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第一部 お母様の闇落ちを防ぎます!

02.いいですか?推し活の鉄則です

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 翌朝のこと。

 私は黒板と共に足早にお母様の部屋へと向かった。ノックをして部屋に入ると、そこには綺麗なドレスを身にまとう母が立っていた。

「イヴちゃん、おはよう」
「……お母様。どちらに向かわれるおつもりですか?」
「えっ。それはユーグリット様のーー」
「いけません!」
「そ、そんな」

 私は外に置いておいた黒板を持ってくるために部屋を出た。黒板を押しながらお母様の方をじっと見つめる。

「昨日は“推し”という言葉についてお話ししましたね?」
「えぇ。尽くすべき相手と」
「はい。それ以前の話をするのを忘れていました」
「それ以前の話?」

 椅子も持ってきて、それに乗りながら黒板に文字を書いていく。

「私達と、推しという存在の関係についてです」
「関係…………夫婦よ?」
「確かに夫婦です。ですが推しとなった今、その関係はないと思ってください」
「そんな」
「これも新しい愛の形ですから」
「新しい……」

 完全に納得しているとは思っていないが、とにかく勢い命でお母様の思考を侵食していく。

「お母様。推しは神様です。つまりお父様は神様です」
「か、神様」
「お父様をご覧になって、神々しいと思ったことはありませんか?」
「あるわ」
「その神々しさは、他の誰にも負けないと思ったことは」
「当然よ。ユーグリット様より輝く方なんてこの世にいないわ」

 よしきた! そう思いながら繋げた。

「ということは……! お父様は神に等しき存在では? それぐらい尊き存在ですよね」
「……そうかもしれないわ」
「では……もはやお父様は神様では……?」

 ゆっくりと間を活用しながらお母様に尋ねた。

「イヴちゃん」
「はい」

 名前を呼ばれたことに動揺することなく、返事をする。

「そうかもしれないわ……!」
(盲目で良かった~!!)

 お母様に見られないところでガッツポーズをしながら、満開の笑顔になるお母様に私も微笑みを浮かべた。

「ではお母様。神様にしてはいけないこと、とはなんでしょうか」
「それは……失礼なこと、かしら」
「そうですね。もっと簡単にすると、問題を起こして迷惑をかけるといけないですよね」
「もちろんよ」

 なるべく優しい声色でお母様に言葉を並べていく。

「では。神様に近付くこと、ましてやお姿を見ようとするのは良いことでしょうか」
「……それも失礼なことよね」
「その通りです。推しとなったお父様にも同様のことが言えますね」
「……確かに」

 ここで納得できるお母様がもはや怖いまであるが、全てはお母様がお父様に盲目であることからできることだと思っている。

 そして私は、黒板に手を伸ばして大きく一つの言葉を書いた。

「お母様。これから推し活をするにあたって、これは鉄則になります」
「鉄則……!」

 シャキッと背筋を伸ばすと、お母様は黒板に注目した。

「推しは神様、迷惑は厳禁です!!」
「!」

 突然の圧のある声にお母様は驚きながらも、目は真っすぐこちらを捉えていた。そして、少し思考するように間を開けた後納得したような表情になった。

「……そうよね。ユーグリット様に迷惑なんてかけてはいけないわ」
「そのとおりです。これからは今の言葉を鉄則として胸に刻んでほしいです」
「わかったわ、イヴちゃん!」

 力強い眼差しからは、その返事が本意であることが感じ取れた。
 ここまで私の教えたかったことを伝え終えると、本題へと入った。

「そういう訳ですから、お母様。お父様の書斎に突撃訪問するのはお止めになられた方がよろしいかと。お仕事の邪魔になってしまいますから」
「そうね……ご迷惑をかけるのは不本意だわ」

 言いたいことが伝わったことに安堵すると、お母様は眉間に少しシワを寄せながら苦笑した。

「……そうじゃない。ご迷惑になるじゃない」
「……」
「どうしてわからなかったのかしら……馬鹿ね」

 そう呟く姿を見ると、私の胸がどこかきゅっと締め付けられる気がした。

(……お母様。気が付けたのなら、それだけで前進です)

 本心は声に出さず、静かに内心で抑えた。

 感傷に浸り終えたお母様は、ふるふると首を横に振ると気を取り直したようだった。

「さっ。くよくよしてても仕方ないわ」
「そうですね」
「あ……そうだわ。ねぇイヴちゃん。イヴちゃんもこの後、一緒にドレスを新調しない?」
「……ドレス、ですか?」
「えぇ! この後商団が来るのよ」
「…………」

 私が即答せずに沈黙してしまったのには、ここに頭を抱える理由があったから。
 何故か知らないが、お母様はとにかく浪費が酷いのだ。その一つが、ドレスと言われている。

(一週間前も新調したばかりじゃなかった……?)

 笑えない状況だが、私は意を決してついていくことにした。

「是非。ご一緒したいです」
「もちろんよ!」

 取り敢えず日課の書斎突撃をやめさせて、推しという概念を植え付けることには成功した。それに喜びながらも、この後のドレス選びをどうするかに関して頭を悩ましていた。

(ここはあの方法を活用するべきね……)
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