【R-18】どうしてこんなことに

アルカ

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シャーロット

どうしてこんなことに 1

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「ああもう、どうしてこんなことに!」

 シャーロット・リースデンは、本日何度目かわからない癇癪を爆発させた。
 目の前には苦しみ横たわる護衛騎士のウィルフリッド。離岸した客船は、どこにも逃げ場も解毒の伝手もない。

「元はと言えば、ぜーんぶあいつが悪いのよ。あの陰険ルーグレイ!」
 完璧な八つ当たりで憎きライバル(一応婚約者)の顔を思い出し、ぐっと拳を握った。

 荒い息で苦しそうに背を曲げるウィルフリッドの姿は、シャーロットの記憶のどこにも存在しないものだ。いつだって彼女の味方であり、剣の師匠である男の、こんな弱った姿など。

 己の役立たずさが情けなく、じわりと目のまわりが熱を持つ。潤みそうになる紺碧の瞳を瞬きで誤魔化し、シャーロットはこれまでの出来事を振り返った。


 ◇◇◇


 母国リースデンでの政変により、シャーロットと父方の叔母アリアは、海を隔てた大国ディアドーレへと渡ることになった。シャーロットが十一歳のときである。一歳年下のディアドーレの第二王子ルーグレイとの婚約を決められ、十年後には婚姻を約束されての片道切符だった。

 覚悟はしていたものの、満足な別れの場もない急な出立にシャーロットが腐らずにいられたのは、ひとえにアリアの存在が大きかった。

 父王の母親違いの妹にあたるアリアは、シャーロットよりも七歳上の十八歳。
 彼女は出会った当初から変わっていた。初めて挨拶をした時の、屈んで合わせてくれた己と同じ紺碧の瞳は、優しさに満ちていた。シャーロットの母が身分を軽んじた嫌味を口にしても、笑って許してしまう。幼心にこんな善良な人が王宮でやっていけるのかと、会う度心配になったほどだ。
 だからこそ、父王は他の兄弟のようにアリアの首を刎ねてしまわなかったのだろう。

 ディアドーレに渡って、シャーロットは毎日のように彼女に抱きしめられた。膝に乗せて背を撫でながら、いつも話を聞いてくれる。実の母には一度もしてもらったことがないそれらは、カラカラの器に注ぐように、シャーロットの心の中を確実に満たしていった。満たされて初めて、足りていなかったのだと知った。

 数ヵ月も経てば、母国での希薄だった実の家族との思い出など遥か彼方にかすみ、シャーロットの毎日は非常に充実して楽しいものになっていた。
 唯一の不満は、婚約者であるルーグレイくらいである。
 何故ならこのルーグレイ、見た目は美少女もかくやという儚さをそなえた美少年なのだが、そこはかとなく胡散臭い。笑顔は完璧な王子なのに、シャーロットに対してひんやりと冷たい素地を隠さないのだ。

 その上さらに。
 最初の頃は興味なんて示しもしなかったのに。東屋で雷雨に見舞われた茶会の日を境に、シャーロットアリアにすり寄るようになったのだ。

「ルーは、ロッテのことがずっと羨ましかったのですって」
「今まで優しくできなくてごめんなさい、シャーロット姫。僕と仲直りしてくれませんか?」
「ふふっ。二人とも、案外似た者同士なのかもしれないわね」
「似てません。絶対、ぜったい似てません!」

 ちなみにこの会話は、ソファに腰かけるアリアを挟んで行われている。
 我が物顔でアリアの右隣を占領してぴたりとくっつき、愛称で呼ばれながら、しおらしい声を出すルーグレイは勝ち誇った顔をしているのだ。アリアからは見えない角度で。
 反対側の左隣から目撃したシャーロットは、このとき手を出さなかった自分を全力で褒めたい。
 本当なら最近通っている王立学園で覚えた下品な言葉で罵って、彼の頭をぐいと押し返してしまいたかった。
 けれど、曲がりなりにも相手は大国の第二王子。しかも年下である。

 ぐっと我慢したシャーロットは、ルーグレイが退室してからアリアに存分に抱きつき、ちょっとだけ泣いた。

「殿下にアリア叔母様を取られるなんて、予想外だったわ」

 リースデンから伴った騎士ウィルフリッドに、愚痴をこぼす。

 ウィルフリッドは、父王の気に入りの護衛騎士だった。出自は伯爵家の三男で、継ぐ家督は持ち合わせていない。けれど十代の頃世界を巡り、剣聖にも師事をしたという腕は確かで、父が王族を一掃したときも随分と重宝したらしい。
 その彼を海を渡ってまで供に付けた理由を、シャーロットは知っている。
 反乱分子によるアリアやシャーロットの誘拐を防ぐためである。まだ国内は政変の影響で浮足立っている。そのために、父王は彼を付けた。ゆくゆくは呼び戻される命を受けているのだろう。男盛りの二十代だが、他の騎士のようにディアドーレの侍女や王宮で働く娘に対し、不用意に声をかけたりしない。
 そんなウィルフリッドに、シャーロットは特別に信を置いている。口と身持ちの堅い忠臣は貴重だ。

「ここはやっぱり、きっかけになった雷を克服することから始めようと思うの」

 原点に立ち返り、そこから正していこうと彼女は考えた。ルーグレイの態度が変わり、シャーロットが醜態を晒した原点。雷雨に見舞われた茶会である。
 シャーロットは素直な性質だ。若干思い込みが激しく、変な方向につき進んでしまうというだけで。

