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第80話 聴こえてきた歌声
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楽しい、いつもの食事の時間はあっという間に終わり、俺たちは現実へと引き戻された。
少し休憩してから再びゲートをくぐり、改めて空を見上げると、星空がとても綺麗で――
そこへ、ひとつ流れ星が走った。
思わず「無事に帰れますように」と、小さく祈らずにはいられなかった。
この辺りでは、歌声の噂が原因で夜に人が出歩かなくなったらしい。
俺たちの足音と、風と虫の声しか聞こえない中、教会の前に辿り着き、恐る恐る鍵を差し込んだ。
ガチャ――
「お邪魔しまぁす……ちょ、ロウキ押さないでよ!」
「早く入れ、馬鹿者!」
「もう! じゃあロウキが先頭行ってよ!」
「はぁ……仕方のない奴め……」
鍵は開けたものの、中へ入るのを躊躇していると、ロウキが鼻先で俺の背中をぐいっと押してきた。
怖いもの知らずのロウキに先頭を任せ、その後に続いて中へ入る。
「わぁ……月明かりに照らされて、ステンドグラスがめっちゃ綺麗じゃん」
「本当だな」
「クロ、大丈夫? 浄化されたりしない?!」
「されないって! 俺、強いんだから!
主を置いていなくなるわけないだろー!」
「そうだけど……心配なの!」
教会の中は静まり返っていて、月明かりに照らされたステンドグラスが、昼間よりも一層色とりどりに輝いていた。
「そうだ、気配感知……」
「我も行っているが、何も感知せぬな。
やはり霊が関係しているのか?」
「霊は無理! クロでもユキでも誰でもいいから、俺のところ来て!」
「あるじさま、僕がいますから、大丈夫ですよ。」
「あああ、ありがとうユキ。ちょっとこっち!」
ひとまず気配感知を試してみたものの、やはり何も引っかからない。
ロウキも同様らしく、何も感じていないようだった。
それが逆に怖くなった俺は、近くに来てくれたユキを抱き上げ、そのままゆっくりと祭壇の方へ進む。
だけど、辺りは静まり返ったまま。
俺はホッと息をつき、近くにあった椅子に腰を下ろした。
「何も聞こえないな?」
「ああ。だが、妙な冷気を感じぬか?」
「ええ? 寒い?!」
「そうではない。霊的な冷気だ……どこだ……?」
「ボス、ここ。たぶん、ここ!」
「ん?」
椅子に座ってユキを下ろした途端、ガクッと肩の力が抜け、その場から動けなくなる。
するとロウキが「冷気がする」と言い出し、周囲を鋭く見回した。
その直後、ミルがロウキを呼び寄せ、地面を指さす。
(地面?ここはただの石材の床だけど……)
見回してみても、やはり普通の床にしか見えない。
――もしかして、地下室があったりして?
そんな軽い気持ちで、ロウキに口にしてみた。
「ここの下に、地下に続く道があったらすごいよな?」
「それだ、ヨシヒロ。
どこかに必ず入り口がある。皆、探すのだ。
神父は何も言っていなかったが……我らに伝えていなかったこと自体が不自然だ」
「ええ?冗談のつもりだったんだけど……」
ほんの冗談のつもりだったのに、ロウキは本気で地下への扉があると判断し、皆に探索を命じた。
仕方なく俺も探し始めたが、隠し扉らしきものはどこにもない。
そんな中、ラピスとユキが、正面奥――祭壇へと続く深紅の絨毯の下が怪しいと言い出した。
その言葉に、全員が祭壇の前に集まる。
「ここです、ヨシヒロ様!」
「……これ、剥がして怒られないかな?」
祭壇の手前から敷かれている絨毯を、そっと、慎重に剥がす。
あとで怒られたらどうしよう……そんな不安を抱きながら。
だけど、現れたのはただの石材の床だけだった。
地下への扉など、どこにも見当たらない。
――やっぱり勘違いだったのか?
