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シャーロット
どうしてこんなことに 3
しおりを挟む「やーっと二人きりになれたね、ロッテちゃん」
「あら。他のお客様もいらっしゃいますわ。ディアドーレの王都には、最新式の眼鏡を取り扱う宝飾店もございましてよ。お土産にひとついかがです」
軽口をきく青年に、シャーロットは冷たい笑みで皮肉を返した。
男を躱し続けて一週間。ついに船内バーカウンターの端で捕まってしまった。客はちらほらと居るが、トラブルを避けてか近づいては来ない。カウンターには青年と二人きり。バーテンダーは見て見ぬふりを決め込んでいる。
(肌寒くなったから肩掛けを取ってきて欲しいなんて、頼むんじゃなかった)
ほんの少しウィルフリッドが離れた途端これだ。嫌になる。
「なあ。新婚旅行にしては、いつもつまらなそうな顔してるじゃないか」
「つまらなそうな顔は、どなたかが邪魔をするからじゃないかしら」
青年が鼻で笑った。
「はんっ。じゃあ出航してすぐ、海に飛び込んで死のうとしたのはなんでかな~。それくらい、あの優男との結婚が嫌だったってことだろ」
船を間違えたので降りようとしました、とは流石に言えなくてシャーロットは口をつぐむ。結婚は嫌だがそれはルーグレイとの結婚の方である。……これも口に出来ない。困った。
「不満なんだろう? 見た目は良くてもあんなおっさんじゃ、夜の方なんか満足させちゃもらえないよなあ。――俺がこの船に乗ってる間だけ、相手してやろうか」
正面からの直接的な侮辱に、シャーロットは一瞬固まった。
きっとこれが男の素なのだろう。普段はウィルフリッドの手前、あれでも一応配慮をしていたのだ。
上客の集う船だろうとこんな事が起こりうる。
叔母のアリアがどんなに剣術の腕を認めてくれていても、無茶ばかりする彼女の身をいつも心配していた気持ちが、理解できた。
身分と名前の後ろ盾のない場所では、シャーロットは無力な小娘として扱われるのだ。これが叔母の知っている世界であり、殆どの娘たちの見ている世界なのだ。
(知らなかったことを経験できたのですもの。もしかして、感謝すべきかしら)
糧になったとしても、青年の目つきも言葉使いも、何もかもが不快で仕方ない。今すぐ叩き切ってやりたい。そう思いながら、密かに首を振る。流石にここで誅するのは、まずい。ここは船上。簡単には揉み消せそうにない。
その代わり脳内で百回ほど真っ二つにしているのだが、この殺気が伝わらないとは随分鈍感な男である。ウィルフリッドなら殺気を込めたりしたら、即座に飛び退いて抜剣するだろうに。尤も、達人と比べても詮無いのだけれど。
「遠慮いたします。この国は厳格な一夫一妻制。それを侵すものには鉄槌あるのみって、司祭様もお説教でおっしゃってましたわ」
鉄槌の部分はもう少し婉曲な表現だった気もするが、本筋は間違ってない。多分。
「ははははは! ディアドーレの法なんて知らねえよ! 俺はリースデンのシラント次期伯爵だぞ」
(やっぱり)
青年――シラントは、巧妙に家名をぼかし名乗っていなかった。この船は裕福な乗客が多いけれど、あくまで平民相手の周遊船。貴族だとひけらかしつつ、名乗るほどのものでもないと考えていたのだろう。
それでも、言葉の端々から察せられるものから、シャーロットとウィルフリッドは彼がリースデンの貴族ではないかとあたりをつけていた。その名を突き止めようと、我慢を重ねて立ち回っていたのだ。
この様子では、十年前、リースデンの王宮で吹き荒れた粛清の本質をわかっていないのだろう。粛清は完了したとは言えない、ということである。
父王を訪ねる理由が増えた。
――絶賛ディアドーレの観光諸島をふらついている身ではあるが。
「そもそもバカ高い金を払って高級娼婦を連れてきたのに、あんたが邪魔したせいで抱けなくなったんだ。責任を取るのがすじってもんじゃないか、ロッテちゃん?」
「責任、ですか。彼女のお給金を支払えとおっしゃるのなら、如何様にも。今は持ち合わせがございませんが、船が港に戻りましたらお支払いいたします」
伸ばされた手をするりと簡単に避けて、シャーロットは立ち上がった。
さらに温度を下げ笑みを浮かべると、シラントを見下ろす形になる。王女として叩き込まれた作られた完璧な淑女の笑みに、青年は一瞬惚ける。けれど、はっと正気を取り戻したように首を振り、バーテンダーに合図を出した。
