聖炎のヒバナ~二代目聖女の英雄譚~

蒼空猫

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序章

1-2 絶体絶命

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 ──エルドレアの街より北西に五キロ アルトミアの大平原──

「到着!よし、早速目標ターゲットを……」

「「ぜぇーっ、ぜぇーっ……」」

「なんで皆そんなにバテてんだよ!?」

 目標地点に到着するや否や、エドルさん以外のパーティーメンバーは私を含めて全員過呼吸になりながらダウンした。

 なんでこうなっているか?この五キロの距離、私たちは"走って"来たからだ。

 エドルさんは実はプライベートでもジムでトレーニングをしていて、異常なほど体力がある。だから、私たちが歩いていこうとするような距離を、エドルさんはさも当然のように走っていこうとする。

 しかもエドルさん、パーティーメンバーがもっとゆっくり走れと言っても聞かないのだ。だから私たちもエドルさんと距離を離しすぎないように走らなければならず、五キロの道のりをなんのトレーニングもしていない女性二人と少年一人、ほぼマラソン状態で走り続けたのだ。

「はぁ……はぁ……あんた、周りが自分とおんなじ筋肉バカだと思って行動するんじゃないわよ!」

 普段は温厚な性格のネラさんだが、今は大層お怒りの様子。

「えぇ!?このぐらいの距離なんて大したもんじゃないだろ!」

「筋肉バカの基準を周りに押し付けんなっつの!あんた以外の三人のこの姿見ておんなじことが言えるの!?」

「も、もう一歩も歩けません……」

「俺も流石にきついッス……」

 私もカイルも、草っ原に倒れ伏せている。

「んー……皆、もう少し体力つけた方がいいぞ?クエスト中に疲れて動けなくなったりしたら大変だ」

「ダメだ、バカは死んでも治らないっていうのはよく言ったものね」

「しかし、これじゃリザードマンとは戦えないな……仕方ない、休憩を取ろう!」

「"仕方ない"じゃなくて"当たり前"だからッ!」

 まだまだネラさんの斜めになった機嫌は、直りそうにない。

 それから約三十分ほど、草っ原で体力を回復させた。




「よし、みんなそろそろいけるな?」

「えぇ、何とかね……」

「私も、行けます!」

「俺は問題ないッス!」

「よし、じゃあ例のリザードマンを捜索しよう。全員、三メートル以上離れるなよ!」

「「了解!」」

 エドルさんの指示のもと、討伐対象である巨大リザードマンの捜索が開始された。

 最初にリザードマンが目撃されたという地点を中心に平原を歩き回って、全方位三百六十度を見渡し、対象の姿を探す。

 そして、ここは障害物など存在しない平原。対象を見つけるのには、そう時間を要さなかった。

「いたッス、あそこ!」

 カイルが指差した方向には、平原のど真ん中で無防備に眠っている巨大なリザードマン。

「ヤツで間違いは無さそうだな……しかし、デカイからって随分と油断してやがるぜ。そんなに寝込みを襲われんのがお望みかよ。ヒバナ、あのデカブツの鱗は、残念ながら俺たちの武器で剥がすのには時間がかかる。まどろっこしいと思うが、詠唱して眠ってるアイツにデカイのを一発ぶっこんでやってくれ」