「雷ですか? あの、姫様。雷鳴を恐れるのは生物として当然の反応です。決して、恥じることではありません」
「でも殿下は誰にも抱きつかなかったわ。私は恥ずかしくも、貴方を止まり木代わりにしてしまったのに!」
 優しく諭されて、それでもシャーロットはキリっと顔をあげた。

「止まり木代わりだったんですか、あれ。それでよじ登ってたんですねぇ」
 ウィルフリッドは遠い目をして呟いた。

 婚約者との交流は、いつしか間にアリアを挟んで彼女の愛情を奪い合う場へと姿を変えた。アリアは差別したりしない。同じように姪と未来の義甥を可愛がる。公平だが、それはシャーロットにとっては愛情が目減りしたように感じて、苦しい。しかも一歳年下のルーグレイに、勉学で何ひとつ勝てない劣等感も日々上乗せされる。

「あの日からおかしくなったんですもの。私は弱さを克服し、ルーグレイ殿下への嫉妬心も克服してみせます」
 シャーロットは斜め上に向かって、暴走を始めた。

「それでは、剣術はどうでしょうか」

「剣術?」
 どうして剣術なのか。ウィルフリッドの言葉にこてんと首を傾げて聞き返す。

「雷を克服……は、正直聞いたことありませんが。私の師事していた剣聖は、滝を切ることすら出来ました。自然現象との対話は、剣の道の基本であり奥義でもありますし」

「ウィルフリッド! 今日から貴方を師匠と呼びます!」

 残念ながら、剣一筋のウィルフリッドも斜め上にずれていた。

 そんなこんなで剣術を習い始めたシャーロットは、天賦の才をみせた。
 リースデンでは剣も馬も彼女は触れたことがなかった。けれど、ディアドーレでは誰も咎めはしない。リースデンの大使が眉をひそめる程度である。
 最初はルーグレイの教師が兼務をしていたけれど、剣術に関しては早々にウィルフリッドに引き継がれてしまった。木剣での模擬戦とはいえ、教師に毎回膝をつかせることになってしまったからだ。矜持を傷つけられた教師は職を辞してしまったし、ルーグレイには笑顔で嫌味を言われた。口では勝てた例がないので、模擬戦で全勝してやり返したが。

 ウィルフリッドに師事し、王宮内道場破りのようなことを続け、二十歳の年、「まるで、王位に就かれる以前の陛下を見ているようです」と、万感の思いを込めて騎士の礼を取られた。

「でもまだ雷を克服できていないわ」
 シャーロットが柳眉を下げると、ウィルフリッドがぽん、とひとつ手を打った。

「こうなったら、直接うちの師匠に弟子入りしますか」
「それよ!」
 リースデンから連れてきた他の騎士や侍女、アリアにまで全力で止められたものの、シャーロットは譲らなかった。ウィルフリッドの口添えで、剣聖からの弟子入り許可が下りた。
 唯一の問題は、数ヵ月後に迫ったルーグレイとの婚姻である。

 ディアドーレは厳格な一夫一妻制の国だ。そんな国で、互いに興味のないシャーロットとルーグレイが娶せられるなど、悲劇以外のなにものでもない。けれど、大国に嫁入りする側のシャーロットから婚約解消を言い出す訳にはいかない。いや。正確には何度も延期を訴えたけれど、父王のところに届く前に握りつぶされている。
 リースデンのティアラを頂いていようと、どんなに剣術が上達しようと、他国に隔離された二十歳の小娘は、政においてちっぽけな存在なのだ。

 そんな彼女に悪魔ルーグレイが囁いた。

「お互い結婚する気はないんだ。この部分に関しては手を組んでもいいんじゃないかな」

「それでしたら、殿下が婚約の解消を申し出てくださればよろしいじゃありませんか」
 シャーロットは胡乱な目で見返す。

「ただ解消を願えば、嬉々として他の縁談を持ち込むお節介がいっぱいいるんだ」

 にっこりと笑って首を振るルーグレイ。疎いシャーロットでも昔から知っている。彼はシャーロットの叔母アリアとの結婚を望んでいるのだ。
 けれどアリアはルーグレイより八歳年上であり、母親の身分も十分とは言えない。このディアドーレにもそれを揶揄する輩は存在した。表立ってはなりを潜めているが、未成年の二人の手が届かない相手も存在する。駆逐が済んでいる訳ではないのだ。

「だから、手を組もう」

 ちょうど結婚式のひと月前。海外からの賓客が到着し始め収穫祭とも重なるため、港の関が大忙しになる。その機に乗じて船に乗り込み出国し、直接リースデンの父王を説得すればいい――というのが、ルーグレイからの提案だった。
 剣聖に師事するとなれば、婚姻を結ばずともじゅうぶん自国の益となるはずだから。

 ルーグレイからの提案に、アリア叔母のことは含まれていなかった。
 二人の話し合いが決裂すると分かっているからだろう。

 ルーグレイはアリアを娶りたい。対してシャーロットは、アリアを政変が落ち着いた母国に帰したい。敬愛する叔母には、今からでも真っ当な結婚相手を見繕い、幸せに穏やかに過ごして欲しい。騎士のウィルフリッドなどおすすめではと、密かにシャーロットは考えている。
 間違っても、十年近くアリアの縁談を片っ端から潰し続ける粘着系王子なんて、不適格である。

「そうだわ。結婚の取りやめと一緒に、ウィルフリッドと叔母様の縁談もお父様に具申してみましょう。年のつり合いも取れてるし、何より彼は性格がいい!」

 敵地(ルーグレイの権力内)での独り言が大きすぎたことをシャーロットが後悔するのは、出立してすぐのことになる。
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