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53. 好まれる者
しおりを挟む最終選考当日に本館を全速力で走る姿は、周囲の使用人からしたら驚愕ものだ。滞りなく選考を行うのが彼らの今日の役目なだけあって、何人かは私を引き留めようとする。
だが、そんな制止を聞ける余裕はないのだ。事態は刻一刻を争う。人の命が、リズベットの人生がかかっているのだから。
「……っ!」
重い本館の玄関を体当たりで開けて、目前に広がるフィーディリアの花が広がる門前へ急ぐ。
「……いた!」
リズベットと一人の男を視界に捉える。無我夢中に走った甲斐があったか、何とか間に合ったようだ。
「私を……私などを依り代にしたところで、あなたの望みは何一つ叶いませんよ」
「安心しろ、そんなことは決してない」
「……っ」
花々を背後にリズベットは追いやられていた。初めて見るラベーヌ公爵からは、ただならぬ不穏な雰囲気を感じられた。
「私が半端者で魔力量が少ないことを……公爵、貴方も知っているでしょう」
「あぁ、知ってるとも。だから最適なんじゃないか」
「……何を」
「…………」
息を整えながら、公爵の言葉を聞こうと耳をすませる。
「とても幸運なことに、私はかの国の魔族について記述された本を手にしたのだよ」
「………」
予想が当たったことに、不安が増す。そして公爵の発言から、彼の持っている知識は私が持つことができなかったものな気がした。
「そこには書かれていた。半端者こそ、依り代に相応しいとな」
「……え」
「……」
「魔族を……魔神を召喚するには魔力量が必要なのは知っているだろう」
「だから、私にはそれがないと」
「残念なことに、その考えは違う!」
リズベットの言葉を強く遮り、牽制する。
「書物によるとな、魔族にとって魔法使いは好物であるが優秀であればあるほど相性が悪くなる。どうやら強く優秀な魔法使いは自然と魔族に対してフィルターがかかるようでな。だから彼らは半端者と相性がすこぶる良い」
「……っ」
リズベットの顔色がどんどんと悪くなっていくのがわかる。
「だが、それでもお前1人では私の願いは叶えられないさ。かの国では数でどうにかした場合もあったようだが……。だが、今の私には数など必要ない。わかるだろう?魔力ならここにある。だからフィーディリアの花が唯一咲くこの大公家が必要だったんだよ!」
「………嘘よ」
「フィルターのかかっていないお前の体に大量の魔力を注げば、どんな魔神でも呼び込める!」
「フィーディリアの花は……そんな都合良く……」
助けてくれる存在ではない。私もそう考えたが、気まぐれな花が私たちを突き放さない保証はどこにもない。
「知ってるさ、気まぐれな花だろう。フィーディリアの花がそう呼ばれる由縁は、花がまるで感情を持っているように動いているからだ。その通り、花にも好き嫌いがある。意思を持っている。フィーディリアの花はな、魔法使いそのものを好むんだ。力量に関係なくな。お前以外の魔法使いが消えた今、花は喜んで力を貸してくれるだろう!」
花についてまで知識を得ている姿を見ると、悔しさが込み上げてきた。リズベットは、この知識を得た公爵に完全に手のひらで転がされたのだ。
「良かったなベアトリーチェ。お前は世界で初めて花に意図的に力を貸してもらえる存在になるのだから」
「……嫌、嫌よ」
後退り、どんどんと花畑に入っていくリズベット。このまでは不味い。
魔神召喚は、依り代さえ確保できればそこに魔力はいらない。魔方陣と依り代が重なればそれで入り口が完成されるのだ。公爵の手に見えるのはお手製の魔方陣が書かれた紙。あれがリズベットに触れたら手遅れになる。
「来ないで…………お願い、助けて」
「今更その言葉を聞くとでも?」
違う。その助けては公爵にではない。
私がいることに気づいたリズベットが私に求めたものだ。
「……ラベーヌ公爵!」
「誰だっ!」
少しだけ離れた場所から、公爵に制止をかける。
「一介の侍女が何のようだ。私は今とても気分がいいからな、親切に忠告してやろう。ここから去れ」
「ならば、私も忠告しましょう。私はベアトリーチェ様と同じくエルフィールドの生き残りで魔法使いであります」
話しながら、少しずつ近づいていく。
「……面白い事を言うな」
「はったりではありませんよ」
「……!」
公爵が被っている帽子を魔法で浮かせる。
本当はあの魔方陣が書かれた紙を吹き飛ばしたかったが、下手に飛ばしてリズベットについては終わりだ。
「…………」
「…………」
納得をしてるからなのか、沈黙して顔を伏せる公爵。
「…………………いい、いい、実にいいぞ!」
「何を」
「この程度の魔法しかつかえぬ貴様も所詮、半端者ということ。依り代が2体に増えるなど素晴らしいではないか!」
「私は半端者ではありません」
「残念ながら証明にはならなかったな!むしろいいかもが来たというべきか」
「後悔するのは貴方ですよ公爵、お止めください」
「貴様誰にものを言っている?一介の侍女であるお前ごときが、誰に向かって指図をしている」
「……親切に忠告を申し上げているだけです」
「だとしたらそれは失敗だ、不躾な侍女よ」
「もう一度言います。お止めください」
「黙れ。私が気付かないとでも思ったのか。近づいていこれを奪うつもりだったんだろう」
ひらひらと紙をちらつかせる。
「……」
下手に動けないこの状況に頭を急いで回転させる。
「お前が魔法使いだと言うのならば見届ければいいさ、同胞が依り代になる姿をな!!」
「やめっ」
「きゃあっ!!」
その瞬間、リズベットに魔方陣が重なってしまう。
「駄目………っ!!」
剥がす時間も与えずに、リズベットは空へと浮かび出した。
「ははははっ!!成功だ!!!」
公爵の笑いだけが響き渡り、私は頭が真っ白になる。
立ち尽くしたその時、背後に複数の気配を感じた。
「ラベーヌ公爵、貴方は私の屋敷で何をしている」
響き渡る大公殿下の声。後ろにはお嬢様と旦那様もいた。
真っ白になった頭は、その声のおかげで即座に回転し始めた。まだ間に合う。何とかリズベットを助けなければ。
私の目に一瞬、公爵に対する殺意のような怒りが湧いていた。
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