47 / 79
46. 手懸かりとなる噂
しおりを挟むラベーヌ公爵についてお嬢様は話し出してくれた。
「ラベーヌ公爵と言えば欲深くて野心の強い人として有名ね」
「聞いたことがあります。田舎にまで届くほど有名ですね」
「みたいね。元々ラベーヌ公爵家は栄華を誇った時代があったけど、その後どんどん衰退していって今に至るの。栄華を誇った時は筆頭公爵家とまで言われていたくらい」
「華やかな姿を取り戻したいということでしょうか」
「恐らく。ここ数年のラベーヌ公爵が欲が無かった訳ではないけど、現公爵が突出しすぎてるのよね」
長年栄華を取り戻そうと画策してきたラベーヌ公爵家。一段と欲の深い公爵が現れたことに加えて、彼にとって強い意味のある切り札を手に入れられたという状況。これがかなりよろしくないことは、王家と大公家ならば当然感じていることだろう。
「ベアトリーチェ様という存在が何を意味するのか……私達とラベーヌ公爵の考えはきっと異なるでしょうね」
「そうですね……」
「目的が生まれたから……言い方を考えないと使い道があるからベアトリーチェ様を養子に取ったことに間違いはないのよ」
「はい」
2人で頭を悩ませるも、上手い答えは見つからない。
「お嬢様、ちなみに有名ではない噂とは何ですか?」
「例えば、国の許可無しに他国との繋がりを持っているや人身売買をしているとかかしら。でも、どちらも嘘であることが裏では証明されてるの」
高位貴族だから知る内容だとお嬢様は言う。
「こういうことは公には調べられないから王家専属の影という名前の諜報員が調べたりするのだけれど結果は白と出てるわ。けど、公言するのは勝手に調べたことをばらすことになるでしょう?だから真実は知らない人が多くて噂になるという形かしら」
「そのような貴重な情報は私に話して大丈夫でしょうか」
「平気よ。少なくともシュイナがラベーヌ家の味方でないことはわかるもの」
「なるほど」
「あと、流れている噂はどれも嘘のようなものばかりね」
曰く、ラベーヌ家をよく思っていない家門が流す噂なんだとか。ラベーヌ家自身が火消しをしないために、様々な憶測が噂となって流れ続けているようだ。
「ラベーヌ家は周囲の貴族から恐れられている訳ではないということも、噂が流れる原因の一つかしら」
「恐れられる要素がないのですか」
「そうね。正直に言ってしまえば、ラベーヌ公爵家よりも優秀な侯爵家はいるの。もっと言えば伯爵家でさえ勝るかもしれない。それほどまでにここ数十年のラベーヌ公爵家は力を無くしてきた。それでも、大きな不祥事を起こしたことがないのと、公爵という地位を死守するための最低限のことはしていることから、降格や剥奪は決してならないの」
本当にギリギリのところで公爵家を維持して再起のタイミングを狙っているようだ。
「良い目線で言えば、決して諦めることがない姿勢だけど」
虎視眈々と機会を伺うことを数十年行ってきたとすれば、侮ることはできないだろう。
「そう言えば、現公爵に対する数ある嘘に近い噂の中でも……桁違いに酷いものがあったわね」
「酷いもの、ですか」
「えぇ。名誉を傷付けていると言っても言い気がするほどのことよ。といっても、いつものことで噂の出所がわからなかったから咎める対象は今となってはわからないけれど」
出所がわからないほど信憑性の薄い噂は無いだろう。お嬢様がそこまで批判するのならば、それは情報にもなりえないただの陰口ではないか。
「ちなみに、それはどのような噂だったのですか」
「本当に聞いて呆れると思うわよ。何でも、ラベーヌ公爵は魔族研究家なんだとか。私はこれは巧妙な言葉だと思ってる」
魔族、その言葉に体が固まる。
その様子に気付くことなくお嬢様は話を続ける。
「魔族は存在しないとされる架空の存在でしょう。それを研究しているというのは、今の公爵の在り方に照らし合わせて皮肉を言っているものだと思う。その爵位は既に存在しないようなものだ、とね」
「……なる、ほど」
「そもそもこの話が出た背景には、直近でラベーヌ公爵家を辞めた使用人が、最近公爵はよくわからない本ばかり読んでると漏らしたからとされてるけど……。よくわからないという言葉だけで魔族に置き換えるのだから巧妙だわ」
「……そうですね」
呟くような反応になってしまう。
もしも……これが真実でラベーヌ公爵が本当に魔族を信じていたとして。何らかの手段で、その存在の有無に確信を持てたとするのならば。
ベアトリーチェ嬢が怯える理由がわかる気がする。
魔族……その中でも取り分け私達に繋がりがあるのが悪魔と呼ばれる存在だ。悪魔を召喚するには魔法使いの持つ魔力が必要となる。こちらは命の危険はないとは言え、関わるべきではないと教えられた存在だ。
そしてもう一つ、召喚が不可能に近いが可能な魔族いる。それが魔神。これは殆ど命と引き換えでないと召喚とならない。魔神はこちらの世界で実体を保つことはできない。そのため依り代を用意する必要がある。その依り代は魔法使いしかできず、魔力のない体には移れないのだ。奴らはどんな願いも叶えるとされているが、その代償が何かは不明だ。命と書かれた書物もあれば願いの持ち主の一番大切なものとも書かれていた。
といっても、魔力が少なければ呼び出せる魔神の格は限られている。そのためベアトリーチェ嬢を依り代にした場合呼び出せる可能性はあるが、叶えられる範囲は狭いだろう。
しかしそれならば、ラベーヌ公爵はベアトリーチェ嬢をそう言って脅しているのかもしれない。魔神の依り代にする、と。
そう言えば、滅びた国からは逃げる一方でその後にあの書庫室がどうなったかなど具体的に考えたことはなかった。心のどこかでその本でさえも消滅したと感じていたから。
もしその勤めていた使用人の言葉が本当で、公爵の手に魔族の本が渡っているとしたら……可能性はあるだろう。
栄華を取り戻そうと、虎視眈々とどんな機会でもいいからチャンスを狙っていた人ならばあり得る話だ。
これが、仮想が現実か調べる必要がある。もし本当に魔神を呼び出すようなことになっては取り返しがつかなくなる。
真実を知る。その為に私は……ベアトリーチェ嬢本人と話すべきだ。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】ご期待に、お応えいたします
楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。
ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー
ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。
小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。
そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。
けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる