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シャーロット
どうしてこんなことに 2
しおりを挟む空は青く、海はきらきらと輝き、船の接岸したすぐそばの砂浜は白く眩しい。
他の乗客たちは連れ立って、観光客向けの市場をひやかしに出て行った。灯台のある高台の柵に手を付きながら、そんな人々の流れを眺め、シャーロットは深い溜息を吐いた。
「結婚したくないのは共通認識だったはずなのに。そりゃ私が結婚式当日に戻って来なければ、叔母様は身代わりになるしかないわよね……騙されたああ!!」
そう。まんまとルーグレイに一本取られた。
結婚式のひと月前。ウィルフリッドだけを供に城を抜け出した。本当はアリアを連れて逃げたかったけれど、それではルーグレイが手を貸してくれない。それに、船旅の後は馬での移動が主のきつい旅程になる。その点でも難しかった。
追っ手を上手くやり過ごし、ウィルフリッドと夫婦のふりをして手配された客船に出航ぎりぎりで乗り込んだ。
おかしいと気が付いたのは、ウィルフリッドだった。客層と船の内装がただの旅船にしては豪華すぎる、と。確かに船室は広く家具も豪華だ。けれどシャーロットは王女。リースデンからの船旅は王室専用の船を使ったし、一般の客船は今回が初めて。もっと言うと、供を一人だけで外に出るのだって、初めてなのだ。
その上旅券の手配はルーグレイである。
船の旅券は母国リースデン行きで間違ってはいないのに、何かがおかしい。
訝しみつつ船員に確認すると、今の時期だけ臨時でリースデンとの往復便が増便され、この便も昨日まではその用途で使われていたものだったけれど、本日からは、本来の航路である南西諸島をぐるりとひと月かけて周遊するコースに戻るのだと説明を受けた。
「おや、旅券の行き先の訂正が間に合ってませんね。まあでも、今回の便を間違えるお客様はいませんし。何せほら、旅券の額の桁が違いますからね」
その後、シャーロットは一日ほど、どうやって過ごしていたのか覚えていない。
海に飛び込んで港に戻ろうとして、ウィルフリッドに羽交い締めで止められたらしい。覚えてはいないが。
逆立ちしたって、今からじゃリースデンの父王を説得するなど到底間に合わないと分かり、計画の失敗を悟った。
このまま走って陸路でリースデンかディアドーレの王城まで辿り着けるのなら、どんな強行軍でもそうしたのに。眼前に広がる海原に、そんな望みはしゅわしゅわと泡のように消える。
「姫さ……ロッテ。潮風が強くなってきましたから、そろそろ戻りましょう」
「ええそうね、ウィル。ありがとう」
つばの広い外出用の帽子の傾きをそっと直されて、直してくれたウィルフリッドの手を取る。二人は船の中ではウィルとロッテと名乗り、新婚旅行の夫婦のふりをしている。客船に乗って二週間が経つというのに、なかなか夫婦のふりは気まずいものである。
その上、シャーロットには船に戻りたくない理由もあった。
「やあロッテちゃん! 市場にいないから探しちゃったよー。一緒に買い物しようって、約束してたのにさー」
憂鬱の原因が、桟橋で待ち構えていた。
シャーロットは密かに溜息を吐く。約束などしていないのだ。けれどこの男は、自分が一方的に押し付けた言葉は、相手が叶えるに決まっていると思い込んでいるらしい。
二十代半ばくらいの若い男は仕立ての上等な服に身を包み、何人もの取り巻きを従えて、半ば船を我が物顔で闊歩している。他の客から聞き出した話によると、お忍びでやってきたどこぞの貴族令息らしい。
乗船して一週間ほどした頃。
男が連れの女性に手を上げるのを目撃し、シャーロットは思わず止めに入ってしまったのだ。目立ってはいけないのに。素性がばれたら大変なことになる。結局その時は、ウィルフリッドに頭を下げさせてしまった。
それ以来、何かとシャーロットはこの青年に絡まれる。
「妻は私と一緒に灯台まで散歩をしておりました。なにぶん新婚ですので、二人でゆっくりしたかったのです」
ウィルフリッドが笑顔で遮ったため、すぐに彼の背中しか見えなくなる。
力強い剣技の持ち主。しかも実戦の厳しさを知る本物の騎士である。三十路を過ぎた手練れの彼にこんな役をやらせなければならないなんて、不甲斐ない。ディアドーレの城を発ってからこっち、シャーロットは落ち込んでばかりだ。申し訳なくて、大きな背中に守られながら、唇を嚙む。
「新婚から甘やかしちゃ、つけあがるばかりだろう。旦那なら躾けて社交ってもんを身に着けさせないと」
(やっぱり一発殴ろうかしら)
殊勝な態度が長続きするようなら、シャーロットは今の自分になっていない。
顔をあげてウィルフリッドの背中から出ようとして、後ろ手に手首を掴まれた。しかも、本気の膂力である。ちょっと痛い。
待て! ステイッ! ウィルフリッドの背中から、そんな必死の声が聞こえてきそうな圧を感じて我に返った。
あと二週間近くの船の旅。シャーロットはもつのだろうか。
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