「了解です!」

「ネラ、念のために防御魔術を。ヤツがもしヒバナの詠唱途中に目を覚ましたりしたら、俺とカイルで全力でヘイトを買う」

「了解。ふぅ……【バリアコート】!」

 ネラさんの魔術の発動と同時に、カイルさんとエドルさんを橙色のオーラが包む。

「効果時間は十分。さぁ、行きましょう」

「よし、全員前進。ヤツを起こさないよう、静かにだぞ」

「「了解」」

 極力足音をたてぬよう、全員で低い姿勢をとって、ゆっくりとリザードマンのもとに接近していく。

 そして、私とネラさんはリザードマンから約十メートルの位置。カイルさんとエドルさんは、ほぼゼロ距離に陣取る。

「詠唱始めます……赤熱の炎 紅蓮の豪火よ いまここに出でりて、灼熱の裁きを与えたまえ──」

 詠唱が進むと共に、私の眼前に形成された炎球が大きさを増していく。

 私が発動しようとしている魔術は、形成した巨大な炎球を対象に打ち込む【グリード=フレア】。大魔術と呼ばれる種類の魔術で、発動に詠唱が必要な分強力な魔術である。

 本当ならこれほどまでにリザードマンとの距離を詰めずとも良い魔術なのだが、私がまだ炎球のコントロールをちゃんと会得できていないため、距離が遠すぎると対象に当てられないのだ。

「練獄の炎よ、今ここに収束したまえ──」

 炎球を大きくして、一発で確実にリザードマンを仕留めるため、より長く詠唱を続ける。

「……グギ?ギャアアアッ!!」

 その時だった。リザードマンが危機を察知したのか、唐突に目を覚まし、飛び起きる。

「こいつ、いきなり起き上がって──」

「ギィッ!」

 リザードマンはまず、左腕を振りかざしてカイルを吹っ飛ばす。

「ひっ!?」

「ヒバナちゃん、詠唱止めないで!」

「は、はいっ!」

「エドル、何とかソイツのヘイト買っといて!その間にカイルを起こす!」

「任せろっ!」

 エドルさんがリザードマンに刃を向け、戦闘体勢に入った。

「さぁトカゲ野郎、どっからでも来い!」

「ギィィ……」

 エドルさんの表情には余裕がある。

「テメェみたいなトカゲ野郎を今まで何度も狩ってきたが、テメェほどデカいのは初めてだ。俺一人じゃ倒せやしない……が、テメェの攻撃を避けて防ぐ、それだけなら簡単だ!」

 そう、エドルさんは私とパーティーを組むようになるまでにも、多くの高難易度クエストを達成してきた実力ある魔術師だ。モンスターとの戦闘にでも、豊富な経験から身につけた技術で巧みに戦う。

「グギャァァァ!」

「よしきた!」

 エドルさんとリザードマンの戦闘が始まった。

「よし、今だ!」

 それと同時にネラさんは吹っ飛ばされて気絶しているカイルさんのもとに駆け出す。

 ネラさんは、エドルさんと長く共に仕事をしてきたプロ。この二人の信頼は、とても厚い。

「カイル、起きなさい!寝ぼけてんじゃないの!」

「うっ……はっ、そうか!俺、リザードマンに吹っ飛ばされて……」

「しゃべってないで動いて!ヒバナが大魔術を当てられるようにアイツを止めてて!」

「も、もちろんッス!でやぁぁぁ!」

 カイルがリザードマンのもとに突っ走る。

 カイルは私と同期でギルドに入団したのだが、天才的な剣の腕を持っている。まだ経験が浅いので、先程のようにモンスターから不意打ちを食らうこともしばしばあるそうだが……

「炎球よ、魔獣を業火に包み、穿て!【グリード=フレア】!」

 リザードマンの体を十分に覆えるほどに巨大になった炎球を、詠唱の終了と共に撃ち放つ。

「カイル!ギリギリで離れるぞ!!」

「了解ッス!!」

 エドルさんとカイルさんがリザードマンの攻撃を受け止め続け、炎球から意識を逸らし続ける。

「これは、当たるっ!!」

 そう確信した。炎球がリザードマンにヒットし、クエストは無事終了。と、全員がそう思った。

 だが違った。

「ギ?グギャァッ!」

「な、何だこいつ!?ぐぬッ!?」

「この野郎っ!放せっ!」

「ギィィ!」

 リザードマンがエドルさんとカイルさんを掴み、空中へと飛び上がる。

 避けられた炎球はそのまま彼方へと飛んでいってしまった。

「う、嘘……」

「エドル!カイル!」

 次にリザードマンは、エドルさんとカイルさんをネラさんに向かって放り投げる。

「ちょっ──がはっ!?」

 三人が地面に打ち付けられ、倒れたまま起き上がれずにいると、リザードマンは再び飛び上がり、そして三人の元にその右足で、踏みつけたのと区別のつかない無慈悲なキックを浴びせる。

