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第5話 さよならへのカウントダウン(4)

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    ◇

 翌朝。ナツがベッドで目を覚ますと、隣で寝ていたはずの隆之の姿がなかった。
 体を起こして大きく伸びをし、欠伸をしながら寝室を出る。リビングでは、隆之がまた誰かと通話しているようだった。
「だから、いいって言ってるだろ。そう何度も持ち掛けられても困るし、相手だって……」
 どこか困り果てたような口調である。ちらりとこちらに視線を投げかけると、「ごめん、もう切るよ」と言い放って、さっさと通話を終えてしまった。
「何かあったの?」
「あー……ちょっとお袋がな。どうも近頃、『いい人紹介するから』ってしつこいんだ」
 言いにくそうにしつつ、隆之が頭を掻いて答える。
 縁談、ということなのだろう。親からしたら、大事な息子が独り身でいるのが心配なのかもしれない。
「俺のこと気にかけてくれてるのかもしれないけど、こうもしつこいと参ってしまうというか。こっちにはその気なんて全然ないのに」
「そっかあ。ハハ、隆之さんも大変だね」
 笑って返しながらも、内心ではショックを受けていた。
 あまりに抵抗なく受け入れてくれただけに、大事なことを忘れていたのだ。調子に乗って引きずり込んでしまっただけで、もともと隆之はストレート――ボーイと客以前の問題として、こちらとは住む世界も歩むべき人生も違う。
(だって俺、これしか知らなかったから。これしかできないから……ずっとそうやって、寂しさを誤魔化してきたから。でも、隆之さんはフツーにフツーの人で――)
 自分の中にあった恋愛感情を自覚したからって、何を浮かれていたのだろう。京極の言うようにめでたし、なんてことあるはずもなかったのに。
 恋人同士になれればいいというなら、もちろんそれでハッピーエンドだ。しかし、漫画やドラマのように、付き合って終わりというわけにはいかない。
 五年後、十年後、その先はどうなっているというのか。過去の嫌な記憶が呼び起こされ、ナツは途端に怖くなった。
(男二人が一緒にいて、何になるんだろう。隆之さんにはもっといい未来があるってのに……)
 あの初恋の家庭教師とは違い、隆之ならば真摯に付き合ってくれるとわかっている。けれど、彼の隣に自分がいる未来が想像できない。
 当然のごとく異性と結婚して家庭を築き、子どもができて、やがて孫もできて、幸せな老後を送る。その方がよほどリアルに思えた。
「……ナツ?」
 いつの間にか目の前に立っていたらしい。隆之が心配そうに見下ろしてくる。
「え、なに」
「すまない、変な話をして。君にそんな顔させるつもりはなかったんだ」
「んーんっ、ンなことないよ? ちょっと寝起きでぼーっとしちった」
 慌てて取り繕い、ナツはへらりと笑みを浮かべた。
 が、やはり嘘をつくのはあまり得意ではないようだ。隆之が眉根を寄せて怪訝な表情になる。
「ナツ、俺は君が――」
「っ、マジで違くってさ!」
 隆之の手が頬に触れようとした瞬間、反射的にナツは顔を背けてしまった。
 伸ばした手を宙に浮かせたまま、隆之が固まる。しまった、と思ったけれど、一度口から飛び出したものはもう戻らない。ナツは静かに決意を口にした。
「実は……昨日からずっと考えてたことがあって――俺、ウリの仕事辞めようと思うんだ」
 そうして、『ナツ』ごと『××』も隆之の前から消えてしまおうと。
 軽率に付き合って後悔するくらいなら、いっそのこと何もかも終わらせてしまった方がいい。綺麗な思い出のまま、宝物のように心の奥底へと仕舞い込んでしまえば、きっと傷つくこともないだろうから。
(……これが二人にとってのハッピーエンド。そうでしょ?)
 そう自分に言い聞かせながら、必死になって笑顔を作ったのだった。
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