5 / 18
4話 たこわさ
しおりを挟む「ここがご馳走が食べられる場所ですか……?」
「うん? そうだよ。居酒屋と呼ばれてる」
ルシルさんに案内された場所は、かなり古びたお店でした。周りの席を見渡すと、中年の男性、スーツなのでサラリーマンですね。そんな方達が笑い合ってお酒を飲んでいます。
静かに、簡潔に食事をしていた私には信じられない光景でした。
カウンター越しの厨房に立つ、白髪のおじさまはルシルさんを見ると目を細め笑いました。
「お、姉さんいらっしゃい。そちらの可愛い嬢ちゃん
は?」
「大将、いつも言ってるだろ? 俺は男だって」
ルシルさんは女性と言われる事をどこか嬉しそうな表情で言葉を返します。
「初めまして。私はいちごといいます」
私は微笑みます。それは、男性に送る為の笑顔。
白髪のおじさまは少し戸惑った様に
「あ、あぁ……よろしく嬢ちゃん」と答えました。
「こらこら。またそういう仕草をする」
ルシルさんは戒める様に私の頭をぽんと触れました。
……むぅ、私は普通にしているだけなのに。
ルシルさんに言わせると、どうやら私は何かがズレているみたいなのです。
何が違うというのでしょうか?
この国は、この世界は、私の知らない事ばかりです。
「姉さん。その嬢ちゃんは何者だい? 妙に色っぽいというか……おっさん、思わずときめいちまったよ」
「なに、ちょっとむっつりな性格なんだ。この国ではいちごちゃんの年の娘に手を出すのは犯罪になる様だから、大将も気をつけたほうがいい。とりあえず生ひとつ、たこわさ、イカの塩辛、焼き鳥を何本か、いちごちゃんにはノンアルコールで苺味のカクテルを」
「はいよ! しっかし姉さんはいつも顔に合わない物ばかり頼むなぁ」
大将のおじ様はニカリと笑い、厨房に戻っていきます。
「気をつけた方が良いとは……私は風邪か何かではありません!」
ちょっと怒って言うと、ルシルさんは涼しい顔で、「なるほど……風邪とは面白い例えだね。確かに、恋と病は似ている。あぁ……やっぱり人間は面白い」と、妙に感心して私の怒りを受け流してしまいました。
ルシルさんには腹が立ちますが、聞いた事が無いものばかりの、料理には凄く興味があります。
「はいよ! 生一つにノンアルカクテル、お通しとたこわさね」
大将さんの声と共に凄いスピードで料理が運ばれてきました。
たこわさと呼ばれる物が入った小鉢を覗くと……なんだか見た目が凄くグロテスクです……本当にこれは食べ物なのでしょうか?
「お、早いね。じゃあいちごちゃんの初仕事に乾杯!」
ルシルさんは私のグラスにカチンと音を鳴らすとビールを豪快に飲み、たこわさをパクパクと食べます。
「やっぱ美味いねぇ、これ、好物なんだ。ほら君も食べなよ」
ルシルさんに促され、恐る恐る口に運ぶと……
「うっ……なんですかこれ!?」
舌が凄くピリピリします。それに凄くヌルヌルです。
「うぅ……」
飲み込めない……吐いてしまいそう。悲しくないのに、涙も出てきました。
「もしかしてわさびもタコも初めて? アハハ、いちごちゃん新体験だね」
ルシルさんはそんな様子で口を押さえて俯く私を上機嫌で笑っています。
……この人は悪魔です。私は口に手を抑えながら彼を睨みます。もっとも、実際に悪魔の王様なのですが。
すぐに飲み物を飲むと、ようやく一息つけました。
さすが苺です。甘くて、美味しい。私は素晴らしい果実と同じ名を与えられた事に、とても誇らしく思えました。
「さてと、夢魔になりたてのいちごちゃんに、僕ら夢魔の説明をしなきゃだね」
彼はジョッキの中身を飲み干し、いつもより赤らんだ顔で語り始めました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

