従魔と異世界スローライフのはずが、魔王と噂されていく日々

ソラリアル

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第79話 穏やかな一日

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「おはようございます、ダニエル神父様。
今日もいい野菜が入ってますよ。たくさん食べさせてあげてくださいね!」

「神父様、おはようございます!
こっちは新鮮な魚だよ! 今朝は大量に獲れたんだ!」

「皆さん、おはようございます。
いつもこうして頂き物をしていただき、心より感謝しております。
おかげさまで、子供たちには毎日お腹いっぱい食べさせてあげられています」

「いいんだって! 少しだけど、俺たちにできることをやってるだけだからさ!」


朝から教会を訪れる人々は、
この教会が管理する孤児院の子供たちのために、食料や日用品を届けに来ていた。

きっと、それぞれに事情があって、この孤児院で暮らしている子供たち。
それでも皆が笑顔で、楽しそうに過ごしているのは、
この教会が真摯に子供たちと向き合ってきた証なんだろう。
そんなことを、俺は自然と考えていた。


「神父様……すみません、娘が怪我を……」

「シスター!俺の方も診てもらえないだろうか?
傷が化膿してしまって……」

「神父様、実は私……昨日から体調が……」


贈り物の次に多かったのは、怪我や体調不良を抱えた人々の来訪だった。
王都には治癒院もあり、専門の治癒士も存在する。

だけど――問題は費用だった。
この世界には、日本のような保険制度はなく、治療費はすべて自己負担。
しかも、その金額は決して安くない。

日々の生活で精一杯な人々にとって、治癒院は簡単に頼れる場所ではなかった。
だからこそ、多くの人が神父様やマリンさんを頼り、教会を訪れていた。

そんな中――
教会の扉が勢いよく開き、血相を変えた男が、6、7歳ほどの子供を抱えて飛び込んできた。


「神父様! 助けてくださいっ!
薬草を取りに行っている間に、息子が魔物にやられちまって……!」

「これは……酷い……ここまで深い傷とは……
シスター、二人で協力しましょう。」

「痛いよ……ひっく……」

「もう少しですからね。
ヒール!
主よ、光を!どうかこの子に救いの手を!」

「ねぇ、ルーナ……あの子、大丈夫だよね?」

「かなり弱っていますわ……
深手です。魂の揺らぎが、はっきりと弱まっています……」

「でも、ヒールを二人がかりで使ってるのに……なんで……?」


ドクドクと血を流す子供を抱えた父親は、
薬草採取中に魔物に襲われたのだと、必死に説明した。

神父様がすぐにヒールを唱えたが、傷は完全には塞がらない。
そこでマリンさんも加わり、二人で回復魔法を重ねた。

止血はできている。
それなのに――血色が戻らない。
違和感を覚えたその時、エマが神聖光教団のヒールについて教えてくれた。


【残酷ですが、この世界の魔法は万能なものは少ないのです。
神聖光教団が使用するヒール系魔法は、“邪悪”を排除する力には非常に優れています。
しかし、“失われた生命力”そのものを根本から再生する力は、強くありません。
そのため、命に関わらない軽度から中度の怪我であれば即座に回復できますが、
生死の境を彷徨うほどの重傷者の場合、
止血はできても、消えかけた“命の炎”を蘇らせることは困難なのです】

「そうなんだ……
ヒールって、全部の傷に効くものだと思ってたよ」

「このままでは……あの子の命が危ないですわね……」

「……俺、行っても大丈夫かな?」

「……ええ。
その後は、“他言無用”と、きちんと念を押しておきましょう。ヨシヒロ様」

「分かった!」


エマから聞いた事実に、正直、衝撃を受けた。
まさか、目の前にいる聖職者のヒールでも救えない命があるなんて――
消えかけている命の炎を前に、
俺は迷いながらもルーナに問いかけた。

