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第二部 義弟の闇落ちを防ぎます!!

17.推し活の極意(ジョシュア視点)

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 いつも通り、姉様と二人馬車で帰路に着いた。

 いつも通り、屋敷に着けばそのまま自室に直行した。

 そして最近の日課である、今日の分の推し活をし始めた。

「………………」
(………………)

 ひたすら無心で、習ったばかりの刺繍を縫い続ける。何かを考えようとする思考をどうにか制して、とにかく無でいるように心がけた。

 そうしないと、今にでも自分がおかしくなってしまいそうだったから。

(…………くっ、駄目だ!)

 気にしたくないのに、そう意識すれば却って頭の中を姉様の笑顔が占めていってしまう。集中力もやがて切れて、無心でいられなくなると、自問自答する時間がやって来た。

(か、勘違いするな。姉様は弟という意味でああ言ったんだ。決して僕の望む意味じゃない)

 ただ、無意識にも手は動かし続けていた。

(む、むしろ。深刻に捉えるべきだ! いつまでも関係が変わらないのだと危機感を持つべきでーー) 

 自分でもよくわからないままぐるぐると頭の中が、整理のつかない状態になっていた。

「シュ、シュアちゃん……!! どうしたの!?」

 その声が聞こえた瞬間、ピタリと手が止まった。ゆっくりと顔を上げれば、目の前には心配そうな顔を浮かべる母様がいた。

「………………母様」
「だ、大丈夫? その。怖いくらいの早さで手を動かしていたけれど」
「大丈夫です…………多分」

 心ここにあらず、という様子で返答したからか、母様は表情を変えることなく着席した。

「ノックしても返事がないから入ってみたけれど……一体何があったの?」
「…………」
「もしかして……悪い方向に進展してったかしら……?」

 答えられずにいれば、母様を心配させてしまう結果になってしまった。それに気が付くと、慌てて否定をする。

「ち、違います! ……その、戸惑っているだけなので」
「そうなの?」
「はい。決して悪い方向ではーー」
「まぁ! 本当に? ということは良い方向よね。どう進展したのかしら!」

 ぱあぁぁっと顔を明るくする母様に対して、即座に反応することはできなかった。困惑が生まれて、言い訳のような答えがこぼれる。

「進展……はしてないです。……僕の勝手な思い込みで」
「思い込み?」
「……はい」
「具体的に聞いても良ければ、教えてほしいわ」

 まだ推し活を始めたばかりで、すぐに状況が好転することではない。そうわかっているはずなのに。

「……カッコいい、と言ってもらえて」
「まぁ!」
「でもそれは……きっと、お世辞も入っていると思って。だから……僕の勘違いです。気にしないでください」

 考えればそうだ。

 あの優しい姉のことだから、目の前にいた弟に気を遣ったに違いない。
 
 そう思考を無理やり片付けようとした、その時。

「あら。いいじゃない、勘違い」 
「え?」
「カッコいい、そう言ってもらえたのでしょう? それなら無かったことになんてしちゃ駄目よ。むしろ、大切に保管しないと」
「で、でも」

 母様の意図が読めず、困惑が濃くなり始めた。

「シュアちゃん。せっかくだから今日の授業を始めてしまうわね」
「え、あ、はい」

 その瞬間、母様は得意気な態度で微笑んだ。

「良い? シュアちゃん。大切なことだから胸に刻んでね」
「は、はいっ」

 母様はすうっと息を吸い込んだ。

「推し活は、勘違いしたもの勝ちよ!!」
「…………勘違い、したもの勝ち?」

 母様のえっへんと言わんばかりの胸のはり方に、驚きながらも復唱してしまった。

「そう。推してみましょうと言ったでしょう? その一つで、推しと接触した時の極意みたいなものよ。推しにされて嬉しかったこと、幸せだったことは記憶から消してはいけないわ」

 先程の態度から一辺して、諭し始めるような母様の声色は優しくも力強かった。

「消さずに大切にするの。それが例え勘違いだとしても。そうするとね、推しという相手への想いが自然と強くなって大きくなるから。想いの再確認って大事よ。好きでいることに間違いはない、そう想いを確立させて強くした時、シュアちゃんはお相手に最高のアプローチができるんじゃないかしら?」
「!!」

 その言葉は、一言一句僕の胸を貫いた。
 推し活の意味だけでなく、僕が目指す終着点まで絡めて助言をくれる母様の説得力はこれ以上ないものだった。

「もう一度言うと、だから勘違いしたもの勝ちなの。カッコいいと言われたのなら、素直に喜んで良いのよ。相手の視界に映れたと、進展を祝っていいの。それで気を緩めることなく、さらに頑張れば良いのだから」

 勘違いしていい、無かったことにするなという言葉のおかげで、僕は姉様からもらった最上級に嬉しい褒め言葉を呼び起こした。

(……最高に嬉しかった。あぁ、本当だ。姉様への想いが膨らんでいく)

 ぎゅっと胸の部分を掴んだ。
 そして自然と笑みがこぼれる。

「ふふ。その調子よ、シュアちゃん」

 母様の満足そうな声が、僕を見守ってくれた。

「なんだけど……刺繍はもう少し頑張らないとかしらね?」
「あっ」

 手元を見れば、そこには不恰好で不出来な刺繍の後が残っていた。

 自分の壊滅的な技量のなさに、小さくため息をついた。

(……推し活の道、まだまだ険しそうだな)


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