そう思いながら、試しに俺は床に手を置き、「開け」と念じてみた。
その瞬間、石材の一部の周囲が青く光り始め、全員が思わず距離を取る。
「ヨシヒロ……お前、何をしたのだ?」
「いや、何となく“開け”って念じただけなんだけど……」
「これは……」
青い光は床の縁を一周すると、すうっと消え、そこから地下へ続く階段が姿を現した。
――明らかに怪しい。
絶対に、この場所は秘密にされていたやつだ。
「でかしたぞ、ヨシヒロ。皆の者、行くぞ!」
「おー! 主、行くよ!」
「ええ?! 少しは怪しんでよ!」
嫌な予感しかしない俺を置き去りにして、ロウキたちは迷いなく階段を下りていく。
怖さも不安もないのかよ……
そう思いながら、結局俺も皆の後を追うしかなかった。
地下は薄暗く、埃っぽい。
長い間使われていなかったのは明らかで、
“何か出そう”な空気がこれでもかと漂っている。
階段を下り切った先にあったのは、一つの扉。
ミルがそれを開けたけど、中は暗闇で何も見えない。
そこで俺は、以前ロウキに教えてもらった光魔法を唱えた。
「――ルーメンスッ!」
光が広がると、部屋全体が一気に照らされる。
教会より少し広い空間の中央には、消えかけた古い魔法陣が描かれ、
その周囲には溶けかけた蝋燭が何本も残されていた。
最近使われた形跡はなく、かなり前のもののようだ。
部屋の奥には、さらにもう一つ扉がある。
まずは、この部屋を調べるべきだろうな。
「……ロウキ、ここって何だと思う?」
「秘密裏に行われていた儀式の間……といったところだろうな。」
「だよね……魔法陣とか、絶対儀式用だよね?!」
「主、この系統の魔法陣は、命を捧げる時に使うやつだぜ?」
「……え?」
クロの言葉に、背筋が凍る。
「この魔法陣の上に、生贄や人柱を乗せて祈りを捧げると、
悪魔と契約できたり、その命を使って土地を護ってくれって神に願ったりするんだ。
この文字配列……多分、人柱用だな。
悪魔契約のものとは、少し違う。」
「マジで? だってここ、教会だよ?」
「……教会だからこそ、という場合もある。
神聖光教団の教義は表向きこそ清らかだが、
古い時代には、こうした“闇の信仰”を必要悪として取り込んだ歴史もある。
珍しい話ではない。」
「嘘だろ……?
そんな迷信、信じるのかよ……」
教会で行われていた、人柱の儀式。
信じがたい話に、俺は言葉を失った。
――人の命を捧げれば、土地が護られる?
そんな馬鹿げた迷信を……
思わず漏らしたその言葉に、ルーナが静かに口を開いた。
「昔は、そういう生き方をしていたのですわ、ヨシヒロ様。
この地に住まう人々が、自分たちの命を守るために、誰かの命を差し出す――
それが契約という形を取っていた時代がありました。
そして、この世界の“教会”というものは、いつだって“大義”の名のもとに、
最も醜い行いをしてきた場所でもある……
この部屋は、その痕跡ですわ」
「いやいや……ダメだろ、普通に……」
「それが、この世界のやり方なのだ。
お前には、到底理解できぬだろうがな。」
「……」
ルーナは、まるでこの教会のシスターであるかのように、静かに語った。
その言葉に強い拒否反応を示す俺に対し、ロウキは淡々と現実を突きつける。
人柱――。
日本にも、そういった話があったと聞いたことはある。
けれど、それはあくまで昔話で、遠い過去の迷信のはずだった。
こうして痕跡を目の前にすると、
胸の奥から、ぞわりとした恐怖が湧き上がってくる。
重たい気持ちに沈んでいた、その時だった。
静まり返っていたはずの空間から、
――何かが、聴こえた気がした。
俺は思わず、その場で羽ばたいていたクロをぎゅっと抱き寄せ、
もう一度、耳を澄ませる。
【心美しき神たち その手は癒しのために
この身を捧げ行く 導きの世界へ】
「ひいいっ! や、やっぱり何か聴こえてる……!」
「主、痛いよー! 怖がりすぎ! 大丈夫だって!」
「これは……女性の声、でしょうか?」
「ヨシヒロ様。あの奥の部屋から、聴こえてきますね」
「おれ、いってみる」
「だあああっ! ミル! 待って! 開けないで! 怖いから!」
「だいじょうぶ。おれが、まもってあげるから」
「根性を見せぬか、ヨシヒロ」
「ううううっ……」
声が耳に届いた瞬間、全身に鳥肌が立ち、
俺はクロをさらに強く抱きしめた。
怖がっているのは俺だけで、皆は驚くほど冷静。
声のする方へ向かおうと、ミルが扉に手を掛ける。
慌てて止めようと叫んだけど、
ロウキには「根性を見せろ」と意味不明なことを言われ、
今にも泣き出しそうだった。