彼女は静かに頷き、優しく背中を押してくれる。
その仕草に覚悟を決め、俺は子供のもとへ駆け寄った。


「すみません。俺がやります」

「え?しかし、ヨシヒロ殿は聖職者では……」

「大丈夫です。
エマ、ハイ・ヒールでいける?」

【ハイ・ヒールでは不十分と推測。
おすすめは《ヴィータ・ヒール》です。瀕死状態からでも使用可能です】

「了解……
――ヴィータ・ヒール!」

「!!?」

「顔色が……!」


エマから教えてもらった魔法。
その魔法を唱えると、青白かった子供の顔に、少しずつ血の気が戻っていく。

――よかった。
助かった。

そう思いながらルーナを見ると、彼女は小さく頷いた。


「炎の揺らぎが、戻ってきましたわ」


その言葉に、胸の奥から安堵が溢れ、
思わず大きく息を吐いた。


「あああっ!
兄ちゃん、あんたも神聖魔法の使い手だったのかい!?
息子を助けてくれて、ありがとう……ありがとうっ……!本当に……!」

「いえいえ。
俺にできることをしただけです。助かってよかった。」


男の子の治療が終わり、
父親は大粒の涙を流しながら、何度も頭を下げてきた。

その姿を見て、ようやく心が落ち着く。
――と同時に、
一部始終を見ていた神父様とマリンさんが、こちらへ歩み寄ってきた。

……余計なことをしてしまったかもしれない。
怒られるかな、と内心で身構えながら、
俺は二人の言葉を待った。


「ヨシヒロ殿……今の魔法は……」

「あー……」

「古代魔法……ですね?」

「あー……また古代魔法だったのか……
あの……申し訳ないのですが……このことは、ご内密に……」

「……悪意をもって使用しているわけではないことは分かります。
今回は、この子の命を救うため、やむを得ず使用した――
そういうことにしておきましょう」

「すみません……面倒をかけて……」

「ヨシヒロ殿は、とても強いお力をお持ちなのですね。
正直、驚かされました。
今回の件……ヨシヒロ殿になら、解決していただけそうですな」

「そうだといいんですけどね……俺、怖いの苦手で」

「そうでしたか。
それでもお力添えいただき、ありがとうございます。
我々にもできることがありましたら、遠慮なくおっしゃってください」

「はい!ありがとうございます」


エマに教えてもらった魔法について、神父様は「命を救うために使用した」と理解を示してくれた。
この件は口外しないということで話がまとまり、俺は心の底からホッとする。

そして、今回の騒動も、俺たちなら解決できるかもしれない――
そんな期待の眼差しを向けられた。

応えられるかどうかは分からない。
けれど、できるだけ早く終わらせて、恐怖から解放されたい。
今はただ、それだけを強く願っていた――









それからも、俺は教会に留まり、様子を見させてもらっていたけど、
目に映るのはごく普通の光景ばかりで、特に異変は感じられなかった。

懺悔や相談、商人の訪問はあったものの、
噂に聞いていた“白い服を着た女性の影”を見ることはなかった。

昼食は孤児院の子供たちと一緒にいただいた。
皆、俺よりもずっと大変な状況にいるはずなのに、
文句ひとつ言わず、楽しそうに笑っている。

その笑顔を見ていると、不思議と元気をもらえる。
――この子たちに、怖い思いはさせたくないな。
そんな気持ちが、自然と胸に湧いていた。


「主ーーーっ!」

「ぶっ!」

「やっと日が暮れた!」


一日が何事もなく終わった頃、
教会の入口から猛スピードでクロが飛び込んできた。
一直線に俺の顔を狙ってくるものだから、思わずむせてしまう。

相当寂しかったんだろうな、と思いながら撫でてやると、
クロはようやく安心したような表情になった。


「ヨシヒロよ。この場所で、何か起きたか?」

「今日は特に何もなかったよ。
たまたまかもしれないけどね。
でも、夜の歌声は毎日聞こえてるみたいだから……
ひとまず晩ご飯を食べたら、調査してみようか」

「うむ」

「じゃあ、一度家に戻って食事にしますか」

「わーい! お腹空きました、ヨシヒロ様!」

「ヨシヒロ殿。
こちら、教会の鍵をお預けします。
今夜はよろしくお願いしますね」

「分かりました。
明日の朝、またご報告します」


夜の恐怖体験が待っているかもしれないというのに、
この子たちは皆、驚くほどケロッとしている。

まぁ、俺みたいな感覚を持っていないんだから、当然か。
食事をしてから調査をすることになり、
神父様から教会の鍵を預かって、いったん家へ戻ることにした。

このまま何事もなく終わってくれればいいけど……
歌声が聞こえているのは事実だ。

不安を感じつつも、今は食事を楽しんで気持ちを落ち着かせよう。
そう自分に言い聞かせながら、ゲートをくぐった。


「パッパ! おかえり!」

「シンゴー! ただいま!
お外で遊んでたのか?」

「あそんだ! おねえちゃんといっしょ!」

「ヨシヒロ様、おかえりなさい!
シンゴもあっくんも、いい子にしていましたよ!」

「そっか! いつもありがとうな。
じゃあ、ご飯の支度をするから、少し待っててね!」


庭で遊んでいたシンゴが、ヨチヨチと歩いてこちらへ向かってくる。
抱き上げて「遊んでたの?」と聞くと、
ガーネットと一緒に遊んでいたのだと教えてくれた。

いつの間にか、ずいぶんお喋りが上手になってきているな。
少し話せるようになっただけで、こんなにも可愛いなんて。
――親の気持ちが分かる気がするな。


「もう少し遊んでてね。
俺はミルと一緒にご飯を作ってくるから。
ミルー! 行こう!」

「あるじ、いまいく!」


シンゴの頭をクシャッと撫でてから、
俺はミルと一緒に晩ご飯の支度に取りかかった。

今日は鶏肉が多めに余っている。
親子丼にして、サラダとスープも用意しよう。
デザートは……この前できたばかりのメロンでいいかな。

このあと幽霊調査に向かうとは思えないほど、
家の中は、いつも通りの穏やかな時間が流れていた。

――本当に、ゆるくて、のんびりした日常。
そんな“いつも通り”の時間を噛みしめながら、
俺は包丁を握っていた――
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