静まり返った会場は、すぐさま貴婦人やご令嬢方の噂話で溢れかえる。
「あくまでも噂なのですが、その以前の婚約者様。実は存在しない架空の人物なんだとか」
「さすがにそれは無いでしょう。確か他国の姫と聞きましたよ?」
「姫という立場にも関わらず、一度も我が国にはいらしてないではありませんか」
「確かに、そうですわねぇ」
「しかも、お相手の国は最後まで機密事項として一部の貴族にしか知らされなかったでしょう」
「大公殿下は謎多きお方ですからね、噂は今までたくさん流れてきましたが誰一人としてその答えを知りません」
「所詮、噂は噂で真実は全く違うという展開かもしれませんね」
品の無い話、大公殿下に配慮した返し等と様々な言葉が飛び交う中で殿下は兄でもある陛下への挨拶を済ませていた。
「あら。挨拶を済ませたみたいね」
「では踊るのかしら」
半ばが過ぎたとはいえ、まだまだ夜は長い。
今後の行動が気になる貴族が多く、大公殿下に注目が集まる。
そういえば、私はあの同伴者であるご令嬢を初めて見た。周囲の話から推測するにラベーヌ公爵家の養子であるみたいだ。ラベーヌ公爵家と言えば、あまり良い話を聞かない。王家への忠誠は示しているものの、公爵家の中では一番危険視されていた。もしかしたら、その抑制のために大公殿下は動かれたのかもしれない。
そう考えていると、気付かぬうちに大公殿下とラベーヌ公爵令嬢が近くに来ていた。声が聞こえる距離で、思わず聞き耳を立ててしまう。
「……殿下、よろしければ踊っていただけないでしょうか」
その台詞に少し驚いた。
ダンスに女性から誘うのは不作法とされているからだ。
近くで見るラベーヌ公爵令嬢は、赤い髪が特徴的で少し圧を感じる強気な女性に見えた。
「まだ正式なパートナーではない。今回は断らなくてはならないが、次回があればその時こちらから申し込ませてくれ」
「……………………わかり、ましたわ」
正式なパートナーではない。その言葉の真意を考えるのに夢中で、怒りと悲しみが混ざった複雑な表情を見ることはできなかった。
大公殿下の断りから、また新たな憶測が生まれていった。
翌日、最終日の参加時の同伴者を見て我々は更に大公殿下に対する謎が深まるのであった。
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