てなずけたポメラニアンはSubで鬼上司でした

有村千代

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最終話 そして、その後の彼ら(4)

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「ありがとう、羽柴……」

 小さく告げると、軽くキスを交わして見つめ合う。
 羽柴の想いがじんわりと胸に染み込んできて、もう何があっても大丈夫だと思えた。

 ただ一つ、心残りがあるとするならば、

「どうせなら、あと一年待ってくれればいいのにな」

 そう、あと一年待ってくれればと思わないこともない。フッと羽柴に微笑みかけて、犬飼は続けた。

「もっと君の成長を間近で見守りたかった。もっと俺の手で……伸ばしてやりたかった」

 こんなことを口にしたところで、という話ではあるが、それでも言わずにはいられなかった。
 まだまだ年若いし、伸びしろもたくさんある。仕事にも慣れてきたであろう頃合いなのに、自分がそこに居ないのはやはり残念でならない。

 自嘲するかのように笑みをこぼすと、羽柴は気持ちを察してくれたのだろう。背筋をピンと伸ばし、あらたまった様子で見つめてきた。

「今までだって、蓮也さんからたくさんのことを教わりました。仕事のことだけじゃない――ダイナミクスのこと、大切な人を想う気持ち。本当にたくさんたくさん、教わりました」
「………………」

 犬飼は相手を見つめ返してから、続く言葉を待った。羽柴は少しだけ照れくさそうにしながらも、はっきりと口にする。

「蓮也さんから教わったこと、自分の中でちゃんと活かします。離れている間、俺もあなたに相応ふさわしい男になってみせますからっ」

 そう言って、力強く手を握ってくる羽柴はどこか大人びて見えた。思わずドキリとさせられてしまい、犬飼の顔に苦笑が浮かぶ。

「まったく、君には敵わないな」

 握られた手をやんわりと解くと、一度ベッドを離れて、自分の通勤鞄からあるものを取り出した。それを手に羽柴のもとへ戻り、相手に向かって差し出してみせる。

「今のままだって、俺に相応しい男だよ」

 手にしていたのは、首輪とセットで贈られたリードだった。
 上司と部下、パートナー、そして恋人……どれもが大切にしたい関係性で、信頼と絆で成り立っている。その証といえるものを、羽柴にも持っていてほしかった。

 羽柴は目を瞬かせたのち、厳かにリードを受け取る。それ以上はもう言葉もいらず、ただ見つめ合って、はにかむように微笑みを交わすのだった。


    ◇


 それからの日々は、とにかく目まぐるしく過ぎ去っていった。
 やるべきことを挙げだしたらキリがない。準備で明け暮れるうちにも、あっという間にベトナムへと旅立つ日を迎えてしまう。

 空港には羽柴をはじめ、営業部の面々が見送りに駆けつけてくれた。犬飼は周囲の目も気にせず、羽柴と最後の抱擁を交わす。

「じゃあ、行ってくるな」
「はい。いってらっしゃい、蓮也さん――どうかお元気で」

 名残を惜しむようにして体を離すと、犬飼は精一杯の笑顔で応えた。そのまま搭乗ゲートへ向かい、あらためて手を振って別れを告げる。

 しばらくすると、いよいよ出発時刻を迎えて日本を発ったのだった。
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