ガチャ――
【心美しき神たち その手は癒しのために
この身を捧げ行く 導きの世界へ】
【偽りの神たち その手に乗せた命を
己の欲のために 暗闇の世界へ】
【この目に映るは赤き命
神たちの手が赤く染まりゆく
そして我の命も消えゆく
この目に映りしものを消し去るため】
扉を開けた瞬間、歌声は一気に大きくなり、
その内容がはっきりと耳に届いた。
悲しみと恨みが滲み出るような旋律に、
俺は言葉を失い、ただ立ち尽くす。
この部屋だけは、なぜか石材ではなく、
黒く湿った土がむき出しになっていた。
そして、部屋の中央には――
一つの石碑が、静かに佇んでいる。
「この部屋は……一体……」
「石碑、か……
ということは、この下に埋まっているのだな。声の主が」
「えっ……」
石碑。祈りを捧げるためのものだと思った。
だけどロウキの言葉で、理解してしまう。
この場所に――声の主の遺体が埋められているのだと。
背筋が凍った。
その瞬間、足元の柔らかい土に足を取られ、
よろけた俺は、思わず石碑に手をついてしまった。
――その瞬間。
頭の中に、この場所の“記憶”が流れ込んできた。
ズキンッ、と激しい頭痛が走る。
それでも、目を逸らしてはいけない気がして、
俺は痛みに耐えながら、ぎゅっと目を閉じた。
「これは……歌声の主……?」
見えたのは、一人の成人女性。
教会で、美しい歌声を響かせている姿だった。
その声に、人々は癒され、祈りを捧げていた。
――間違いない。
今、聴こえている歌声の主だ。
だけど、その平和な日々は、ある夜に崩れ去った。
彼女は深夜、教会の中で“殺人”を目撃してしまう。
犯人は、間違いなく聖職者だった。
聖職者の服を身にまとっていたから。
逃げようとした彼女は、
数名の聖職者に見つかり、口を塞がれ、
教会の奥へと引きずり込まれた。
男たちは言っていた。
「この土地の天災を鎮めるため、儀式が必要だ」と。
だけど、それは口実に過ぎなかった。
彼女が目撃した“真実”を、消し去りたかっただけ。
泣きながら首を振る彼女を、先ほど見た魔法陣の部屋へ、
殺された男性と共に連れて行く。
彼女は気絶させられ、男性と共に魔法陣の中央へ寝かされた。
呪文が唱えられ、一人の男が、聖水をかけたナイフを構えた。
――そして、ためらいもなく、彼女の胸へ突き刺した。
この世のものとは思えない激痛に、一瞬目を覚ました彼女は、
そのまま息を引き取った。
男たちは隣の部屋に深い穴を掘り、男性と共に彼女を埋め、
その上に石碑を建てた。
「うっ……ゲホッ、ゲホッ!」
「主?!」
「あるじさま?! どうされたのですか!」
「ヨシヒロ様!」
激しい吐き気に襲われ、俺は冷たい土を強く踏みしめた。
全身から、嫌な汗が噴き出している。
初めて直に触れた殺人の記憶に、身体が耐えきれなかったのだろう。
「……見えたのか。この声の主の記憶が」
「ああ……はっきりと見えた……
酷すぎる話だった……」
ロウキは、俺が記憶を覗いたことを察していた。
俺は皆に、先ほど見た内容を、言葉を選びながら伝えた。
この子たちが、どこまで感情を理解するのかは分からない。
それでも、俺にとっては――
二度と味わいたくない、辛くて、苦しい記憶だった。
だから、彼女は聖職者による除霊に反応しなかったのだろう。
……いや、拒絶していたのだと思う。
元々は眠っていた魂が、何らかのきっかけで目覚め、
記憶が蘇り――
気づいてほしい、知ってほしいと、強く訴えていたのではないだろうか。
俺は……そんな彼女に、どう向き合えばいいのだろう。
そう、一人で静かに考え込んでいた――……
少し休憩してから再びゲートをくぐり、改めて空を見上げると、星空がとても綺麗で――
そこへ、ひとつ流れ星が走った。
思わず「無事に帰れますように」と、小さく祈らずにはいられなかった。
この辺りでは、歌声の噂が原因で夜に人が出歩かなくなったらしい。
俺たちの足音と、風と虫の声しか聞こえない中、教会の前に辿り着き、恐る恐る鍵を差し込んだ。
ガチャ――
「お邪魔しまぁす……ちょ、ロウキ押さないでよ!」
「早く入れ、馬鹿者!」
「もう! じゃあロウキが先頭行ってよ!」
「はぁ……仕方のない奴め……」
鍵は開けたものの、中へ入るのを躊躇していると、ロウキが鼻先で俺の背中をぐいっと押してきた。
怖いもの知らずのロウキに先頭を任せ、その後に続いて中へ入る。
「わぁ……月明かりに照らされて、ステンドグラスがめっちゃ綺麗じゃん」
「本当だな」
「クロ、大丈夫? 浄化されたりしない?!」
「されないって! 俺、強いんだから!