「所詮旦那の金だろう。そんなの要らない。――代わりにこれを」
バーテンダーは目を反らして、シラントの前にカクテルを置いた。彼はそれをシャーロットの目の前に滑らせる。
「お酒ですか。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「俺は船の乗客全員に酒を奢っている。あんたの旦那にも何度も薦めたのに、全部逃げられた。酒の一杯も振る舞わないなんて、シラント伯爵家の名折れだって父上に叱られる」
「代わりに受け取れと?」
「それが良妻ってもんじゃないか、ロッテちゃん」
にやつくシラントから視線を外し、カクテルを手に取り軽く揺らす。赤紫の液体が、ぬるりと小さなガラスの円の中で動いた。
シャーロットが部屋に引きこもっていたり、一人で黄昏ていたりする間に、この厄介な男をずっとウィルフリッドが防いでくれていたのだ。
シャーロット一人だったら、早々に殴り倒して鮫の餌にしていただろう。そうなったら、大問題だった。まったく知らないところで、彼女はずっと守られていた。
(本当に、この男に感謝しなくちゃいけないのかもね。忠臣の献身を気付かせてくれたのだから)
王族として彼が守るに値する存在になろう――そう決意して、シャーロットはカクテルを傾けた。
けれど。
グラスのふちが唇に触れる直前。カクテルは後ろから手首ごと掴まれ、持ち上げられてしまった。シャーロットは間近で上下する喉仏を、ただ見つめるしかできない。掴まれた手首と、何故か頬が熱い。
「ごちそうさまでした。これでご満足頂けましたか」
カクテルグラスをテーブルに置き、ウィルフリッドが微笑んだ。
「お父上に謹慎を言い渡されて、隣国への同行も許可されず、腹いせに勝手に出国し乗船なさったそうですね。お忍びの貴族が貴方だけとは限りませんよ。醜聞もその辺りで収めませんと……」
「で、でたらめをっ! 次の寄港地で憲兵に突き出すぞ!」
「ご自由に。捕まるのは貴方の取り巻き達になると思いますが」
ウィルフリッドが左前身頃を持ち上げる。サイドベントが切れ込み以上に切り裂かれていた。
「随分切れ味の良い刃物ね。食事用のカトラリーじゃこうはいかないのではないかしら」
「ええ。偶然避けられて幸運でした」
もちろん方便である。ウィルフリッドならば簡単に躱せただろう。あえて切り裂かせて、証拠を残したのだ。しかも、目立たず繕えるようにサイドベントの位置に誘導して。技術の高さに舌を巻きつつ、シャーロットはほんの少し愉快になってきた。
いつも余裕を忘れないウィルフリッドは、シャーロットの自慢の騎士で師匠だ。
「知らない。あいつらが勝手にやったんだ!」
「証言が食い違いますね。困りました。それじゃあ、このカクテルに入っていた怪しい薬も、バーテンダーが用意したのでしょうか。……女性を喜ばせるのに、こんな物が必要だとは」
ウィルフリッドが目を細める。見下ろされ明らかに男として侮辱されたと分かり、シラントの身体がぶるぶると震えはじめる。
「こ、後悔させてやるっ」
青年は自らの手にある、グラスの中身をぶちまけようとした。
しかし。向けられたグラスを止めたのは、動かずわざと浴びようとするウィルフリッドではなく、間に滑り込んだシャーロットだ。
白魚のような手が、平然とシラントの前に出される。日差しを避けるように上げられた腕に、青年のグラスは勢いも止まらずぶつかる。誰もがそう思った矢先。掲げられたグラスは空を切り、何故かあらぬ方向に中身と共に放り投げられ、青年は自重に耐えかねたようにそのまま前傾しにドスンと床にうつ伏せで倒れたのだ。
「あらあら。お酒が過ぎてしまったみたい。お部屋に寝かせて差し上げたらいかがかしら」
足元に倒れ伏す男を前に、シャーロットが優雅にほほ笑むと、集まっていた船員たちは冷や汗をかきながら何度も頷いて、手配を始めた。
この後シラントは一昼夜気絶し続けるのだが、衆人環視のもとシャーロットが素早く利き足を蹴り払い、向きをくるりと四十五度ずらし、急所を突いて気絶させたことには、本人含め誰も気付かなかった。彼が勝手に前のめり、倒れ伏したようにしか見えなかったのだ。
シャーロットは体術も苦手ではない。剣術ほどではない、というだけで。
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