 瞬間、リザードマンの足元から鮮紅の血液が飛び散り、私の頬にもその一滴が付着する。

「あ……そんな……」

「ギッ!」

「ひっ!?」

 一瞬のうちに、三人の実力ある魔術師を殺したリザードマンの瞳が、今度は私を捉えていることを本能的に察した。

 次のヤツの獲物は、私。

「逃げ……なきゃ……」

 頭ではそう思っているのに、なぜか体が硬直して動かない。

「ギィィィィ!」

「や、やだ……やだ……わっ!?」

 迫ってくるリザードマン。硬直してあえる体を無理矢理体を動かそうとしたところ、足をもつれさせて倒れてしまった。

「フーッ……」

「やめて……殺さないで……」

 リザードマンは眼前に迫り、私を睨む。その瞳には、確かに私の恐怖に歪んだ顔が写っている。

 私も殺される。そう思ったのと同時に、死への恐怖心がピークに達した。

 その時、股から何かが流れだし、じわりと生暖かい感覚が広がっていくのを感じた。

 私は、失禁している。

「ギィ……ギィィ!」

「うぅっ……」

 リザードマンが私の頬を、は虫類の細長い先の割れた下で舐め上げる。すると、鼻から漏れだしてくる息が荒くなり始め、次第にリザードマンは私の体、そして下半身を舐め回していく。

「ま、まさか……嫌!嫌ぁっ!!」

 リザードマンは、私に発情しているらしい。そして、私はこれからおぞましいことが起きるのを察してしまう。

(このままじゃ犯られちゃう……嫌だ、誰か助けて!!)

 私の心からの叫び。だが、それは誰に届くこともない──はずだった。

(ヒバナよ)

「えっ?」

 頭の中に、柔らかな声が響き渡る。聞くとこの状況でも何だか安心できるような、柔らかで優しい声だ。

(我が子孫、ヒバナ=フレイよ。もう怖がることはない。我に身を委ねるのだ)

「子孫って……何……」

 猛烈な睡魔に似た感覚が私を襲い、意識がどんどん遠退いていく。その途中、意識が真っ暗闇の中に放り出されるような感覚を味わっていると、私の中から私とは違う別の誰かが暗闇を泳いで、落ちていく私とは対象に上に登っていくのを見た。

 そこで私の意識は、何だか心地よく途切れた。




「グギャッ、グギャッ、ギィィ!」

「…………せいっ!」

 ヒバナ……否、ヒバナの内に潜み、その体を掌握した"何か"が、リザードマンの腹を炎を纏った拳で殴り飛ばす。

「ギャァァァァァ!!」

「五月蝿く汚いトカゲよ、この体はお前が自らの色欲を満たすためにベタベタと触って良いものではない」

 "何か"は腹から深紅の刀身を持ち、刃の部分が黒く縁取られた剣を引き抜き、リザードマンにその刃を向ける。

「灰塵へと帰せ」

 "何か"は剣を一振りし、リザードマンの体は真っ二つに別れ、その切断面が発火し、炎はすぐに勢いをまして、一瞬にしてリザードマンの体を塵と灰に変えてしまう。

 そして、その塵と灰は風に運ばれていく。

「……ヒバナ、我がもっと早くこうしていてやれば、大切な仲間を失わずに済んだのに……すまない」

 "何か"は瞳から一粒、大粒の涙を溢した後、剣を再び腹にしまい、平原の草っ原に倒れた。
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