20 / 142
season1
scene03-07
しおりを挟むなんとか納得のいく形でリテイクを撮り終え、雅の姿を追う。彼が自動販売機で飲み物を選んでいるところに近づくと、後頭部にチョップを食らわした。
「あいたっ!? な、何するんですか?」
「フン、別に」
あのことは忘れると言った手前、「お前のことが気になって集中できなかった」とは言えなかった。
大体、それを口にしたら、意識していることを自分から本人に伝えることになってしまう。誤解を招きかねないし、断じてあり得ない。
「えっと、なんか飲みますか?」
微笑みながら問いかけてくる雅は、以前と変わりなく、本当に何事もなかったのではないかと錯覚してしまうほどだ。
どこか腑に落ちない気分になるのは、何故だろうか。
(生意気なヤツ。あんなことしといてムカつく)
ため息をついて「いらね」と一言断ると、踵を返す。
少し歩いたところで、岡嶋の姿が目に入った。彼女はスマートフォンを片手に悲愴な面持ちをしていて、何があったかすぐに察してしまった。
「どうした岡嶋。もしかして、また彼氏?」
近づいて声をかければ、苦笑が返ってくる。
底抜けに明るい彼女が暗い表情をしている時は、決まって恋愛絡みなのだ。
「うん、そうなの。今週末、久しぶりにデートの予定だったんだけどね。急な出張が入ったみたいで……社会人だし仕方ないとは思うんだけど」
「……そうか」
「やっぱり、会える時間が少ないのはちょっとだけ寂しいなあ」
笑いながらも、彼女の瞳は切なげに揺れていた。
泣きたいなら、いっそのこと泣いてしまえばいいのに――我ながら狡猾だが、そう思わざるを得なかった。
「そんなん続きで大丈夫なのかよ? 嫌になんねーの?」
「ん、それでもやっぱり好きなのよ。ごめんね、心配してくれてありがとう」
岡嶋は穏やかな口調で返す。その気遣いが玲央の心をさらに抉る。
いつも少しばかりの期待をしてしまうのだが、自分はどうやっても彼女の“特別”にはなれないのだと痛感させられるばかりだった。
それ以上何も追及できず、何ら意味のない会話を交わして岡嶋と別れると、またやるせない気持ちが立ち込めていく。
「獅々戸さん」
名を呼ばれて、手から温かな体温が伝わってきた。いつの間にか雅が傍に来ていた。
「やっぱり駄目です。あなたにそんな顔してほしくない」
「……しつけーよ」
「俺じゃ駄目ですか? 俺では、あなたの力になれませんか?」
「………………」
彼が発したのは、玲央が岡嶋に言いたい言葉であるとともに、とてもじゃないが言えない言葉だった。
それを容易く口にするこの男は何なのだろう。己の格好悪さを助長しているようで、嫌に腹が立った。
「いい加減わかれよ。俺は求めちゃいねえって言ってんだろうが――そんなふうに好意を向けられるのすら、迷惑なんだよっ!」
雅の手を振りほどいて、鋭く睨みつける。
相手が何か言いたそうに口を開いたのがわかったが、湧き上がる激情を止められず、続けざまに言葉をぶつけた。
「大体、野郎同士で気持ち悪ィだろ! こっちにはそんな趣味ねえってのに、人のこと好き勝手しやがって……こんな屈辱感味わったの初めてだ! ざけんじゃねーぞ、クソったれがッ!」
完全に八つ当たりだった。一時の感情で心にもないことを言ってしまったと、あとから気づくも遅い。
「ごめんなさい……」
絞り出すような声で雅が頭を下げる。
玲央は何も言えず、静かに立ち去る背中を見送ることしかできなかった。
(口が悪いにもほどがあるっつーか……後輩相手に大人げなさすぎだろ)
激しい自責の念に駆られた玲央は、雅が住んでいるマンションを訪れていた。
時間を置けば置くだけ気まずさが募るだけだし、悪いのは明らかにこちらなのだから、しっかり謝っておきたかったのだ。
自宅に押し掛けるのもどうかという話だが、これまで大した関わりがなかったので連絡先を知らず、他の部員に訊こうとも思ったものの、なんとなく気が進まなかった。
それに、こういったものは直接言った方がいいだろう。SNS時代とはいえ、そのコミュニケーションのあり方は味気ない気がして、あまり好きではない。
「あー、獅々戸だけど。今から部屋行っていい?」
共同玄関のインターホンを鳴らし、反応があったのを確認して名乗る。
相手が玲央だとわかると、雅もさすがに驚いた様子で応対した。
『えっ、獅々戸さん? あ、どうぞ、開けますね』
オートロック式のドアが開錠されて、マンション内に足を踏み入れる。
階段を上がって部屋の前までやって来れば、呼びかけるまでもなく雅が姿を現した。
「えっと、お疲れ様です。どうされたんですか?」
あんなにきつく突っぱねてしまったのにも関わらず、普段と同じように接してくれる彼に不甲斐ない気分になった。
だが、物事には順序というものがある。本題の方はとりあえず後回しにすることにした。
「この前泊めてもらった礼、まだしてなかったと思って」
言いながら手にしていた紙袋を手渡す。巷で有名な洋菓子店のものだ。
「いいんですか? ありがとうございます……!」
雅は嬉々として受け取って、袋の中身を見るなり「あっ」と小さく声をあげた。
「このレーズンサンド、前にテレビで見たことがあります。今、すごく人気あるんですってね。買うの大変じゃありませんでした?」
購入するのに並んだといえば並んだのだが、わざわざ口にするほど野暮ではない。
「別に? 大したことねえよ。いいからテキトーに食ってくれ」
「はいっ、ありがとうございます!」
雅が二度目の感謝の意を述べて、さも嬉しくて堪らないといったように、満面の笑みを見せてくる。
いつもの穏やかな微笑ではなく、子供のような無邪気な笑顔だった。こんな顔もするのかと、思いがけず動揺してしまう。
「あの、お茶淹れるんでよかったら」
流れで口にしたのだろうが、雅はすぐさま表情を気まずげに曇らせた。
(悪いのはこっちなのに)
やれやれだな、と一息ついて彼の肩を叩く。
「そうだな。茶ァくらいなら飲んでくわ」
こんなものは単なる口実だ。脇をすり抜けて勝手に部屋に上がると、雅も戸惑いを見せつつ続いてきた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる