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第9話 そして、新たなスタートへ(3)
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橘と初めて会話したときのことを思い出して、諒太は恥ずかしさに悶絶した。
さらに悪いことに、美緒まで話に入ってこようとしてくる。
「なあに? だいちくん、およめさんになりたいの?」
「うん」
「あーこらこらこらっ! 君たち、そういう話はあとでしなさい!」
橘が素直に肯定するものだから、諒太は慌てるしかなかった。
しかしその一方で、あの出来事がきっかけで今の関係になれたのかもしれないし、人生というのは不思議なものだと思う。まさかこんなにも誰かを愛おしく思える日がくるとは、想像すらしていなかった。
「……まあ、なんだ。そういった冗談は置いといてさ」
「えっ、わりと本気なんすけど」
「だから置いといてっ――真面目な話、俺も……その」
橘の言葉に感化されたわけではないけれど、ふと諒太も自分の気持ちを伝えたくなった。
少しばかり照れくさいが、言わなくては伝わるものも伝わらない。勇気を振り絞ると、一呼吸置いてから言葉を紡いだ。
「大地がいて美緒がいて、みんなで笑って過ごせるような――“形”はどうであれ、幸せな家庭を築けたらいいなって。……二人のおかげで、俺もそんなふうに思えるようになったよ」
家庭を持つこととは縁遠く生きてきた自分が、今ではこの二人と共にある未来を思い描いているだなんて――諒太自身も驚きを隠せないものの、これが正直な今の気持ちだった。
橘は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに穏やかな表情になって口を開く。
「まるでプロポーズみたい」
「ブッ!?」思わず諒太は吹きだした。「ぷ、プロッ……いやいや、違うから!」
「安心してください。俺、いつでも嫁入りできるよう、修行しておきます」
「『だから置いといて』って言ったよね、それ!?」
橘が言うと冗談に聞こえない。彼の顔は真剣そのもので、いつか本気で籍を入れようとするのではないかと思えてしまう。
(もし、籍入れるって話になったら……)
当分の間は同性婚が法制化するとは考えられないし、やはり養子縁組として一緒になるのがいいのだろうか。その場合、同性カップルの家庭で育つ養子の扱いは――つい考え込んでしまう自分もどうかしているが、さらに広がった可能性の一つが脳裏をちらついて仕方がない。まったく何を一人で突っ走っているのだろう、と呆れてしまうほどに。
「あ、そろそろ業者来ると思うんでこの辺で失礼します」
諒太が動揺しているうちにも、橘はそう言って立ち上がった。いつの間にやら、それなりに時間が経っていたらしい。
「もういっちゃうの?」美緒がきょとんとして言った。
「うん、ごめんね。また今度遊ぼう?」
「はーいっ。だいちくん、またね!」
バイバイ、と手を振る美緒に応えてから、橘は玄関へと向かう。
諒太はそれを見送ろうと、靴を履いている背中に向かって声をかけた。
「初めての一人暮らしだし、何かあったらいつでも……」
と、そのとき。橘が振り向くや否や、こちらの手を引いてきた。
不意打ちをくらった諒太はバランスを崩し、倒れ込むようにして橘に抱きとめられてしまう。
「えっ、あの」
「……『何か』なんてなくても、会いにきます」
顔を上げれば、橘が一瞬だけ口づけたのちに囁いてきた。
そして、何事もなかったかのように爽やかな笑顔を浮かべる。そのまま彼は言葉を続けた。
「諒太さんと出会ってから、もうすぐ一年っすけど――俺、前よりずっとあなたのこと好きになってる自覚あるんで。だから、覚悟してください」
言うなり、颯爽と部屋を出ていく。
残された諒太は胸がドキドキとして、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(か、『覚悟』って何をだよ!)
一体これから、どのような日々が待ち受けているのだろう――きっとそれは、想像以上にドタバタと賑やかで、楽しい毎日に違いない。
そうして二人の恋は新たなスタートを切ったのだった。
さらに悪いことに、美緒まで話に入ってこようとしてくる。
「なあに? だいちくん、およめさんになりたいの?」
「うん」
「あーこらこらこらっ! 君たち、そういう話はあとでしなさい!」
橘が素直に肯定するものだから、諒太は慌てるしかなかった。
しかしその一方で、あの出来事がきっかけで今の関係になれたのかもしれないし、人生というのは不思議なものだと思う。まさかこんなにも誰かを愛おしく思える日がくるとは、想像すらしていなかった。
「……まあ、なんだ。そういった冗談は置いといてさ」
「えっ、わりと本気なんすけど」
「だから置いといてっ――真面目な話、俺も……その」
橘の言葉に感化されたわけではないけれど、ふと諒太も自分の気持ちを伝えたくなった。
少しばかり照れくさいが、言わなくては伝わるものも伝わらない。勇気を振り絞ると、一呼吸置いてから言葉を紡いだ。
「大地がいて美緒がいて、みんなで笑って過ごせるような――“形”はどうであれ、幸せな家庭を築けたらいいなって。……二人のおかげで、俺もそんなふうに思えるようになったよ」
家庭を持つこととは縁遠く生きてきた自分が、今ではこの二人と共にある未来を思い描いているだなんて――諒太自身も驚きを隠せないものの、これが正直な今の気持ちだった。
橘は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに穏やかな表情になって口を開く。
「まるでプロポーズみたい」
「ブッ!?」思わず諒太は吹きだした。「ぷ、プロッ……いやいや、違うから!」
「安心してください。俺、いつでも嫁入りできるよう、修行しておきます」
「『だから置いといて』って言ったよね、それ!?」
橘が言うと冗談に聞こえない。彼の顔は真剣そのもので、いつか本気で籍を入れようとするのではないかと思えてしまう。
(もし、籍入れるって話になったら……)
当分の間は同性婚が法制化するとは考えられないし、やはり養子縁組として一緒になるのがいいのだろうか。その場合、同性カップルの家庭で育つ養子の扱いは――つい考え込んでしまう自分もどうかしているが、さらに広がった可能性の一つが脳裏をちらついて仕方がない。まったく何を一人で突っ走っているのだろう、と呆れてしまうほどに。
「あ、そろそろ業者来ると思うんでこの辺で失礼します」
諒太が動揺しているうちにも、橘はそう言って立ち上がった。いつの間にやら、それなりに時間が経っていたらしい。
「もういっちゃうの?」美緒がきょとんとして言った。
「うん、ごめんね。また今度遊ぼう?」
「はーいっ。だいちくん、またね!」
バイバイ、と手を振る美緒に応えてから、橘は玄関へと向かう。
諒太はそれを見送ろうと、靴を履いている背中に向かって声をかけた。
「初めての一人暮らしだし、何かあったらいつでも……」
と、そのとき。橘が振り向くや否や、こちらの手を引いてきた。
不意打ちをくらった諒太はバランスを崩し、倒れ込むようにして橘に抱きとめられてしまう。
「えっ、あの」
「……『何か』なんてなくても、会いにきます」
顔を上げれば、橘が一瞬だけ口づけたのちに囁いてきた。
そして、何事もなかったかのように爽やかな笑顔を浮かべる。そのまま彼は言葉を続けた。
「諒太さんと出会ってから、もうすぐ一年っすけど――俺、前よりずっとあなたのこと好きになってる自覚あるんで。だから、覚悟してください」
言うなり、颯爽と部屋を出ていく。
残された諒太は胸がドキドキとして、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(か、『覚悟』って何をだよ!)
一体これから、どのような日々が待ち受けているのだろう――きっとそれは、想像以上にドタバタと賑やかで、楽しい毎日に違いない。
そうして二人の恋は新たなスタートを切ったのだった。
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