主を置いていなくなるわけないだろー!」
「そうだけど……心配なの!」
教会の中は静まり返っていて、月明かりに照らされたステンドグラスが、昼間よりも一層色とりどりに輝いていた。
「そうだ、気配感知……」
「我も行っているが、何も感知せぬな。
やはり霊が関係しているのか?」
「霊は無理! クロでもユキでも誰でもいいから、俺のところ来て!」
「あるじさま、僕がいますから、大丈夫ですよ。」
「あああ、ありがとうユキ。ちょっとこっち!」
ひとまず気配感知を試してみたものの、やはり何も引っかからない。
ロウキも同様らしく、何も感じていないようだった。
それが逆に怖くなった俺は、近くに来てくれたユキを抱き上げ、そのままゆっくりと祭壇の方へ進む。
だけど、辺りは静まり返ったまま。
俺はホッと息をつき、近くにあった椅子に腰を下ろした。
「何も聞こえないな?」
「ああ。だが、妙な冷気を感じぬか?」
「ええ? 寒い?!」
「そうではない。霊的な冷気だ……どこだ……?」
「ボス、ここ。たぶん、ここ!」
「ん?」
椅子に座ってユキを下ろした途端、ガクッと肩の力が抜け、その場から動けなくなる。
するとロウキが「冷気がする」と言い出し、周囲を鋭く見回した。
その直後、ミルがロウキを呼び寄せ、地面を指さす。
(地面?ここはただの石材の床だけど……)
見回してみても、やはり普通の床にしか見えない。
――もしかして、地下室があったりして?
そんな軽い気持ちで、ロウキに口にしてみた。
「ここの下に、地下に続く道があったらすごいよな?」
「それだ、ヨシヒロ。
どこかに必ず入り口がある。皆、探すのだ。
神父は何も言っていなかったが……我らに伝えていなかったこと自体が不自然だ」
「ええ?冗談のつもりだったんだけど……」
ほんの冗談のつもりだったのに、ロウキは本気で地下への扉があると判断し、皆に探索を命じた。
仕方なく俺も探し始めたが、隠し扉らしきものはどこにもない。
そんな中、ラピスとユキが、正面奥――祭壇へと続く深紅の絨毯の下が怪しいと言い出した。
その言葉に、全員が祭壇の前に集まる。
「ここです、ヨシヒロ様!」
「……これ、剥がして怒られないかな?」
祭壇の手前から敷かれている絨毯を、そっと、慎重に剥がす。
あとで怒られたらどうしよう……そんな不安を抱きながら。
だけど、現れたのはただの石材の床だけだった。
地下への扉など、どこにも見当たらない。
――やっぱり勘違いだったのか?
