てなずけたポメラニアンはSubで鬼上司でした

有村千代

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番外編 プロポーズといつかの夢(2)

「俺と……結婚してくださいっ!」

 その瞬間、犬飼は大きく目を見開く。

 羽柴が何を言ったのか、頭で理解するのに時間を要した。しかし、考えが追いついた途端、じわじわと顔に熱が集まっていき、胸の鼓動はもはや苦しいくらいになっていた。

「一生かけて、蓮也さんのこと幸せにします! だから、これから先もずっと一緒に……っ」

 羽柴は必死な様子だった。なおも真剣な表情で言い募ってくるものだから、つい目頭まで熱くしてしまう。
 自分との将来を考えてくれていたことが嬉しくてならない。犬飼は涙ぐみそうになりながらも――しっかりと頷いてみせた。

「ああ、喜んで」

 灯篭を持つ羽柴の手に、そっと自分の手を重ねる。
 一方で羽柴は何を言うでもなく、こちらをひたすらに凝視していた。

「羽柴?」
「す、すみませんっ! 一瞬、息が止まっちゃって!」

 言って、またもや深呼吸を繰り返す。犬飼は眉尻を下げて笑った。

「また随分と大袈裟だな」
「そりゃ、大袈裟にもなりますよ」と一呼吸置いて、「……蓮也さん、本当に? 本当に俺でいいの?」

 身を乗り出し、羽柴は確認するように問いかけてくる。

「当然だろ。君以外、他に誰がいると言うんだ」
「だって結婚ですよ、結婚。誰かと一生をともにするって、そう簡単じゃないですよ?」
「だろうな。だが、それでも羽柴とともにありたい。……遠く離れてわかったんだ、俺は君がいないと駄目なんだと」

 犬飼はきっぱりと断言してみせた。
 羽柴は感極まったように深く息をついたのち、へにゃりと相好を崩す。

「う、わ……マジか。俺、嬉しすぎて泣きそう――蓮也さんの籍に入れるとか、もう夢みたい」
「おいおい。大の男がこんなところで泣いてどうする」

 犬飼も決して人のことを言えないが、あえて茶化すような物言いをした。それから、羽柴の言葉を一つだけ訂正しようと思い立つ。

「それに籍なら逆だろ、逆」
「え……? でも同性同士の場合は、年長者の籍に入るのが普通なんじゃ?」
「一般的にはそうだが、俺には夢があるんだ」

 やんわりと羽柴の手を離し、思いを馳せるように自分の灯篭へと目を落とす。あたたかな灯りに照らされながら、犬飼はずっと胸の内にあった願いを口にした。

「いつか――羽柴が経営者になったとき、俺はその下で働きたい。君のSubとして、そんな日が来るのを期待しているんだ」

 そうして灯篭を川に浮かべ、静かに手を離す。
 願いを乗せたそれは、ゆらゆらと水面を照らしながら流れていき、あっという間に見えなくなった。そのさまを見届けたのち、犬飼は羽柴に向き直る。

 かたや羽柴はというと、余計に真っ赤になってしまったようで、両手で顔を覆っていた。

「蓮也さん、俺より格好いいこと言うのやめてくんないかな。……俺、声とか上擦ってて情けなかったし」
「馬鹿だな。君の精一杯が伝わってきて、嬉しかったというのに」
「………………」

 羽柴はぐうと唸って、押し黙ってしまう。
 が、そのうちに踏ん切りがついたのだろう。勢いよく顔を上げると、あらためて灯篭を手に取った。

「……入社したての頃、右も左もわからない俺に、一番親身になってくれたのが蓮也さんでした。いつも叱られてばかりだったけど、この人のために力を尽くしたいと思っていたし、今でもその気持ちは変わりません」

 灯篭が水面に浮かぶ。羽柴は手を離すとともに、言葉を続けた。

「だから――蓮也さんの夢が、俺の新しい夢です」

 そう言って流した灯篭のともし火は、遠く離れてもやたらと明るく見えて、まるで未来への希望を象徴しているかのようだった。


 ――これからも、ともに歩んでいこう――。
 その言葉は、はたしてどちらが発したものだったか。

 自然と顔を寄せ合い、ひそやかに口づけを交わす。結婚式さながらの誓いのキスに、二人してクスクスと笑ってしまったが、今このときを心に刻みながら寄り添い続けた。
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