てなずけたポメラニアンはSubで鬼上司でした

有村千代

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最終話 そして、その後の彼ら(1)

(俺が、ベトナムに……?)

 総合商社という職業柄、海外出張や駐在はまったく珍しいことではない。そもそも、グローバルな仕事をしたいからという理由で、入社する社員もいるくらいだ。

 もちろん犬飼とて、海外出張は幾度となく経験してきたし、いずれは駐在することになるだろうと覚悟していた。ただ、二十代のうちに辞令を言い渡されるとは思わなかった――というのが実のところである。

 そんな動揺を見透かしてか、はたまた想定済みだったのか。部長はさらに言葉を重ねてくる。

「心配せんでも大丈夫だよ。駐在なんざピンからキリまであるが、こいつは新規事業のテコ入れだし、間違いなく当たりだ。……お前が正当に評価された証だろうよ」

 言って、朗らかに出向先の資料を手渡してくるものの、犬飼は心ここにあらずといった感じだった。

「ちなみに期間は?」
「まあ、ざっと三年ってところだな」
「………………」

 犬飼がぼんやりと資料に目を通している間も、部長は淡々と説明を続ける。その後、ふとこちらの首元を見やると、思い出したように問いかけてきた。

「そういえばお前、パートナーが出来たのか?」
「あ、はい」
「そうか。なら、相手ともよく話し合えよ。なにも無理に行けとは言わない」

 部長はそう告げながらも、

「……ただ俺としては、前向きに検討してくれると嬉しい。これでもお前のことは買ってるし、気に入ってるんだ」

 と、どこか寂しげに付け加える。その感情は、部下を持つ身として理解できるものがあった。
 ただ、犬飼は大した返事もできずに、そのまま会議室から退室することになる。

 オフィスへ戻ると、ちょうど羽柴と鉢合わせた。羽柴はこちらを見て思うところがあったのか、すかさず声をかけてくる。

「れん――犬飼主任、どうかしましたか?」
「いや……なんでもない」
「でも」
「そろそろ朝礼だろ」

 心配そうな声を振り切って、犬飼は自分のデスクへ着く。それから間もなくして朝礼が始まり、業務開始となった。

(ベトナムか……)

 人知れず、言い渡された辞令のことを思い返す。
 出向社員として現地企業の従業員をリードし、事業を拡大させる――正直、商社マンなら誰もが惹かれる話だ。ベトナムはまだ発展途上国だし、現地に根差した事業展開は、今後のビジネスにも大いに役立つだろう。

 しかし、犬飼は素直に喜べなかった。
 この辞令を受けるということは、少なくとも三年は日本を離れるということで――、

(ああ、駄目だ)

 今は職務中なのだから、余計な考え事をしている場合ではない。
 そう考えを振り払おうとも、なかなか思うようにはいかなかった。


   ◇


 思い悩む日々が続くなか、やってきた週末。

 部署内で行われた飲み会のあと、「ウチで飲みなおしませんか」と羽柴に誘われ、犬飼は断る理由もなく居酒屋を後にした。

 羽柴が住んでいるマンションは徒歩圏内にあった。
 向かう道すがら、コンビニエンスストアに立ち寄る。互いに好きなものを言い合って食品を買い込んでいくさまは、なんだか同棲でもしているかのようだ。

(……こういった日々が続いたら、さぞ楽しいだろうな)

 手と手が触れ合えば、どちらからともなく指を絡めて恋人繋ぎをしたまま歩く。そんな些細な触れ合いでさえ嬉しくて、特別なことのように思えてならない。
 我ながら呆れてしまうが、付き合いたての雰囲気にどうしようもなく浮かれている。おかげで羽柴の部屋に到着するなり、玄関で抱き合う始末だった。

「飲みなおすんじゃなかったのか?」
「わかってるくせに」

 犬飼が戯れるように言えば、羽柴もまた目を細めて返してくる。至近距離で視線が交わって、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
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