そう思いながら、試しに俺は床に手を置き、「開け」と念じてみた。
その瞬間、石材の一部の周囲が青く光り始め、全員が思わず距離を取る。
「ヨシヒロ……お前、何をしたのだ?」
「いや、何となく“開け”って念じただけなんだけど……」
「これは……」
青い光は床の縁を一周すると、すうっと消え、そこから地下へ続く階段が姿を現した。
――明らかに怪しい。
絶対に、この場所は秘密にされていたやつだ。
「でかしたぞ、ヨシヒロ。皆の者、行くぞ!」
「おー! 主、行くよ!」
「ええ?! 少しは怪しんでよ!」
嫌な予感しかしない俺を置き去りにして、ロウキたちは迷いなく階段を下りていく。
怖さも不安もないのかよ……
そう思いながら、結局俺も皆の後を追うしかなかった。
地下は薄暗く、埃っぽい。
長い間使われていなかったのは明らかで、
“何か出そう”な空気がこれでもかと漂っている。
階段を下り切った先にあったのは、一つの扉。
ミルがそれを開けたけど、中は暗闇で何も見えない。
そこで俺は、以前ロウキに教えてもらった光魔法を唱えた。
「――ルーメンスッ!」
光が広がると、部屋全体が一気に照らされる。
教会より少し広い空間の中央には、消えかけた古い魔法陣が描かれ、
その周囲には溶けかけた蝋燭が何本も残されていた。
最近使われた形跡はなく、かなり前のもののようだ。
部屋の奥には、さらにもう一つ扉がある。
まずは、この部屋を調べるべきだろうな。
「……ロウキ、ここって何だと思う?」
「秘密裏に行われていた儀式の間……といったところだろうな。」
「だよね……魔法陣とか、絶対儀式用だよね?!」
「主、この系統の魔法陣は、命を捧げる時に使うやつだぜ?」
「……え?」
クロの言葉に、背筋が凍る。
「この魔法陣の上に、生贄や人柱を乗せて祈りを捧げると、
悪魔と契約できたり、その命を使って土地を護ってくれって神に願ったりするんだ。
この文字配列……多分、人柱用だな。
悪魔契約のものとは、少し違う。」
「マジで? だってここ、教会だよ?」
「……教会だからこそ、という場合もある。
神聖光教団の教義は表向きこそ清らかだが、
古い時代には、こうした“闇の信仰”を必要悪として取り込んだ歴史もある。
珍しい話ではない。」
「嘘だろ……?
そんな迷信、信じるのかよ……」
教会で行われていた、人柱の儀式。
信じがたい話に、俺は言葉を失った。
――人の命を捧げれば、土地が護られる?
そんな馬鹿げた迷信を……
思わず漏らしたその言葉に、ルーナが静かに口を開いた。
「昔は、そういう生き方をしていたのですわ、ヨシヒロ様。
この地に住まう人々が、自分たちの命を守るために、誰かの命を差し出す――
それが契約という形を取っていた時代がありました。
そして、この世界の“教会”というものは、いつだって“大義”の名のもとに、
最も醜い行いをしてきた場所でもある……
この部屋は、その痕跡ですわ」
「いやいや……ダメだろ、普通に……」
「それが、この世界のやり方なのだ。
お前には、到底理解できぬだろうがな。」
「……」
ルーナは、まるでこの教会のシスターであるかのように、静かに語った。
その言葉に強い拒否反応を示す俺に対し、ロウキは淡々と現実を突きつける。
人柱――。
日本にも、そういった話があったと聞いたことはある。
けれど、それはあくまで昔話で、遠い過去の迷信のはずだった。
こうして痕跡を目の前にすると、
胸の奥から、ぞわりとした恐怖が湧き上がってくる。
重たい気持ちに沈んでいた、その時だった。
静まり返っていたはずの空間から、
――何かが、聴こえた気がした。
俺は思わず、その場で羽ばたいていたクロをぎゅっと抱き寄せ、
もう一度、耳を澄ませる。
【心美しき神たち その手は癒しのために
この身を捧げ行く 導きの世界へ】
「ひいいっ! や、やっぱり何か聴こえてる……!」
「主、痛いよー! 怖がりすぎ! 大丈夫だって!」
「これは……女性の声、でしょうか?」
「ヨシヒロ様。あの奥の部屋から、聴こえてきますね」
「おれ、いってみる」
「だあああっ! ミル! 待って! 開けないで! 怖いから!」
「だいじょうぶ。おれが、まもってあげるから」
「根性を見せぬか、ヨシヒロ」
「ううううっ……」
声が耳に届いた瞬間、全身に鳥肌が立ち、
俺はクロをさらに強く抱きしめた。
怖がっているのは俺だけで、皆は驚くほど冷静。
声のする方へ向かおうと、ミルが扉に手を掛ける。
慌てて止めようと叫んだけど、
ロウキには「根性を見せろ」と意味不明なことを言われ、
今にも泣き出しそうだった。
ガチャ――
【心美しき神たち その手は癒しのために
この身を捧げ行く 導きの世界へ】
【偽りの神たち その手に乗せた命を
己の欲のために 暗闇の世界へ】
【この目に映るは赤き命
神たちの手が赤く染まりゆく
そして我の命も消えゆく
この目に映りしものを消し去るため】
扉を開けた瞬間、歌声は一気に大きくなり、
その内容がはっきりと耳に届いた。
悲しみと恨みが滲み出るような旋律に、
俺は言葉を失い、ただ立ち尽くす。
この部屋だけは、なぜか石材ではなく、
黒く湿った土がむき出しになっていた。
そして、部屋の中央には――
一つの石碑が、静かに佇んでいる。
「この部屋は……一体……」
「石碑、か……
ということは、この下に埋まっているのだな。声の主が」
「えっ……」
石碑。祈りを捧げるためのものだと思った。
だけどロウキの言葉で、理解してしまう。
この場所に――声の主の遺体が埋められているのだと。
背筋が凍った。
その瞬間、足元の柔らかい土に足を取られ、
よろけた俺は、思わず石碑に手をついてしまった。
――その瞬間。
頭の中に、この場所の“記憶”が流れ込んできた。
ズキンッ、と激しい頭痛が走る。
それでも、目を逸らしてはいけない気がして、
俺は痛みに耐えながら、ぎゅっと目を閉じた。
「これは……歌声の主……?」
見えたのは、一人の成人女性。
教会で、美しい歌声を響かせている姿だった。
その声に、人々は癒され、祈りを捧げていた。
――間違いない。
今、聴こえている歌声の主だ。
だけど、その平和な日々は、ある夜に崩れ去った。
彼女は深夜、教会の中で“殺人”を目撃してしまう。
犯人は、間違いなく聖職者だった。
聖職者の服を身にまとっていたから。
逃げようとした彼女は、
数名の聖職者に見つかり、口を塞がれ、
教会の奥へと引きずり込まれた。
男たちは言っていた。
「この土地の天災を鎮めるため、儀式が必要だ」と。
だけど、それは口実に過ぎなかった。
彼女が目撃した“真実”を、消し去りたかっただけ。
泣きながら首を振る彼女を、先ほど見た魔法陣の部屋へ、
殺された男性と共に連れて行く。
彼女は気絶させられ、男性と共に魔法陣の中央へ寝かされた。
呪文が唱えられ、一人の男が、聖水をかけたナイフを構えた。
――そして、ためらいもなく、彼女の胸へ突き刺した。
この世のものとは思えない激痛に、一瞬目を覚ました彼女は、
そのまま息を引き取った。
男たちは隣の部屋に深い穴を掘り、男性と共に彼女を埋め、
その上に石碑を建てた。
「うっ……ゲホッ、ゲホッ!」
「主?!」
「あるじさま?! どうされたのですか!」
「ヨシヒロ様!」
激しい吐き気に襲われ、俺は冷たい土を強く踏みしめた。
全身から、嫌な汗が噴き出している。
初めて直に触れた殺人の記憶に、身体が耐えきれなかったのだろう。
「……見えたのか。この声の主の記憶が」
「ああ……はっきりと見えた……
酷すぎる話だった……」
ロウキは、俺が記憶を覗いたことを察していた。
俺は皆に、先ほど見た内容を、言葉を選びながら伝えた。
この子たちが、どこまで感情を理解するのかは分からない。
それでも、俺にとっては――
二度と味わいたくない、辛くて、苦しい記憶だった。
だから、彼女は聖職者による除霊に反応しなかったのだろう。
……いや、拒絶していたのだと思う。
元々は眠っていた魂が、何らかのきっかけで目覚め、
記憶が蘇り――
気づいてほしい、知ってほしいと、強く訴えていたのではないだろうか。
俺は……そんな彼女に、どう向き合えばいいのだろう。
そう、一人で静かに考え込んでいた――……
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辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。
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※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
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***
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