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第8話 突然のカミングアウト(5)
しおりを挟む次に目を覚ましたとき、侑人は自宅のベッドに寝かされていた。
いつどうやって帰ってきたのかまるで記憶がないが、ベッド脇には高山が付き添ってくれていて、ほっと胸を撫で下ろす。
「高山さん――」
「大丈夫か、侑人」
「大丈夫。……高山さんの顔見たら、なんか安心した」
体はアルコールのせいで怠かったものの、気分はいくらかマシになっていた。眩暈も治まっているし、吐き気もない。
上半身を起こしてみれば、ばつが悪そうにしている恭介の姿があった。こちらと目が合うなり、恭介はおずおずと口を開く。
「悪かったな、侑人」
言って、すぐに視線を落としてしまう。次に言葉を発したのは高山だった。
「言わなくてもわかるだろうが、お前の兄貴が連れ帰ってきてくれたんだ。俺はそんな事態になってるとは知らなかったからな」
「………………」
恭介は心底反省している様子で、表情を暗くさせている。
普段は見ることのない姿に、侑人は胸が痛むのを感じた。あのような店に誘ったのは、思惑があってこそだろうが、それでも悪気がないのはわかっている。言ってしまえば、価値観の違いなのだから仕方のないことだ。
侑人は恭介の方に向き直り、静かに言った。
「兄さん。その、あらためて少し話がしたいんだけど」
「……ああ、わかった」
神妙な面持ちで恭介が頷く。それを受けて、高山が人知れず席を外そうとしていた。
「あ、高山さんは」
「いいよ。ベランダで一服してるから、終わったら声かけてくれ」
言うと、煙草の箱を手にして部屋から出ていく。
二人きりになったところで、恭介がベッドの縁に座って口を開いた。その声色は重く沈んでいた。
「体はもういいのか?」
「うん、ちょっと気分が悪くなっただけだから。家まで送ってもらえて助かったよ、ありがとう」
「……お前が倒れたときはかなり焦った。危うく心臓が止まるかと思ったくらいだ」
「え、そんな大げさな」
「本当にすまなかった。俺がキャバなんて連れて行ったから――お前のこと、少しも理解しようともせずに……」
しきりに謝罪の言葉を述べてくる恭介。侑人はそんな兄を安心させるように微笑んでみせた。
「いいって、俺を思ってのことだってわかってる。でも、正直プレッシャーに感じたし、妻子持ちのくせにキャバ通ってるのもどうかと思うけど」
「い、いやべつに嬢のこと狙ってるわけじゃねーしっ。あくまでも日頃のストレス発散というか……こう見えて奥さん一筋だし!?」
「とか言って、金使いも荒いくせに。今日のぶんは割り勘でいいからね」
「うっ……」
冗談めかして言えば、恭介が慌てて弁解してきたので思わず笑ってしまった。恭介も緊張の糸が切れたのか、二人の間に漂う空気が少しだけ和らぐ。
もう互いに反発しあうような雰囲気でもない。侑人は笑顔を浮かべたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……あのさ。俺だって、『なんで男が好きなんだろう』ってさんざん悩んだよ。将来を考えると不安で、ゲイなんてやめて婚活しようと思った時期もあった。それでもやっぱり駄目でさ……俺が好きなのはどうしたって男だし、もっと言えば高山さんだった。高山さんはありのままの俺を好きになってくれて、いつだって寄り添ってくれて――この人しかいないと思ったんだ」
恭介は静かに耳を傾けていた。侑人はさらに続ける。
「きっとすぐには受け入れられないだろうし、俺たちのこと認められなくたっていい。……ただ、あまり心配はかけたくないから。ちゃんとパートナーがいるんだってことは知っておいてほしい、かな」
そこまで言うと、恭介は「そうか」と重々しく口を開いた。
「だけど実際問題、男二人でこの先もやっていけると思ってんのか? 苦労するのは目に見えてるだろ」
「そりゃあ、先のことはわからないけど……覚悟決めてるし。なにより俺は、俺が好きになった人のことを信じてるから」
侑人は迷いなく告げる。先日は伝えられなかった思いを、真っ直ぐにぶつけてみせる。
長い沈黙の果てに、やがて恭介は観念したかのように頭を掻いた。その表情はひどく優しく、そして少し寂しげだった。
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